2.透明な不思議
高い天井に等間隔にぶら下がる大きなシャンデリア。
そして、空間に広がる美味しい香り。
午前の授業を終え、わたしは昼食を食べに食堂へ来ていた。
バイキング形式の広い食堂は、この時間いつもにぎわっていて、そんな中テーブルを見回して目当ての人を探す。
目当ての姿は窓際の人気の高い席に座っていた。
肩下までの癖のある栗色の髪と、小柄なことが目印の親友。
サランシア・ペイン。
愛称はサーシャだ。
「サーシャ、お待たせ。」
「あ、メイア。大丈夫、わたしも今来たところ。
…で、今日は世界学だったよね!
今週はどうだったの?世界学の君」
サーシャは、わたしがランチを置いてから正面に座るまでの動作を、ニヤニヤしながら見つめていた。
「ねえ、そのニヤニヤ顔やめてってば」
サーシャの賢さと可愛らしさが合わさった雰囲気が台無しだ。
とはいえその残念さも、彼女の魅力と認めてしまえるのは親友の弱みなのだけど…。
世界学の君の話題は毎週定期的にのぼる、もはやお約束。
サーシャは、わたしが彼を見つめてしまう病にかかっているのを唯一知っている友達で、茶化して彼を「世界学の君」と呼んでいるのだった。
「今日は少しいつもと違ったの」
違った展開というか。
いつもより話題性が高くなってしまったというか。
とはいえ勢い込んで語るのも、しっくりこないところが難しい。
どうしたものか。
「それは彼が?メイアが?
...メイア、いいことあったでしょ。顔がムズムズしてるよ」
予想の内容は別として、サーシャは人の変化に結構鋭い。
「ムズムズしているかはわからないんだけど」
「うん」
「いいことかもわからないんだけど…」
「うん」
「明日の五時限目に、グレイ先生の自然魔力組成の特別授業があって、一緒に行くことになった」
かいつまんで話せば、そういうことだろう。
サーシャの目がぱちりと瞬いた。
「え、キルトレイ・ファントナスと?」
言外に「世界学の君」がキルトレイ・ファントナスかと確認してしまうくらいの驚きようはもっともだ。
「うん、そう。
どうしようサーシャ」
困った顔を表現してみるとサーシャはさっきよりももっとニヤニヤしだした。
わたしはそれを出来るだけ見ないようにしてトマトのスープをちびりと口にする。
「どうするの、メイア。アイスブルーが間近に接近してくるなんて、めったにない機会じゃない」
じとっとした目で、こっちが先にその質問をしたのに、と、ぼやいてみるとサーシャがクスクスと笑い声を上げた。
「はぁ…間近のチャンスだから、この際しっかり見てみようかな…」
なんとなく冗談と本気を混ぜたような本音を呟くと、サーシャの黒い瞳がキラリと光った。
「さすがメイア、貪欲ね。でも近づきすぎて目の前で見つめてたら、変な人だって怪しまれるよ。気を付けてね、不思議なメイアちゃん」
「ちょっと、親友を不思議な人呼ばわりするなんて」
「だって不思議じゃない。自分でもそう思うからわたしにも言うんでしょーメイアちゃん」
悔しいけれどサーシャに口で勝てたことはない。
つまりサーシャは真実を突いている。
「そうなんだけどさあ…」
謎であり、興味でもあり、悩みでもある。
これとは付き合いもそろそろ長いのに。
「この前も聞いたけど、恋とかじゃないんだよね」
「違う違う」
好き、とか、そういう気持ちはあまりない。
というよりよくわからない。
そう答えるとサーシャは少し不満そうに口をとがらせたた。
「うーん、聞いてるだけなら恋としか思えないんだけどなー。でもでもなんか、実際のメイアの瞳は恋する瞳とも違う気がするんだよね…」
恋する気持ちはよくわからないけど。
恋人のいるサーシャから見ると、わたしがときめいているような気はしないらしい。
「やっぱり、見たいから見てるんじゃない?」
サーシャは今日の原因究明を諦めたようだった。
「どこもやっぱりじゃないし」
いつものようにわたしが突っ込むと、二人してクスクス笑う。
サーシャを交えての答え探しも、だいたいここで止まってしまうのだ。
今日は彼とわたしが少し近づくという変化があったけど、なにかがわかるというわけではないのかな。
明日には、また会うけれど。
といっても。
彼とお近づきになったのは、実は今回が初めてではない。
実はわたしには一度だけ、彼と間近で接したことがあった。