125部:湊
御庭番衆・伴ノ一郎が、倒れている盗賊の襟首を掴んで引き起こす。
「六角の命か?」
意識を取り戻した盗賊が、
「言うと思うか」
そう言ってぐっと厳しく結んだ口から、血が流れ落ちる。
一郎が悔しそうな表情をする。
「舌を噛んだな・・」
隣で見ていた於勝も苦しい表情で見つめる。
「何処の者かわかるか?」
奇妙丸が一郎左に確認する。
「甲賀で確定かと」
一郎左も甲賀で、捕虜になれば自決することを叩きこまれ育っている。
「草薙剣を持っていくつもりか・・」
「おそらく。我ら首領を追撃します!」
「頼む!」
一郎左と桜が、素早く熱田を囲む壁に飛び乗り、瓦の上を走ってゆく。
南門で陣取る川尻・生駒ら奇妙丸の傍衆勢を避けて、町中へと脱出した黒川衆を、熱田町衆の自警団が町内で食い止めていた。
熱田の自警団は鐘を打ち鳴らし領民に警戒を知らせるとともに、盗賊を見つけた追手が、笛を吹いて町内中に盗賊の場所を知らせていた。宮宿町内の各所で奇妙丸の家来衆と熱田町衆に追い詰められる。
その一方で、東門から逃れた者達は、無傷のまま熱田湊に向かって逃走していた。
<熱田湊>
・・・伊勢桑名湊までの廻船が常駐し、のちに「七里の渡し」と全国的に有名になる湊だ。
桜が、熱田湊を目指して長屋の屋根を走っていると、前方に黒装束の人影が見える。
「其処の者、とまれ!」桜が手裏剣を投げる。
キーーーーン!
黒装束は振り返りざま、その剣先で手裏剣を弾き返す。
「貴方は桜?!」
名前を呼ばれ動揺する桜。
「澪?」
桜と背丈は同じで、姿も似通っている。黒頭巾を被ってはいるが、瞳が大きく女性と判る。
「何故、貴方が草薙を?」
「草薙を持つべき人に届けます!」
「剣は熱田にあるべきものです」
「後醍醐天皇と足利尊氏が求めた神器、これがあれば日ノ本が手に入るのです!」
「そのような世迷い事を」
「それよりも、貴方こそ何故甲賀を裏切ったの? 抜け忍には死の掟があるのよ!」
「私達は抜け忍などではありません!」
「我らの敵方に居るというのはそういうことよ、今戻るなら私が首領に免罪符を貰ってあげるわ!」
「そんなもの、必要ない!」
そこへ一郎左達、伴の兄弟も続々と湊に駆けつけてきた。更に、奇妙丸と於勝は騎馬に乗り、南門で戦っていた川尻吉治、生駒三吉も合流して数十騎の騎馬衆となって湊に駆けつける。
湊の脱出船から、黒装束の男たちが加勢に駆けつけた。
「なにをしている、澪!ゆくぞ!」
「抜け忍がいます!」
「伴ノ者達か?」
「はい!」
「恩知らずどもめ、甲賀の者が必ずお主達を成敗する」
「私はなりたくて忍者になったのではない!」
「宿命からは逃れられぬのだ」
澪の足元で煙玉が煙幕を噴き上げる。
「まてっ!」
追いかける伴ノ衆と、黒装束たちが各所で対決している。
奇妙丸達がその乱戦に加わり援護しようにも目まぐるしく立ち位置が入れ替わるので、援護射撃すら味方に当たるかもしれない。
「「ピィーーーー!」」と一際音の高い指笛が湊に鳴り響く。
「ひくぞ!」
黒装束が撒きビシをばらまき、手早く一艘の関船に乗り込む。
一郎左が懐から火炎弾を取り出すが、草薙剣の事を思い出し再び懐に押し込む。
「「逃すなー!」」
熱田衆達が船を繰り出そうと湊に停泊する各船に乗り込んだところ、すべての船が帆の綱を切断され出港できなくされていた。
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