119部:湯殿
<清州城二ノ丸の奥御殿、湯殿>
「桜、あの二人は信用できる人?」
「奇妙丸様への害意はない様子です。奇妙丸様の役に立つ人達だとは思います」
「兄上様が選んだ人ならば、私がとやかく言う事ではありませんが」
「服部家の家来衆の方々はまだ納得されてはいませんが、大丈夫だと思います」
「政友殿は随分と唐物好のようですね」
「帰路に少しお話したのですが、本来ならば、武人よりも商人を目指しておられたようです」
「家名の存続の為に、当主として無理をされていたのですね」
「織田家と同じ道を歩むと心に決められたようですし、奇妙丸様を支えて頂ける事でしょう」
「ならば、安心しました。桜、ありがとう」
冬姫が桜の頭を撫でる。
照れた表情の桜である。
「背中を流してあげる」と桜の手を引っ張り立ち上がる。
「もったいない」と恐縮する桜だったが、冬姫は自分が桜にしてあげられる褒美はこれくらいだからと言うので、断らずに流してもらい、後で桜もお返しに冬姫の背中を流す事になった。
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<清州城ニノ丸御殿、湯殿>
風呂から上がり脱衣所で休む傍衆達。
「ヒノキ風呂は、良い香りがしていいなあ」
「楽しかった」
と小姓衆は、いつもの元気を取り戻していた。
しかしその一方で、
奇妙丸は長椅子に横になっている。それを心配そうに介護する生駒三吉。
「のぼせた・・」
奇妙丸の傍には、床に於八と於勝が転がっている。
「大丈夫か?」と金森於七が声を掛けるが返事は無い。
「皆さん、精神修養がたりませんね」と勝ち誇る呂左衛門。
「燃える心は熱湯にも負けじ」弥右衛門政友。
どれだけ湯につかっていられるかという長風呂対決が行われ、それを同時あがりで制したのは新しく加わった二人だった。
「その無数の傷にも驚きましたが、呂左衛門殿は相当鍛えておられますな」
「いやいや、政友殿は立派でしたよ」
ハッハッハッハと笑う政友の表情も明るい。
服部衆も政友の笑顔をみて、蟠りが消えてゆくようだった。
「水です! 奇妙丸様」と千秋喜丸が汲んできた飲み物を差し出す。
三吉に抱き起されて水を飲む奇妙丸。
「もう、長風呂対決はやめよう」
新参の二人に負けた敗戦のダメージもあり、三人はしばらく復活する事ができなかった。
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