333部:使者
奇妙丸本陣。
八幡城へ引き上げてゆく盛枝一行を無言で見送る一同。
「なんですかあれは、いけすかない奴ですね」
池田勝九郎が不快感を口にする。桜も激しく同意して頷く。
「初めて会った時から、やな奴だと思いましたが、本当に酷い」
生駒一正も同様の意見だ。
「姫達にも不快な思いをさせてすまなかった」
上方の織田軍の動きが、姫達に大きく影響を及ぼしてしまった。自分がなんとかしたいが、まだまだ己一人ではどうすることもなく、無力なのだと、自分の立ち位置が歯痒ゆくてしかたない。
「かの人は今まで、ああやって生き抜かねばならなかったのでしょう」
当事者のお慶姫が、盛枝の過去に触れる。
短い時間の接触でも、姉妹には盛枝の生い立ちから心の形成過程までが見えて分かったようだった。
「お慶姫に、お良姫。先ほどのことは気にしなくて良いですから、遠藤家のことは上方のことが終わってから考えますから」
申し訳ないという気持ちを引きずって、なんとか盛枝の申し出をやり過ごす方法をと考える。このまま強行して白山まで行くか、一気に岐阜へと引き上げるかの二択だ。
半兵衛が何も言わないのは、稲葉山城奪取の一件が心に引っかかっているのかもしれない。
「私たちがいたばかりに、気苦労を背負いこませてしまいました」
逆に、奇妙丸に謝るお慶姫。
姉妹がいなかったとしても、誰かを人質にと求められるのは仕方がない情勢だ。
「あの、決めました。私が盛枝殿の人質となり、八幡城に残りましょう」
「「え?」」
お良姫の申し出に驚く、お慶姫と桜。
「盛枝殿の室になるのですか?」
「そこまでは考えていません。信長様がご判断されることでしょう」
奇妙丸もそう思う。
「父の名を出せば、盛枝も強引な手はつかわないだろう」
「お良姫、本当にそれで良いのですか?」
桜がお良姫の両肩を掴んで、再考を即す。盛枝という男の傍にいるのは危険なのではと、心配になる。
「私は、妹を生贄に差し出すようなことは出来ません。それならば私が盛枝殿の人質に」
お慶姫は、自分が身代わりになってでも、という思いで妹を止めようとする。
「いえ、私は奇妙丸様のお役に立ちたいのです。それに、高賀本宮神社の再建をできるのは、地元のご領主である遠藤一族の協力なしでは叶いません」
「本宮神社の再建ですか、そこまで考えていましたか」
お良姫がしっかりと自分の考えをもっていたことに、改めて妹の成長を感じたお慶姫。
「姉上は奇妙丸様について岐阜へお行き下さい、そして再度、白山を目指して下さいませ。それに桜、心配してくれて有難う」
沈黙の時間が流れる。お良姫は後悔のない表情をしている。
「すまない、お良姫」
「良いのです。私も皆様の役に立てることがありました」
お良姫は、お婆様が自分に言った言葉を噛み締めるのだった。
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愛宕山の麓。
「呂左衛門様~」
「お結殿!!」
奇妙丸の陣所に向かって、お結姫を先頭に山科家の旅団が一目散にやってきた。
「呂左衛門様、もう立派なお侍になられて」
「ハッハッハッ、この鎧姿だけですよ」
「あとでお話ししたいことが沢山あります、今は急ぎ奇妙丸様の処へ案内して頂けますか」
その表情から、姫が山科言継の使者として何か情報を持って来てくれたことが分る。
「わかりました!」
御供衆は、到着と同時に疲れ果てて倒れこむ。
お結姫の旅団が、京都から必死に駆けて、ここまで来てくれたことが分る。
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山科言継からの手紙を広げる奇妙丸。
「そうか、やはり父上の越前討ち入りは本当のことで、浅井家が離反したということか」
「はい、私は坂本から船に乗って、浅井領の中を縦断してきたので様子を見れましたが、浅井は間違いなく朝倉方に・・・」
「よく無事で」
感嘆する傍衆達。
「山科家の旅団は、他の旅人よりは野盗に襲われる心配はありません。それに、上陸した湊で、奇妙丸様が岐阜にはご不在なことも知りました」
「そうでしたか」
全国の隅々まで、山科言継のお人柄は知られている。これまで積み上げてきた言継の人徳のおかげで、行く先々で援助もされたのだろう。山科の家の者には、有用な情報がどこからでももたらされるようだ。
「答えは出た、私は岐阜に戻り、上洛した織田軍の帰還する道を確保する」
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武田軍駐屯地。
「武藤殿」
出浦出羽守が、警備網を難無くかいくぐって武藤喜兵衛の前に現れる。出羽守の出現の仕方に喜兵衛もすっかり慣れてしまって驚かない。
「何かあったか?」
「上方は不味いことになっていますな」
「というと、幕府(織田)軍が敗北したか?」
「ええ、これで義昭公が織田家の力をより侮る様になるかもしれませんね」
「信長殿の傀儡になることを公然と拒否し始めるか?」
「信長公が出京して間もなく、反対されていた「元亀」へと改元を実行されました。これからは朝倉を頼んで、その傾向が一層強くなるでしょう」
「そうか、松姫殿の婿殿は信のおける方だ。袂は分かちたくないがな・・」
「信玄公のお考え次第」
「そうだな。武田の為に我々は動く」
「武藤宮内は居るか」
信のおける身内を呼び寄せる喜兵衛。
「はい、兄上」
「お主は高賀に残り、三枝とともに美濃に物資を集めて置け」
「はい」
「上方の事は織田には荷が重すぎたようだ。いずれ、武田家が上洛して天下を静謐に導く必要があるかもしれぬ。お主の役目は重要だぞ」
「心得ました!」
喜兵衛は次の一手として、高賀郷の三枝と共に武藤家を置き、武田が天下に号令する為の、橋頭保を構築する。
「それから出羽守、若狭武田家の重臣達とも連絡を付けれるようにしておいてくれ。いつでも甲州武田と合流できるようにな」
「ははっ」
面白い任務だと、出浦出羽守は久しぶりに笑った。
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