227部:巫者
磐屋の丘から引き返す三人。社殿に戻ると弁天達が待っていた。
「弁天殿」
玉色姫には目で挨拶し、奇妙丸と桜に声をかける弁天。
「姫から御神託を頂いたか?」
「はい。新しい世を開けと」
「そうか、島でのことは他言するな、俗世に持ち出してはならないぞ」
「「はい」」奇妙丸だけでなく桜も答える。
「姫は昔から、巫者の能力をお持ちだ。迷うものを助けて来られたのだ」
精神力を使った姫を気遣い、海女達に手で指示する弁天。
「この的矢湾は、瀬戸内から関東に抜ける航路の中央に位置する為、他国の者が荒天の時に風除けに立ち寄る事がある」
入り江の方を指して島の説明をする。
「この島には、そのような他国船を立ち寄らせない様にしているのだが、
沖で難破して漂流して辿り着いた者の中には、「島の禁」を知らぬ者がいて、無事にだった者が見た美しい姫の噂が南志摩一帯に広がり、姫が島から避難しなければならなくなったのだ」
きっと、ひっそりと姫の姿を覗き見た者がいて、外界でその事を話してしまったのだろう。
「そうだったのですか」
姫の能力で、その事が分っていても、受け入れたのだろう。
姫の方を振り返る奇妙丸。
力なく頷く玉色姫。
祈りに力を使った姫の顔色には血の気がない。
海女達が、姫に上着を羽織らせて両脇をそっと支える。
「その者は帰路に、御座岬近くで海の魔物トモカズキに攫われて、故郷には帰れなかったがな」
弁天が腹立たし気に言う。
禁忌を破った者は報いを受けるという事だろう。そして、トモカズキという魔物が志摩周辺の海にはいるらしい。
「姫は。其方達が来ることを分かっていたのだ。そして、姫を島に連れ戻してくれることもな」
玉色姫の能力に感心するが、これからの姫の事が心配になる奇妙丸。
「この先も、島は大丈夫でしょうか?」
「私には分からない。新しく来る世次第だな。御神領が危なくなれば、私達がまた姫を助ける」
玉色姫は、弁天御前や海女達が居る限り厚く守られて大丈夫だろうと安心する奇妙丸と桜。
「海女達の暮らしが守られるよう、姫が無事に過ごせるよう、私も努力します」
弁天に約束する奇妙丸。
「頼んだぞ。これを持って行くと良い。海女達が集めたものだ」と言って、見事な真珠や赤珊瑚の入った袋を弁天がくれた。握手する二人。
玉色姫達と社殿で別れる。
砂浜まで、二人を見送ってくれた海女達に礼を言う。
帰りは奇妙丸と桜だけが小舟に乗った。
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「待たせたな」九鬼の安宅船の梯子を上る奇妙丸と桜。続いて縄を括り付けた小舟が甲板に引き上げられる。
「お帰りなさい、奇妙丸様」
出迎える於八達。
「弁天殿や海女達は?」
政友が、戻ってこない海女達を気にする。
「女護島に残られるそうだ」
「我々はどうしますか?」
澄隆が、九鬼水軍の行き先にも関わるので、これからどう行動するか奇妙丸の判断を仰ぐ。
「海路、来た道を戻ろう」
「分かりました」
吉川兄弟の船団にも灯りで合図を送り出航することを確認する。
「それでは出航するぞ!」澄隆が船員に号令し、帆を張って、安宅船が女護島からゆっくり離れてゆく。
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「安乗崎の方から軍船がやってきます!」
物見櫓に上っていた九鬼家の監視兵が入り江の異変に気付いた。
的矢湾の南の口の方から船団が現れる。
「多くの船灯りが見えます。船の陰形から南志摩の水軍が待ち受けている様子です。脱出できるかどうか」
九鬼の旗をかざした船団が的矢湾に入った事を見ていた漁師が、対岸の安乗側にいたのだろう。情報は駆け巡って、九鬼氏と対立する英虞七人衆の船団が総力をあげて戦いに来たようだ。
「(九鬼)嘉隆殿は、しばらくは波切湊には、とても帰還できなさそうだな」
澄隆が、叔父・嘉隆の故郷への帰還の事を心配する。
しかし、今は自分達の方が危機だ。
「陸路、戻られる事にしますか?」
ここは伊雑湾まで逃げて、船を捨てて上陸し陸路を伊勢まで脱出するか聞く。
「いや。海路戻れると姫が言っていた。突破する」
「分かりました」
女護島の姫が言うなら間違いないと決意した澄隆。
戦闘配置に着く船員達。
湾の入り口は圧倒的な船団で埋め尽くされている。
「これは戦い応えがありそうですね」
政友。
「源平合戦の再現といきますか」
船戦という事で、壇之浦に例える於勝。
「腕が鳴る」
長銃を構える楽呂左衛門。
「また大筒の出番だな」と筒玉の残数を確認する於八。
伴ノ衆も煙幕弾を用意する。
「九鬼の安宅船には瀧川水軍の武装が実装されているが、吉川水軍は普通の装備だったな?」
奇妙丸は、安宅船の武装に九鬼と吉川で偏りがあるのでは?と気になった。
「吉川船に分乗している、我ら山田隊の武装で火力では標準以上のはず。行けますよ」
弓頭・山田勝盛は、部下たちの腕前を信用している。
弓と鉄砲のどちらも使える精鋭ばかりを抜き出して編成された信長の直属部隊だった誇りがある。
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