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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第二章 誕生日と月
7/60

03

 魔界に召喚されたおかげで、すっかり忘れていた。今日は十七歳の誕生日。

 ――何でいま思い出したんだろう。

 何となく、いまはそのことを忘れていたかった。なのに、記憶は本人の意思に背きそれを呼び起こす。

 声を上げたまま固まるアキに、ルルムンが頭に疑問符を浮かべた。

「アキ? どうしたの?」

 心配したように問うルルムンの声に気付き、アキは慌てて口を開いた。

「あ、ごめん。ちょっと、思い出して」

「何を思い出したの?」

 無垢な瞳がアキを見つめる。何だかこちらまで素直になってしまう気がした。

「今日ね、私の誕生日なの。それを思い出したの」

 静かに答えるアキに、ルルムンは更に首を傾ける。

「タンジョービって、何?」

「……え?」

 思わぬ答えが返ってきたことに、アキは驚きの声を上げた。

 誕生日を知らないなんて、そんなことがあるのだろうか。自分の産まれた日を彼女は知らないのか、それとも言葉の意味すら分からないのか。

 ルルムンは本当に分からないといった風に首を傾げたままだ。

「俺達は、皆“誕生日”というものに思い入れが無いんだ」

 リゼルヴァーンが口を開いた。

 ――誕生日に思い入れが無い。

 その言葉が、胸に重く圧しかかった。何だか、自分のことのようで、胸が苦しい。

「そうですね。存在している限り、私達にも“誕生日”というものはあるのでしょうが、思い出すことも出来ませんし、必要とも思いませんね」

 そう言ったラースは、どこか達観しているようにも見えたが、何だか寂しいとアキは思った。確かに、必要は無いかもしれない。事実、誕生日という存在を軽んじているのはアキも同じだ。しかし、何故かもやもやする。胸の奥が、霧がかかったみたいに晴れない。

 ――落ち着かない。

「ねーアキ。タンジョービって何? どんなもの? ルムにもあるの?」

 ルルムンが尋ねる言葉には、ただ純粋な疑問だけがある。

 それが、何だか切ない。誕生日に思い入れが無いと言ったリゼルヴァーンも、必要が無いと言い切るラースも。そして、自分自身も。

 ここ数年間、誕生日らしいことを何一つしていない自分が、そんなことを思うのは何だかおかしな気もした。

 だけど、やっぱり誕生日は特別な日なのではないか。自分が産まれ、生を受けた日を特別では無いだなんて。そう思っているのであれば何故こんなにも思い出す。何故あんなにも両親と祝った思い出を色鮮やかに大切に仕舞っている。それこそが、私が誕生日を特別な日だと思っている証拠じゃないか――

「誕生日は、自分が産まれた大切な日なの。ルルムンにも、誕生日はちゃんとあるんだよ」

 上手く笑えていただろうか。純粋無垢な瞳に、何故か泣きたくなった。

「大切? ルムが産まれた日は、大切な日?」

「うん。そうだよ。ルルムンとレレムンが一緒に産まれた日。だって、貴女達は世界に一人しかいない存在なんだよ」

「そうなの! ルムもレムも、世界に一人だけ!」

「うん、そうだよね。だから、お祝いしてあげなきゃ。産まれてきた自分を大切に思って、褒めてあげる日が誕生日なの。私はそう思う」

 後、両親にも感謝の気持ちを伝えないとね。

 なんて言葉は、心の奥に仕舞いこんだ。それは、アキ自身が口に出せない言葉。いま口にしても、それは本意ではない。両親との間の溝を埋められないアキにとって、それはただの虚言だ。

「大切……褒める……」

 ルルムンがアキの言葉を反芻する。いつの間にか、レレムンがルルムンの後ろからアキを覗いていた。

「ルム、タンジョービ思い出せないよ。分からない」

 悲しそうな瞳に、胸が痛む。思い出せないのはレレムンも同じようで、戸惑うような瞳には落胆の色が窺えた。

 思わずラースに目線を移した。しかし、その瞳は答えることを拒否しているように感じた。

 ――誕生日を思い出すことは出来ないし、必要とも思わない――

 さっきのラースの言葉が、頭の中を駆け巡る。

「本当に、思い出すことは出来ないの?」

 小さな希望を込めてラースに問いかけた。しかし、ラースの瞳は冷たいものだった。

「貴女の世界では、誕生日というものは特別なものなのでしょう。それは人間があまりにも短い寿命故。貴女達は誕生日というものを、死んでしまうまでの一日一日がどんなに大切で、どんなに幸せなものなのかを思い知る一つの目安としているのも事実。また、死ぬ間際まで日々を、どう充実させていくのかを考える機会にもなっているのかもしれませんね。しかし私達魔界の者、つまり悪魔と人間では寿命の長さがあまりにもかけ離れているのです。私達は貴女が思っている以上の年を重ねているのですから。だから、誕生日を特別だとも、大切だとも思わないんですよ。……“死”という概念が、希薄なのですから」

 口を開いたかと思えば、一気に捲くし立てる。付け入る隙も与えてはくれない。

 その言葉が、人間と悪魔は違うのだと、強く言われているようで。アキは言葉を紡ぐことが出来なかった。

「もっとも、親も誕生日を教えてはくれませんしね」

 最後に、そう付け加えた。それが魔界では当たり前なのだと、そう言っているように思えてアキはさらに切なくなる。

 ――普通の人間とは違うのかもしれない。

 さっきそう思った言葉が、胸を締め付けていた。

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