305部:ふたり
「私達は、すぐ隣の神洞白山神社に参拝して参ります」
「御一緒しますか?」
奇妙丸がお慶姫に同行を訊ねる。
「私達の穢れを落としにいくので、御同行されても暇を持て余して面白く無いかもしれません」
お慶姫は、奇妙丸達に迷惑をかけてはと遠慮した。
やんわりと断られたのだと思い、引き下がる奇妙丸。
微笑の下で気遣われていることが解る。
知り合ってまだ日が浅いので、お互いの行動予定は手探りだった。
「しかし、それでは護衛が手薄では?」
桜が二人を心配する。
「御山入りの儀式は、時間がかかるので待たせてしまいます。傍の者達がついておりますので、護衛は必要ありません。貴方は奇妙丸様のお供をしていて下さい」
「そうですか・・、わかりました」
それでも心配そうな桜の表情を見て、佐治新太郎と金森甚七郎が、姫達の前に進み出た。
二人は奇妙丸に、自分たちが傍衆の中でも役立つ人間だということを、ここで売り込みたい。
それに金森甚七郎にとっては、将来的に大桑城主である父・金森五郎八長近の下で、北美濃の経営に係るかもしれないのだ。
顔を見合わせる二人。(お前もか?)と目で言葉を交わす。
「俺達がついていきましょう、よろしいですか?奇妙丸様」
森於勝と梶原於八は、奇妙丸様の護衛は俺達に任せろと胸をはり、生駒三吉に池田正九郎は腕組みして甚七郎と新太郎の進言に腕を組んで頷いている。
「うむ。任せたぞ」
手練れの二人が行くなら大丈夫だろう。
奇妙丸、そして桜も納得した。
****
神洞白山神社拝殿。
姉妹は神聖な御山に入る前に穢れを落すため、本殿の神前にて浄化の儀式を済ませ、引き上げようとする。
「待たせましたね」
遅くなったことを傍にいる者達に謝るお慶姫。
お慶姫は、自分達姉妹に仕える者に決して高慢ではない。自分は他の者とは何の違いも無く、ただ天の声を伝えている伝書鳩のような存在だと思っている。
御婆から命じられて仕えている者もいるが、その人柄に惹かれて奉仕している新参の者も多い。
佐治新太郎と金森甚七郎は、拝殿の中から無事に出て来た姉妹の様子をみて安心する。
護衛任務の為に儀式の間も終始、周囲に対する警戒を解いていなかったので、表情は流石に疲労感を漂わせている。
帰路。
来た時と同じ鳥居をくぐり、半丁ばかりの距離がある長い石段を降りているところ半ばまで来たところで、
「止まれ!」と女の声が響き渡った。
突然、黒装束の怪しい人物が、列の前に跳び出し、立ちはだかったのだ。
「女? 何者だ!」甚七郎が逸早く前に進み出る。
「無礼であるぞ!」
新太郎は、お慶姉妹の前に盾となるように立つ。
「姫達に用がある!」
黒装束の女が口元を覆う覆面をずらした。
「姫を狙ってか?」と刀を抜こうとする二人。
(ガサッ)という草をかき分ける物音とともに、横から現れた何者かに、甚七郎の手がねじり上げられる。
「甚七郎!」
新太郎が甚七郎を助けようと背後を取った者に斬りかかれる間合いに詰めようと動く。
「あっ!」
そこへ、横から出現した新たな襲撃者に当身を食らい、新太郎は(ドッ)と音をたてて倒れ込んだ。
次々と現れる女の仲間に、二人は完全に取り押さえられてしまった。
続けて、首筋に冷たい刀身があてられる。
「「キャアアーーー」」
姉妹に仕える侍女たちの金切り声が上がるが、混乱した侍女達の声は次々と途絶える。
黒装束の女の仲間の人数が現れて、侍女たちを気絶させて無理やりに大人しくさせたのだ。
「大人しくせよ!! 周りをみろ!逃げ道はないぞ」
行軍を停止させた女が、脅し声で姉妹一行に勧告し、睨みを利かす。
女の言うとおり草むらの中に、弓や刀を構えた黒装束の人間たちが多数いることが確認できる。
姫達は既に、人数が倍するであろう手勢に囲まれていることがわかった。
「於慶姫、お良姫、私達と一緒に来てもらいますよ」
「貴方達は、何者? 私達は奇妙丸様と共に白山へと向かう途中なのですよ!」
お良姫が問いただす。
「我らは甲賀黒川衆。 斎藤内蔵助利三様の命で、姫様達をお迎えにあがりました。姫様達を害するつもりはないので、ここは大人しくついて来て頂きたい」
佐治と金森は、数人に取り押さえられて轡を噛まされ、後ろ手に縛られている。
「斎藤利三の後ろには、西美濃三人衆が居たはず。もしくは、私達を捨てた実父・明智十兵衛が命令を出したのですね?」
お慶姫が冷静に尋ねる。
(西美濃三人衆だと?!)
捻じ伏せられながら驚く金森甚七郎。
(明智十兵衛殿の名をまた聞いた。侮れない御仁だ)
と新太郎も驚いていた。
「御存知なら話が早い。あの方から娘達を保護せよとの命なのです」
「やっぱり」
覆面の女こと黒川ノ澪は、この使命を受けた時に当然、姉妹には怪我を負わせないこと、奇妙丸一行にも必要以上に関わらないことが命じられている。
「姫様達を手に入れんが為、山岸家と長屋家、それぞれからの軍勢が、今ここに迫っています。私達は貴方達を安全なところへ匿うのです」
「祖母と母の実家からの追手?」
お良姫が衝撃を受けている。
「高賀山神女の血統であるお二方の一方を連れ去るか、もしくは、消すつもりがあるかもしれません」
「そんな、母上がまさか?・・」
黒川澪の言葉は二人を不安に陥れる。
「私が行けば良いでしょう。妹や他の者は関係ありません。返してあげてください」
お慶姫が、妹のお良姫をかばう。
しかし澪は、妹のお良姫も関係ない立場ではないと更に追い込む。
「貴方達の母上が、昔から神女の座を狙っているのは御存知のはず。その正統な血を継ぐ者をただ捨て置くでしょうか?」
「それは・・」
「御父上や、利光殿は貴方達を守ろうと動いているのですよ」
沈黙する二人。
父と言っても、光秀は母や自分達を捨てて国を去ったのだ。
しかし、高賀神女の継承争いに、奇妙丸一行を巻き込むのは二人とも気が引けた。
「納得して頂けたようですね。それでは参りましょうか」
佐治と金森が、話しの流れを聞きながら、姫達に「待つように」伝えようと激しくもがくが、再び抑えつけられる。
「このお二方に危害を加えないで下さい」
お慶姫が澪に頼む。
「わかりました」
新太郎と甚七郎は、目隠しをされて石段の上に放置された。
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