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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第九章 兄弟
55/60

03

 兄のシリルとは、物心ついたときからいつも一緒にいたように思う。幼いリゼルヴァーンを気遣うシリルは優しかった。

 シリルと遊ぶのは楽しかったし、面白かった。歳が離れていたこともあってかシリルはリゼルヴァーンの面倒をよく見てくれたし、リゼルヴァーン自身も兄に甘えていたように思う。泣いてしまったときにも優しく頭を撫でてくれたり、困ったことがあったら話を聞いてくれたりもした。リゼルヴァーンにとって、その頃一番に頼れる存在は紛れもなくシリルであった。父や母といる時間より、シリルと一緒にいる時間の方が圧倒的に多かったのだ。

 ある日の昼下がり。シリルとリゼルヴァーンは、父ギルヴァーンに会うために城内の歩廊を駆けていた。ギルヴァーンに報告したいことがあったのだ。

 それは、城に紛れ込んだ怪鳥のことだった。ある日、紫紺の翼を持ち、頭と尾に血のような真紅の模様のある美しい鳥が、リゼルヴァーンの部屋にふらりと舞い降りた。小さなリゼルヴァーンでも両手で掬うことが出来る大きさの鳥だった。

 怪我を負っていたその鳥を、リゼルヴァーンはシリルと一緒に介抱し、何とか回復させることに成功したのだった。本来その怪鳥は懐くことはないのだが、何故か元気になってもそのまま居ついてしまった。外に放ってもいつの間にか戻ってくるその鳥を、二人は両親はおろか家臣たちにも内緒で、こっそりと餌をやって飼っていたのだった。

 いままで二人だけの秘密であったが、ギルヴァーンには話しておこうとシリルが言い出した。母親が許してくれなくとも、ギルヴァーンなら大丈夫だと思ったのかもしれない。理解してくれるかもしれないと考えるのもわかる気がするのだった。

 なにせギルヴァーンはおっとりとした、大らかな心を持っている。およそ魔界の王には見えないその性質がリゼルヴァーンには好ましく、またシリルもギルヴァーンを好いている要因のひとつだろうと思った。

「おいでリゼル! 早く早く!」

「待ってください兄上!」

 艶やかな漆黒の髪がさらさらと揺れて、少しずつ遠くなっていく。シリルに追いつこうと必死に走るが、歩幅があるためなかなか追いつくことが出来ない。リゼルヴァーンは立ち止まってぜいぜいと息を荒く吐き、垂れた頭を擡げてシリルがいる方向へ視線を投げた。一人きりで置いていかれるのは耐えがたいことだったので、リゼルヴァーンは必死だった。

 その時になってようやく、リゼルヴァーンは周囲にいる家臣たちが自分を遠巻きに見ていることに気が付いた。ある者はじろじろと遠慮のない眼差しを向け、またある者は視線をリゼルヴァーンにとめたまま声を潜めて隣の者と何事かを話し合っている。

 まただ。またこうやって、僕を遠くから眺めている。なのに声をかけてはこない。嫌な気分。とっても、嫌な気分になる。

 胸にじくじくとした痛みが広がっていく。浸食していく痛みがリゼルヴァーンを重くし、地に落下させようとする。足が動かない。それどころか、頽れてしまいそうだ。

 助けて――心の中で懇願した次の瞬間、

「リゼル!」

 名を呼ばれ、はっとして目を上げる。眼前に佇むシリルが、苦笑して手を伸ばしていた。

「ごめんね。先走って、リゼルを置いていっちゃった。ほら、一緒に行こう」

「兄上……」

 ほっとした。父と同じ優しい黄金の瞳に見つめられ、ほわっと心が軽くなると、泣き出したい気持ちも一緒になって湧き上がった。シリルの微笑みはギルヴァーンとよく似ている。穏やかで温かな眼差しの中に、強い魔力を秘めた絶対的な支配者の輝きが見える。君臨する者だけが持つことのできる金の瞳――

 シリルは力強くリゼルヴァーンの手を取って握りしめると淀みなく言い放つ。

「気にしちゃダメだよ、リゼル……って言っても、やっぱり気になるかもしれないけど。だけど、皆がどう思おうと、俺はリゼルの味方だからね」

 温かい掌とシリルの言葉だけで、リゼルヴァーンは大丈夫だと思えた。そのときだけは、誰にどんなに厭われようと“大丈夫だ”と、信じられるのだった。



 ギルヴァーンの私室までシリルと手を繋いでやって来る。眼前には大きな黒い扉が隔たり、二人の行く先を拒んでいた。しかし、正面に立つと同時にゆっくりとそれが内側へ開いていく。気配で気付いたのだろう、ギルヴァーンが快く二人を招き入れようとしているのがわかった。

 リゼルヴァーンは半分緊張しながら、しかし期待もしつつシリルと中へ足を踏み入れる。報告を聞いてギルヴァーンは何と言うだろう。叱られはしないような気はするが、困り顔を浮かばせることになるかもしれない。

 落ち着いた装飾のなされた部屋の中で、紅のソファに座り込むギルヴァーンの姿があった。部屋の色調は暗く、ギルヴァーンの髪色も衣服も漆黒とあっては同化してしまいそうなのに、そうなってしまわないのは醸し出される威光が強いからだろうか。

 ギルヴァーンは視線をこちらに向けて優しく微笑んでいた。よく見ると、向いのソファにも腰かける人物が二人いた。黒髪の女性たちがこちらに目を向ける。

「母上!」

 リゼルヴァーンが声を上げると、ミゼリアが悠然と笑んで手招きをした。今度はリゼルヴァーンがシリルの手を引っ張って三人のもとへと駆け寄った。

「母上もここに居たんだ」

「ええ。父上とユリシア姉上と、お茶を楽しんでいたところよ。リゼルヴァーンとシリルヴァーンは、またどんな企みを考えているのかしら?」

「企んでなんかいないよ! ねえ、兄上」

 頬を膨らませて抗議し、リゼルヴァーンは助け船を求める。シリルは「リゼルの言う通りです」と言って笑い、ミゼリアの隣に座す黒髪の女性へと視線を移した。

 ミゼリアの姉であるユリシアは、長い黒髪と緋色の瞳を持ち、妹のミゼリアととてもよく似た面差しをしていた。しかし快活そうな目元ときゅっと上向きに上がった口角、溌剌とした雰囲気が、ミゼリアとはまた違った魅力を引き立たせていた。

「母上も、俺たちが何か企んでいると思ってる?」

 シリルが尋ねると、ユリシアは腕を組んで「うーん」と唸り、それから白い歯を見せて笑う。

「そうね、いままでのことを考えると、ミゼリアの考えに一票を投じざるを得ないわね」

「酷いなあ。俺たちって、そんなに悪餓鬼かなあ」

 文句を言いつつも、シリルの表情は明るい。リゼルヴァーンに苦笑を見せ、声を出さない唇が「困ったね」と動く。

「母親は子供が考えていることを見抜くのが、やっぱり上手いね」

 目尻を垂れさせて朗らかに話すギルヴァーンは、いま目に映る者全てが愛おしいと言わんばかりの表情をしていた。

 ギルヴァーンには、二人の妻がいた。一人はリゼルヴァーンの母であるミゼリアであり、もう一人はシリルの母であるユリシアである。二人は姉妹揃ってギルヴァーンの妻となったのであった。故にリゼルヴァーンとシリルは異母兄弟であったが、血の繋がりは強固だ。ギルヴァーンと妻の二人が親類関係に当たるというのも、更に血を濃くしている要因でもあろう。

 だから、リゼルヴァーンはシリルとの間に強い絆を感じていた。シリルだけでなく、この場にいる皆のことをとても愛していた。

 たとえ、唯一自分だけが白髪の頭をしていようとも、この繋がりは壊すことが出来ない。紛れもなく自分には、この者たちと同じ血が流れているのだと思うと、堪らなく安心するのだ。

「それで、どうしたんだい?」

 ギルヴァーンの問いかけに口を開きかけ、リゼルヴァーンはシリルを見る。母親たちのいる場で話してよいものかどうか、一瞬躊躇ってしまったのだ。シリルは目顔で頷く。兄なら自分が話すより的確に説明できるだろうし、上手くことが運ぶような気がする。リゼルヴァーンは期待に満ちた瞳でシリルを仰いだ。

「父上に許しを得ておきたいことがあるのです。実は俺たち、怪鳥をこっそりと飼っているのです。怪我を負っていたので介抱し、一応回復したのですが、一向に外へ飛び立つ気配がありません。懐いておりますし、リゼルも可愛がっています。ですからどうかその怪鳥を飼うことを許してほしいのです。世話は二人でみます。お願いします父上。母上たちも、お願いします」

 シリルは直立した頭を丁寧に下げる。それを見て、リゼルヴァーンも慌ててぺこりと頭を下げた。「お願いします」と、おまけのように言い添える。

 ギルヴァーンと母親たちはなかなか答えてくれない。シリルが顔を上げる気配がしないので、それまでリゼルヴァーンも低頭していた。

 やっぱり駄目なのかな。みんな怒っちゃったかな。もうあの鳥を、兄上と一緒に眺めることも餌をやることも、出来ないのかな。

 悲しい気持ちが膨らんできて、そのまま頭からずるりと床に倒れてしまいたくなった。泣いてはいけないと思い、唇を噛みしめ両手を握りしめる。

「参ったなあ……僕は弱いんだよ」

 弱り切ったギルヴァーンの声に、リゼルヴァーンは面を上げる。隣のシリルも顔を上げて、父親を見ていた。

「駄目だとは言えないよ。だって、そんなに真摯に話すシリルには感動しちゃったし、泣きそうになるリゼルは見てられないしねえ」

 後頭部を掻きながら苦笑するギルヴァーンに、ユリシアはあからさまに呆れた表情を浮かべていた。微笑みを湛えるミゼリアも、内心は呆れ返っているかもしれない。

「これだからギルは……。こうなることを予想して、シリルは父上だけに願い出ようとしていたんでしょう? まったく、やられるわね」

「王の言葉は絶対だから、私達がどういう言えることではないものね、姉上」

「やっぱり企んでたんじゃないのシリルヴァーンってば! くうう、小憎らしいのに可愛いから腹立つう!」

「あらあら姉上ったら」

 腕をぶんぶんと振り回すユリシアとそれを面白そうに眺めるミゼリアの姉妹は、どうやらこの問題に口を挟むことはしないようだった。

 リゼルヴァーンはシリルと顔を見合わせる。目を細めるシリルは金色の瞳を煌めかせた。

「やったね、リゼル」

「ありがとうございます、兄上!」

 やはりシリルは頼りになるとリゼルヴァーンは甚く感動した。自分には出来ないことでも、シリルなら何でも簡単にこなしてしまう。そんな自慢の兄がリゼルヴァーンを大切にしてくれることを嬉しく思った。

 たとえ、城の家臣や世界中の者が自分を侮蔑の対象と見做しても、ここにいる家族に大事に思ってもらえるならそれでいいと、リゼルヴァーンはおもうのだった。

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