202部:戦果
奇妙丸軍側でも皆、於八の持ち出してきた大筒に驚いていた。陣中に戻ってきた三人の戦車の周りには、勇士の三人を見ようと人垣ができている。
「すごい威力だったな」
城門を吹き飛ばした様子を見ていた島信重が、興奮して真っ先に於八の傍に来た。
「これは、蟹江で生産された大筒“蟹江甲羅割零号”の改良型です」
「おお!」
「蟹江ではこんなものを作っていたのか」
「岩崎の銃撃を防いだこれは、なんというものだ?」
弟の一正は、於勝の鉄盾に興味津々だ。戻ったら蟹江を訪ねてみようと島兄弟。兄弟そろって新しいもの好きだった。
「射程は短いが、威力は強力になっています」
「私にそれを撃たせてくれないか」
説明を続ける於八に、吉田伊助が試射を頼む。伊助も大筒に大いに興味を持っている。
「そんなもの、武士道の風上にもあけぬ。侍なら刀か槍働きだろう!」
佐久間理助は、門を吹き飛ばした武器はどんなものだと見に来たが、新武器の登場に不満顔だ。個の武勇をあげる機会が奪われるのではないかという危機感を本能で感じ取っている。
「これが揃えば、戦いの抑止力にもなると思うぞ」
伊助は無駄な戦いを好まない。
「ふん。槍で渡り合わねば、伝わらぬ事があるのだ」
理助の話を聞いていた於勝は共感を覚える。
「俺と考えている事が同じだ」
理助に握手を求める。
「おお! 手合わせでもするか?」
「望むところ!」
思わぬところで意気投合している二人を見ながら、島兄弟と伊助に大筒の説明をする。
於八は、どちらかというと伊助の感覚に近い。しかし、於八の目標は、あくまで奇妙丸が天下を取り、治めるために、その手段として必要なものだと考えていた。
一方、楽呂左衛門の戦車の方にも、侍達が集まっている。
柴田十兵衛勝仲は、戦車を動かしてみたくて仕方がないといった様子で、しきりに呂左衛門に試乗させよと言っている。
津田坊丸は、戦車よりも得体のしれぬものを操縦する白武者に興味を持ち、一歩引いたところで呂左衛門の様子を観察していた。
勝仲は我慢が出来ずに勝手に戦車に乗り込んで、呂左衛門から手綱を奪うかのように、受け取ってはしゃいでいる。
戦車から降りた呂左衛門に話しかける坊丸。
「おもしろいな。お主はどこの生まれの者だ?」
「皆様の言うところの南蛮国で御座います」
「日本語が上手いな」
「岐阜で山科家の姫君に言葉を習いました」
「なるほど。ところで、お主の国にはギアマンというものがあるか?」
「ギアマン? ダイヤのことですかな?」
「ダイヤとは金剛石かな。そうではなくて、透けてみえる陶器の事だ」
(ガラスの事だと感じる呂左衛門)
「おお、ありますよ」
「お主に南蛮の品物の話を色々と聞きたいのだが」
「私は奇妙丸様の家臣ゆえ、主の許可を頂ければ」
「判った」
奇妙丸のところへ後で話をしに行こうと思う坊丸だった。
*****
「城内の様子はどうだ、桜?」
三人の奇襲に、岩崎方がどう動くかを観察している奇妙丸と桜。桜は目立たぬ様に、陣中はずっと男装しているので、皆は奇妙丸の傍衆と思い込んでいる。
「城に探りに行って参りましょうか」
首を振る奇妙丸。
「岩崎は危険だ。警戒しているだろうから外で様子をみよう」
「はい」
望遠鏡で城の様子をみる奇妙丸。
「それにしても反応が無いなあ・・」
そこへ、林佐渡守がやって来た。
「ここは、織田家重臣の長老として、私が説得に行って参りましょう」
「ええ?!」
林の申し出に驚く奇妙丸。
「秀貞殿が?!」
「何を驚きかな?」
「きっ、危険すぎます!」
奇妙丸が思わず止めに入る。
「若者の活躍をみて、私も居てもたっても居られなくなりましてな。こういうことは、老い先短い老人にお任せあれ、必ずや解決策を見付けます」
「おお」
織田家の筆頭家老にまで上り詰めた林の政治力なら、岩崎の氏織もなんとかしてしまいそうな気がする。
「それでは、秀貞殿に全て一任致します」
任せる事にした奇妙丸。
「筆頭家老に!お任せ あ~れ~!」
危険の前にしているにもかかわらず、おどけて見せる秀貞だ。
(不思議な方だ)
祖父・信秀が、秀貞と政秀を頼りにするだけある。一角の男である。
単騎、城に近寄ってゆく秀貞。
秀貞は自陣に近い西ノ門から岩崎城を訪問した。
「おーい」
「誰だ?」
警備兵が秀貞を確認する。織田軍から誰かがこちらに向かっていると連絡を受けていた氏織も西ノ門へ到着していた。
「儂じゃ、林佐渡守だ」
「何しに来た?」
氏織が門櫓二階から秀貞を見下ろしている。
「岩崎の! どうするつもりだ?」
見上げて聞く秀貞。
「岩崎の、晩節を汚してどうする」
「むっ」
「伊勢表は元六角家の蒲生殿の奮闘で、織田家の勝利に終わったぞ」
「嘘をつけ」
「本当だ」
「それに、先程の黒煙をみたろう。あれで、原田・中條軍は全滅したぞ」
「ばかなっ?!」
「嘘ではない。それで、あの方角から簗田・平手・山田隊がこちらに合流したのだ。ほれ、原田と中條の旗も証拠にもっておるだろう」
氏織達が眼を凝らして、奇妙丸軍を見る。
「むぅ。確かに」
「のう氏織殿、この謀反はなかったことにしよう」
「どういうことだ」
「お主が、私に従ってくれるなら、信長様に、私が養育している織田信秀公の娘・名古姫の婿に、お主の息子・氏勝殿を迎えたいと進言しよう。どうだ?」
「うむ」
「協力して家を守って行こうではないか」
「即決は無理だ、考えさせてくれ」
「織田に戻ってこい氏織殿。本陣に奇妙丸様も駆けつけている。今すぐ返事が欲しい」
ここは、間髪入れずに決めさせた方が良いと思う秀貞。
「うーむ。・・・・判った」
「よし」
「私は隠居し、丹羽家の家督を氏勝に譲渡し。城をでよう」
「よく言った、氏織殿」
秀貞が両手を広げて、氏織を褒める。
「「氏織様!」」
上田と本郷が、それでもいいのですか?という表情で氏織の名を呼ぶ。
「お主達の家族も、安心できよう」
二人を納得させるように言う氏織。
「信用するぞ、林殿」
欄干からもう一度体を乗り出して、秀貞に声をかける。
「厚遇しよう」
「よし!城門を開けよ!」
家臣達に指示する氏織。上田と本郷の二人も家臣達に、和睦して戦が終わることを告げて回った。
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