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innocent recognition  作者: 蝉夜燈笑
前章
4/8

3.淡い光に浮かぶ月

ゆったり更新の末やっと続きを投稿です(=´∀`)人(´∀`=)


国立魔法高等学校に入学して一ヶ月経つか経たない頃の、生徒たちが浮き足立つ春の日。

その日の夕方、メイアは校舎裏に広がる山の森の、やや端に近いところにいた。



–––この世界の魔力は、人が自然現象や物質から得られる力によって全て成り立つ。


さらに人によって得られる魔力の相性が様々あり、その力の源を知られてしまうことは弱点ともなり得る。



メイアの魔力の源は、夕方の夕闇と、明け方の黎明の頃の空や空気。



自分でも、そのどこが力の源であるのかはっきりと分かってはいないけれど、水が力の源である人が水に触れると魔力が高くなるように、メイアはその時間帯、その空気の中にいることで魔力が高くなる。


普段のメイアの魔力は、中の下。

夕闇と黎明の時間に魔力を貯めておかなければ、もっと少ない。

おかげで昔から、時間には規則正しい子供だったりした。


メイアの場合、レベルが高いと言われるこの高等学校に受かった秘訣は、魔力を使う実技だけでは力不足であると、最初からわかっていたことかもしれない。

筆記はそれなりに勉強したのだ。



森を少し抜けて、山を背に建つ学校よりずっと下に広がる街を見渡せるほどの傾斜に出た。



広がるのは、夕闇の青い青い空。


目覚めるような紺青に近いその色は、この、昼から夜への変化の時を静かに彩っていた。



その色を目に焼き付けて、ゆっくり深呼吸をしてから目を瞑る。

夕闇の感覚に身を委ねて、魔力を享受するには、それだけでいい。



魔力がたまっていく感覚は水が満ちることと似ている、とメイアは思う。

こんな風に感じるのは自分だけなのかは、わからないけれど。


水のように、メイアの中に溜まる魔力はその時の感情や状況に変化しやすい。



濁ったり、澄んだり、ゆらいだり。



そこをうまくコントロールできるように魔法の法則と言われるものを学ぶのかと時々思い至るのだ。


…なんて、まだまだ学ぶことは尽きないのだろうけど。



大分魔力が溜まってきたことを感じて、目を開いたときだった。


背後に人の気配を感じたのは。



「誰っ?」



後になって、気付いた瞬間声を上げるなんてむしろ危険なことかも知れないと思ったけれど、もう過ぎたこと。


誰も来ないような場所に自分以外の人がいるという事実だけで、とても恐怖心を感じる。


それも、こんな夕闇の中。



「ごめん、驚かせてしまったかな」



振り向くと共に聞こえてきた声は、耳に心地よい低い声。


夕闇の暗さの中、視界に人が映る。


ポキリ、と枝を踏んで、近くの木に手を付いてそこに立っていたのは、入学してからというもの校内中の人気を集めている同じ学年の男子生徒。


キルトレイ・ファントナスだった。


あ…と声が漏れた。


彼が有名なことは知っていた。

だって、特別だからだ。


この世界の多くの国では、他人に魔力の源を尋ねることはほとんどタブーとされている。



自分の身の危険を互いに心得た、安全平和のための暗黙の了解のようなものだ。



だが、一部例外があった。



多くは個人それぞれが特定の自然の加護を受けて魔力を得る中、稀に一族全体で特定の魔力の祝福を受けることがある。


王族や大貴族に多いそれは、魔力の源を人々に知らしめている場合があった。


一族全体で受けるほどの魔力の加護は、とてつもなく大きい。

だから周りに源が知れ渡っても身の危険はないし、世に知らしめることで源に感謝の意を表すのだ。



彼の一族–––ファントナス家は、光に祝福された大貴族。



その一族が持つ魔力は強大で、さらに光の魔法にかけては他の追随を許さない。


その上彼は文武両道、眉目秀麗。


そんな、彼が。



「どうして…こんな、ところに」



メイアは咄嗟に思ったことをそのまま言葉にしてしまっていた。


すると彼は青い夕闇の中、クスリと微笑った。



「それ、俺も聞きたかったんだけど。いざ言葉に出して聞かれると、知り合いに会った時みたい」


「え…」



彼の言葉の意味を表面上理解できてから、 ニュアンスにピンとこなくて、何を口走ったんだわたし、とメイアは焦った。



どうして…こんな、ところに。


–––貴方がいるの。

そんな風に、心の中で付け加えたような。私も、そして彼も。



ただの主観かもしれない。でも。


「貴方」という言葉は、相手の存在を知っていて、それを言われた相手もそのことを了承しているような響きがあると、ふと考えつく。



そして驚いて、彼をまじまじと見てしまった。

夕闇の中だから、あまり良くは見えなかったけれど。



確かに彼を知っていたけど、「貴方がいるの」とまでは言わなかったのに。


彼には、きっと聞こえたんだ。私が心の中で言い足していた「貴方」という言葉が。


普通、知らない人相手になら、相手の言葉の空白を「人」と、自分で勝手に補ってしまっても問題はない。



どうして…こんな、ところに。


–––人がいるの、と。




けれど特定できない「人」を入れても不思議じゃない場所に、彼は確かに正解を入れていた。


彼の方はわたしを知らないだろうけど、と思って、思わず苦笑がこぼれる。



「わたし、夕闇を見てたんです」



取り敢えず、「知り合いみたい」という指摘を流してそう言ってみた。

なんだか答えを返しにくくて。


もちろん、魔力を溜めていたとは言えない。



「そうだったんだ。…夕焼けじゃなくて?」


「青い夕闇のほうが、なんだか好きで」


ふうん、と彼は呟いた。


「青の…夕闇か。確かに、この空、綺麗だね」



…いったい何の会話だろう。

天気の話と言えなくもないこれは、社交辞令なのだろうか。


メイアは軽く気になっていたことを自分から聞いてみることにした。



「あの…貴方は…」



なんとなく、最初のやりとりを思い出してしまって、続きを言いにくい。

だが彼はやはり何を言いたいのかわかったようだった。



「あ、俺は自然魔法学の勉強を兼ねて、ちょっと森に来てみたんだ」


「そう…なんだ」



生の自然を感じに?と振ってみたくなったけど、そこまで親しくもないのだから、と思い直してやめておく。



「大分、暗くなってきたけど。まだ見てくの?夕闇」



そう言われてメイアは空を振りむいた。


彼と少し話していて、暗くなってきたのはわかっていたけれど。



夕闇は刻一刻と移り変わって、途絶えることなく夜へと空を染め続ける。



魔力のことだけでなく、メイアは夕闇の、移ろいと共に冴え渡っていくような青が好きだった。


しかしそれはもう、夜の帳に身を引いて行く頃。



「…もう戻ろうかな…」


「そう…。なら一緒に校舎に戻ろう。この森、一応安全てことになってはいるけど…暗いところを一人で歩くのは危ないから」


「あ…そうだね、ありがとう」



彼の言うことは最もで、メイアはありがたく申し出を受けることにした。


すると彼は、少し不自然にあたりを見回す。

どうしたの、とメイアが言おうとしたのが気配でわかったのか、彼がこちらを向いた。



「森の中、暗いし足元も危ないから…」



彼がパチンと指を鳴らすと、そのまま、二人を取り巻くように柔い光がふんわりと現れた。



––––光の魔法だ。



「綺麗……」


お礼よりも先に思ったことがこぼれてしまう。いつもと変わらない私の口よ。


「ありがと」



メイアの言葉に少し得意げな顔で彼がほほえんだ。


幻想的な淡い光が、円のように重なって波のようにゆらゆら取り巻く中、彼を見て…、そうしてメイアは気付いた。



その瞬間、透明で…吸い込まれたいような熱が、胸を突く。



彼の、瞳。



彼の瞳は、美しい氷がまるで運命的に宝石になったかのような色をしていた。

夕闇の翳りの中では、決してわからなかっただろう色。



––––アイスブルーだ。



その冷ややかな色に、メイアは思わず見入っていた。



「…?どうしたの?」


「あ、ううん、なんでもないよ」



いくつか言葉を交わしながら、校舎へと向かう森の中。



夕闇の青も、好きなんだけど。

この氷の色も忘れられそうにない。



そんな予感が、メイアの心に。

––––まるで白い月のように浮かび上がっていた。







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