04
「なあ。お祝いしないか?」
重い雰囲気を打開したのは、明るいリゼルヴァーンの声だった。
それまでの空気が嘘のように綻んでいくのが分かる。リゼルヴァーンの問いに、ルルムンやレレムンは瞳を輝かせた。
「お祝い、ですか?」
ラースが怪訝に答えるのは分かっていたのか、リゼルヴァーンは勢い良く頭を頷かせた。
「俺達に誕生日というものは無い。でも、アキにはある。しかも今日が誕生日だと言う。人間は誕生日を祝うものなんだろう? それなら祝うのが良いんじゃないか?」
な? と、付け加えられた言葉と微笑みに、ラースが呆れた溜息を吐いたのが分かった。
それはアキも同じだった。いくら今日が自分の誕生日だからといって、祝ってもらうのは忍びない。そこまでしてもらう義理が無いからだ。出会ってまだ数時間しかたっていないこの状況で、それが名案だと言わんばかりのリゼルヴァーンに呆れるのはアキも理解できる道理だ。
しかしラースが出した答えは意外なものだった。
「私が駄目だと言っても、貴方は為さるのでしょう?」
勝手にして下さいと付けたすと、ラースは観念したのかそっぽを向いた。
「ラースならそう言うと思っていた」
にこやかな笑顔を向けるリゼルヴァーンは、もしかしたら分かりきっていたのかもしれない。最後には許してくれると。
結局は妹にも、この主にも甘いのだと、アキはその時思い知った。
「よし! それでは準備にとりかかるぞ! まずは料理がいるな。そう言えばガルフは何処に行ったんだ?」
「ちょ、ちょっと待って!」
誰に語るでもなしに問うリゼルヴァーンに、堪らず声をかけたのはアキだった。遮られるのは想定していなかったのか、驚いたようにぴたりとリゼルヴァーンの動きが止まる。
「私、祝ってもらう資格ない。そんな義理も、無いよ」
言ってしまって、自分が嫌になる。折角祝ってあげると言っているのに、それを拒否し遠ざける。
リゼルヴァーンに悪意はない。寧ろこちらに好意を持っているくらいだろう。なのに、自分は壁を作ってこちら側に入らせようとしない。それが相手にとって傷つくことだと解っていても壊せないのだ、この壁は。
頑丈に屹立する壁は、いつだってアキの前に立ち塞がる。
「資格? 義理? そんなものいるのか?」
あっけらかんと放つ言葉に、激しく胸を揺さぶられた。
俄かには信じられない言葉が、アキの思慮を全て吹き飛ばした。
「アキを祝いたいから祝う。それじゃあ、駄目なのか?」
“祝ってあげる”のではない。“祝いたいから祝う”のだ。
それが無頓着から出た言葉なのだとしても、アキには十分な救いだった。
何を怖じていたのだろう。何を取り繕っていたのだろう。リゼルヴァーンの態度や口調は、いつだって真摯だというのに。普通の人間と違うかもしれないなんて、そんな小さなことを何故気にする必要がある。彼の気持ちや想いは、人間と同じだというのに。少しも慮ることは無かったのだ。リゼルヴァーンという男は、こういう男なのだ。
考えると、自分があまりにも傲慢だったような気がして羞恥に顔が赤く染まった。
何て酷い態度だったんだろう。
リゼルヴァーンは気付いていなかったかもしれない。いや、気付いていて、なお気付いていない振りをしていたのかもしれない。どちらにせよ、不見識な言動であったのは間違いない。居た堪れない気持ちを抑えるように、アキは小さく口を開いた。
「ごめん……」
「アキ?」
呆気にとられるリゼルヴァーンに、ただただアキは謝るばかりだった。何故謝っているのか、リゼルヴァーンが理解出来ないことを承知の上での謝罪。それでも、謝らずにはいられない。
壁が全て取り壊されたわけではない。しかし、ここで留まっていては同じことだ。壁を壊すきっかけを与えてくれたのなら――壊さなければならないのは自分だ。
「ありがとう……嬉しいよ」
躊躇って、それでも感謝の言葉をやっと発したアキに、リゼルヴァーンはやはり笑みを返した。
「何だ? おかしなヤツだな」
深く追求しようとはしない。その言葉だけで十分だと、素直に感じた瞬間だった。
◇ ◇ ◇
テーブルには花が飾られ、窓辺や壁には簡易の飾りが添えられる。
本当は、術を使うと一発で終わってしまうらしいのだが、「皆で楽しく準備したい」というリゼルヴァーンの意見にレレムンとルルムンも賛同し、人の手での作業となった。
学校の文化祭を思い出すな。
心の中で呟くアキの表情は心なしか暗い。あれ程つまらないと思っていた学校が、いまは少しだけ恋しい。
勝手に僻んで、中傷しておいて、それで寂しい、懐かしいだなんて。何て身勝手な感情だろう。そんな自分に反吐が出る。
「アキ、大丈夫か?」
覗きこみながら尋ねるリゼルヴァーンの言葉が、温かで優しい。そのおかげで、自分が今どんな表情と態度でいたのかが分かってしまった。
「大丈夫。ちょっと、眠たくなっただけだから」
軽く笑って答えたつもりだったが、彼には通用しなかったらしい。途端に険しい表情でアキの肩を掴む。
「本当か? 本当に眠たくなっただけか?」
「うん。本当だよ。今の時間、本当だったら私寝てる時間だから」
嘘を吐いたとしても、リゼルヴァーンには分からない。本来であれば今頃は多分夕方で、まだ寝るには早い時間だ。嘘も方便とはよく言ったものだ。
アキは出来るだけの笑顔を浮かべた。
暫くの間リゼルヴァーンは疑いの眼差しを向けていたが、やがて観念したように手を離すと複雑な表情を浮かべた。怒るでも諭すでも無い、寂しい笑顔に胸が痛む。
「アキは優しいな」
二度目のその言葉は、もっとも深くアキを抉った。しかし、表情は変えない。傷つく資格は無いのだから。
優しくなんかない。優しいのは――
「誰だっ! ずっと俺に『言の葉』送ってきやがったのは!?」
突然の怒号に、アキの思考はそこで途絶えた。