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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第九章 兄弟
53/60

01

 横たわったまま安らかに上下する胸を見つめて、ラースは小さく息を吐いた。第二私室の寝台で眠りにつくミゼリアの傍らには数人の女中が付き添い、女王を献身的に看病している。女中頭を筆頭に、対処は素早く行われたらしい。ミゼリアの容態が安定したことは部屋の隅から眺めても判別出来た。一先ずは安心といったところだろう。

 ラースは退室しようとしていた女中頭を呼び止める。尋ねておかなければならないことがあった。ラースに気付いた女中頭は二人の女中を第二私室へ残し、他の者は仕事へ戻るように促した。

「ここで話はなんでしょうから」

 そう言って女中頭は第二私室から移動して、隣の談話室へと足を運ぶ。流石は女中頭と言うべきか、とラースは後に続きながら感心していた。何千年も女王の傍に使えているだけあって、気配りには長けている。

 幸いなことに談話室には誰の姿もなかった。しかしいつ誰がやって来るとも限らない為、長い間喋り続けることは出来ない。ラースは簡潔に女中頭へ質問する。

「一体、女王の身に何があったのです? 近頃の体調は安定していたと窺っておりますが」

 ラースの問いに、女中頭は渋面を浮かべた。

「それが、私にも分からないのです。早朝お伺いした時は普段通りでした。更に二時間後にお伺いした際、陛下は眠っていらっしゃいました。疲れておいでなのだろうと思いましたので、声もかけなかったのです。しかし先程……」

 思わせぶりに言葉を切られ、否応なしにラースの表情は険しくなる。女中頭に続きを促すと、渋りながらも話しを進める。

「女中の一人が申していたのですが、陛下の部屋からディルク殿がおいでになったのを見たらしいのです。陛下の様子を見にいらっしゃったのだろうと思って、声はおかけしなかったそうです。そのあと女中が陛下の私室にお伺いしたら、陛下の容態が急変していたそうで……」

 ラースは回廊でディルクとすれ違ったことを思い出す。もしかしたら、あれはミゼリアの私室から立ち去った直後だったのではないのか。やって来たディルクの背面側は、直接でないにしろミゼリアの私室に繋がっていた。ディルクが去ってからミゼリアの容態が悪くなったのなら、その時に危害を加えたのだろうと推測出来る。

 しかし腑に落ちないこともあった。あのディルクが、何故ミゼリアに害を及ぼさなければならないのか。ラースの目から見て、ディルクのミゼリアへ対する忠義心は偽りないように思われた。それはラースだけでなく、ディルクを知り、城で働く者なら誰でもそう思うことだろう。物事の優先順位が常にミゼリアであるのは、ラースと変わらない。そんなディルクが、ミゼリアに危害を加える理由は一体何なのか。

「そうですか、分かりました」

 女中頭に礼をして談話室から退室する。仕事に戻る女中頭の後姿を確認して、ラースは隣の私室を見つめた。

 近くに居ても、守ることすら出来ない。煮えくり返るこの感情の矛先は、自分自身にある。

 ドン、と深く重い音が耳を打つ。握り締め震える拳を、ラースは力いっぱい石壁に叩きつけていた。手から流れ落ちる液体の感触を感じたが、不思議と痛みは感じなかった。しばらくその場で足を止める。

 問いたださなければならない。どうしても、何がなんでも。

 次に足を踏み出した時には、鋭い瞳をフードの下から覗かせていた。


◇  ◇  ◇


 声が喉に張り付き、思うように口に出せない。ぞくりと震えるような寒さを感じるのに、額からは汗が流れる。そんなアキを面白そうに眺めるシリルは、依然として笑みを浮かべていた。

「言ったよね、キミに一目惚れしたって。手に入れたくて仕方ないんだ、アキのこと」

 シリルはアキに手を伸ばす。掴まれたのは左腕で、力は乱暴でないのに強く引き寄せられる。突然のことに呆気にとられたが、咄嗟にアキは声を絞り出していた。

「やめてっ!」

 身を捩り抵抗を試みる。しかし華奢な身体に似合わず、シリルの力は強い。アキは以前、壁に押し付けられた時のことを思い出し身震いした。

 怖い。この人は、怖い。

 アキを見つめ満足そうに微笑むシリルは、次にはリゼルヴァーンに視線を移していた。僅かに歪む唇はリゼルヴァーンに何を訴えているのだろう。面白がっているのか、挑発しているのか、それとも――

 堪らず、アキはリゼルヴァーンに振り返った。



 リゼルヴァーンは戸惑い、畏怖していた。それはシリルに対する罪悪感に支配されているからに他ならない。離れていた期間が長くとも、それは常にリゼルヴァーンの意識の奥底で息を潜めて存在していた。忘れることも、ましてや振り払うことなど出来ず、リゼルヴァーンはシリルへの負い目を絶えず感じていた。

 解っていた。シリルが現われた時点で、目的はアキなのだと理解した。全ての原因は、自分にあるのだから。

 微笑するシリルに胸を痛めるリゼルヴァーンは、アキの叫びを聞いて我に返った。やめて、と必死に身を捻り抵抗するアキに釘付けになる。アキの腕を掴んで放そうとしない手を見て、シリルはアキを本気で連れ去る気でいるのだと悟った。これはからかいなどではないと、頭の隅で高らかに警笛が鳴り響く。

 思わずシリルを睨みつける。小さく唇が歪んだのが分かった。

「彼女を放して下さい」

 シリルの表情は変わらず、掴む手も一向に弛む様子を見せない。リゼルヴァーンは一層表情を険しくした。それに気付いているのかいないのか、シリルは穏やかに声を上げる。

「俺だって、アキのことを気に入っているんだ。ずるいな、リゼルばかりがアキを独り占めするのはさ」

「放して下さい。アキは……誰のものでもない」

 強く言い放つリゼルヴァーンに、シリルは目を細め、初めて微笑以外の表情を宿す。無に近いその表情はそれでもシリルの感情を現していた。ぴくりと動く片眉は、恐らく気分を害しているに違いなかった。

「誰のものでもない、か。それは謙遜しているのかい? それとも、俺を嘲っているのかい?」

「言葉通りの意味です。アキはアキ自身のものであって、誰かの人形ではありません。お願いです。アキを巻き込まないで下さい、兄上」

 表情を緩めるシリルは小さく笑い声を立てた。馬鹿なことを言って悪かった、すまない。そんな言葉をいまにも口にしそうな表情でシリルは柔らかく笑み、リゼルヴァーンに答える。

「おかしなことを言うんだなあ。そもそもアキを巻き込んでいるのはお前じゃないか、リゼル。お前が彼女を召喚したんだろう?」

「それは……」

 思わず口ごもり視線を逸らす。まともにシリルの顔を見ることが出来ない。いや、向き合うことが出来ないのは、アキが悲しい表情を宿しているからだ。

「リゼルがアキに惹かれるのはわかる。それは俺達にとっては自然なことだからね。だから召喚してしまった」

 そうだよね? と首を傾げて問うシリルに、何も答えることが出来ない。

 その通りだ。アキに惹かれるのは、リゼルヴァーン達にとって当然のことであり、道理なのだ。お互い、アキに引き寄せられるのは抗えない真実なのだ。

「そんなリゼルに、どうこう言われる筋合いは無いんじゃないかな?」

 それでも、簡単に頷くことは出来ない。軽く承知することは出来ない。たとえ始まりが、意思と関係なく決まっていたのだとしても。そうなってしまうのだと、決定付けられていたのだとしても。それでもいまこの胸に宿る想いが偽りだと、作り物だと思えないし、思わない。この気持ちは誰にも左右されない、自身の感情なのだと信じている。

 奪われるかもしれない状況になって、やっと気付けたのだとリゼルヴァーンは思い知る。不安と恐怖と罪悪感を感じながら、それでも手放したくないのだ。誰にも触れさせたくないと、自分勝手な欲望が胸を満たしていく。

「手を、離して下さい。兄上」

 リゼルヴァーンは自分でも意外なほど低い声を出していた。一瞬シリルは驚いたようであったが、直ぐに笑顔を取り戻す。

「……俺が簡単に離すなんて、思っていないよね? リゼル」

 その通り、容易く願いを聴いてくれるとは思っていない。今までの言葉は警告だ。そして、もしもの望みでもあった。変心してくれるのならそれに越したことはないが、シリルが耳を傾けてくれるとは考え難かった。

 互いに沈黙したまま様子を窺う。アキの視線を感じたが、リゼルヴァーンは見つめ返すことが出来なかった。

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