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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第八章 恐れと記憶
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06

 柔らかい朝の月の光を感じ、ラースは回廊を渡る足を止め視線を空へと移した。壮麗な輝きを放つ月は仄白く、圧倒的な存在感を放つのはその大きさの所為だけでなく、少なからず魔力が宿っているからだろうと考えた。見つめているだけで、その恩恵を受けているような気分になる。……いつもなら。

 ラースは眉根に立皺を寄せ、唇を小さく歪ませる。苦虫を噛み潰したような表情を作っていることに、我ながら滑稽だと思った。フードを深く被っているので表情を深く読み取られることもないし、第一今この回廊には自分しかいない。剥き出しになる感情を押さえつける必要も無いと思い、ラースは繕うことを止めた。

 何故こんなにも腹が立つのか。何故こんなにも不快なのか。

 昨夜、久しぶりに酒を飲んだのはこの苛立ちを無理やり消そうとした為であったが、上手くいかなかったようだ。ロネットに誘われた時は面倒だとも思ったが、飲みたい気分でもあった。元々酒に強い方ではないし、城で酒を飲むこと事態、良い行いとは思えなかったので軽くしか飲んでいないが、それでも少し酔いは残っていた。気分が優れないのは、酒の所為もあるかもしれない。しかしその最たる原因を、ラースは理解していた。酒で消そうとした、最も憤る原因。

 一番近くで見守りたいと想っている、一番敬愛しているミゼリアの隣に居るのが、自分でないもどかしさ。常に彼女を理解し、ともにありたいと願うラースにとって、ディルクの存在は厄介であった。

 リゼルヴァーンの教育係を任命したのはミゼリアであり、その任を快く引き受けたのは他ならぬラース自身である。しかし屋敷から離れられない自分は、女王に会うことすら今では儘ならない。その距離は近いようでいて遠い。滅多に会うことの出来ない歯痒さは、ラースの想いを募らせるのには十分過ぎるほどであった。

 長命の悪魔である以上、会わない期間が「長過ぎる」とはきっと言わない。永い時を生きる人生の、ほんの短い時間にすぎない。

 なのに、僅かな期間会えないというだけでこんなにも苦しい。

 永く歳を重ねたというのに、まだ時間の感覚に慣れていないのか。それともミゼリアに対する盲目的な愛情が、時間間隔さえ狂わせているというのか。

 以前はもう少しまともだった。こんな些細なことに腹を立てることもなく、悠然と対応出来ていた筈だ。なのに今はその余裕さえ崩れかけている。時間が経てば経つほど、狂おしいほどの感情に苛まれる。こんなに小さな男だったのかと、自分を嘲笑せざるを得ない。嫉妬など、そんな気持ちを抱くことすら無いと思っていたのに。

 不意に、石畳を打ち付ける鋲の音が響き、ラースははっと我に返り視線を回廊へと戻した。向かいから、漆黒の装束を身に纏う老年の術師がゆっくりと近づいてくる。黒衣を引き摺り、逆様の尖塔のような顎鬚は長髪と相まって顔面の面積を小さくし、その見た目はいかにも老翁然としている。それでもなお、厳格で荘重な威光は失われることなく発せられ、その勢いは他を圧倒する。まるで夜空に浮かぶ、白月のように。

 見据えるのはラースだけでなく、ディルクも同じであった。沈黙のまま互いに回廊を進み、二人の足音だけが辺りに響く。瞬ぎもせず凝視するラースは、刻一刻と近づくディルクを窺う。何の変化も見られぬ落ち着き払ったその様子が、ラースの気分をより害した。

「ずるいですね。老師は」

 ゆっくりと擦れ違おうとするディルクに、ラースは制するように声をかける。向かいに見える鋭い眼光がラースを捉えた。

「貴方の言葉であれば、陛下は受け入れる」

「……何の話だ」

 威圧するその声は嗄れても尚よく通る。冷笑を浮かべるラースは言葉を続けた。

「あの人間を王后に据えるとは、一体どんな裏があるのです?」

 僅かに目を細めるディルクは沈黙する。

 当初ラースは、ミゼリアの考えをディルクが呑んだのだと思っていた。強大な魔力を所持するアキを王后に据えれば、虐げられるリゼルヴァーンの力になるだろうと考え付くからだ。“白の災厄”と嫌厭されるリゼルヴァーンを認める者は、この魔界にほんの一握りしか居ない。城の中でさえ、それは同じだ。そのリゼルヴァーンと同じ力を持つ者が后になれば、少しは見方も変わる可能性はある。白髪と言えど、リゼルヴァーンの魔力は類を見ない程のものである。それと同等の力を持つ黒髪の者が后になれば、不満は抑えられるかもしれない。

 しかしそれだけの理由で、ディルクが簡単に話を呑むとは到底思えなかった。長年この城に使え、歴代の王を支えてきたこの老翁は、魔王として相応しく無いものはしっかりと排除してきた。そんなディルクが、異界からやって来た少女を容易く受け入れるとはどうしても思えなかったのだ。

 それ故に、受け入れた本当の理由が別にあるのではないか。ディルク自身の何らかの計画の為に受け入れたのか――或いは提案したのではないか。その様に、ラースの考えは行き着いた。

 静寂を破ったのはディルクの鋭い声であった。

「私は陛下の望みを受け入れただけに過ぎん。何を勘繰っているのかは知らぬが、その様に妬みを露にするのはまだまだ幼い証拠であるぞ、ラース」

 言い終えると、石畳を踏み鳴らしながらディルクはラースの横を通り過ぎる。背筋をしゃんと伸ばして歩く姿は衰えを知らぬ様であった。

 遠ざかって行く足音を耳にしながら、ラースは佇んだまま呟いた。

「……分かっていますよ、自分でも」

 同時に嘲笑する。自分自身に宿る、この妬心に対して。



 ラースは豪壮な月をしばらく見つめてから、やっと回廊を進んだ。相変わらずラース以外は誰もいない。しかし今はその方が良かった。このみっともなく湧き立つ怒りを、誰にも見られたくなかった。

 そうであるのに、そんな時に限って居るのである、この男は。

「ラース! いいところに!」

 来い来いと手を振って笑顔を向けるロネットが、何故か回廊の向こう側にある茂みに身を隠すように潜んでいる。心持ち声の音量も小さい。

 ラースは一瞥しただけでまた歩みを始めた。見なかったことにしよう。そうするのが一番良いと、ロネットを無視して回廊を進む。

「ちょっとラース! いいからこっち来なさい!」

 声を出すには場が悪いのか、その後は『言の葉』を使ってラースに訴えかける。頭の中にがんがんと響く『言の葉』は容赦がなく、ラースは辟易して足を止めた。苛立ちが痛みの所為で更に増す。気分が優れぬもう一つの理由がロネットにあったことを思い出し、ラースは青筋を立てると回廊を抜けて茂みに近寄った。

「何なんだ一体。下らないことだったら、口が利けなくなるぐらい締め上げるぞ」

「いいからちょっと向こうの木の側を見てみてよ、ほら」

 脅し文句を気に留める様子もなく、ロネットは近寄るラースの装束を有無を言わせず引っ掴み、身を屈めさせる。強引なロネットに顰め面を返してから、ラースは身を縮め茂みの向こうに見える庭園を覗き見た。

 中央棟から隔たれた場所にある、半円型の見えない壁が覆うそこは、城の中でも屈指の美しい庭であった。様々な樹木、草花が生い茂るその庭園は、ミゼリアの気に入りの場所でもあった。

 大樹の下には、リゼルヴァーンとアキの姿があった。白い頭のお蔭で直ぐにリゼルヴァーンだと気付く。そうなれば、黒い頭の少女がアキであることは想像に容易い。

 二人は何故か抱き合っていた。そしてその状態のまま固まったように動かない。こちらに気付いている様子は微塵も感じられなかった。

「……何だ、あれは」

 二人の様子を眇めた目で見つめつつ、声を低めて隣のロネットに尋ねる。必死に声を抑えるロネットは興奮しているのだろう、頬を赤らめ、楽しそうな笑顔で口を開く。

「何があったか知らないんだけど、気付いた時には既に抱き合ってたのよ。良い雰囲気じゃないの、あの二人」

「お前はいつからここに居るんだ」

 呆れた口調で返すと、ロネットは「ちょっと前からよ」と言ったきり視線を二人に固定した。つられてラースも視線を二人に向ける。

 少しはあのお方も、積極的になったということだろうか。いつまでもじれったい様子を眺めていただけに、変化が起こったのは良い兆しかもしれない。もっとも、からかう理由がまた一つ増えたのも事実だが。

 口の端を小さく上げて笑みを浮かべた瞬間、慌てた声が耳を打った。聞き覚えのあるその声は自分達を呼んでいた。かなり慌てているのだろう、息を弾ませ、がむしゃらに叫んでいるのが分かる。

「ナジ……? 一体どうしたの?」

 回廊を駆けるナジを見つけたロネットが、立ち上がり声をかける。こちらに気付いたナジは足を止めず、茂みに駆け寄る。ラースとロネットの前までやってくると、肩で息をしながら口を開いた。

「そ、それがっ……陛下が……っ」

「陛下がどうした!?」

 言い終わる前に肩を掴み、ラースは憤怒の形相でナジに詰め寄った。深く一息吐いてから、ナジは苦しげに言葉を紡いだ。

「陛下が、倒れて……!」

 ばっと手を離し、一目散に駆け出す。後ろからロネットの声が聞こえたが、構ってなどいられない。ラースは急いで回廊を抜けると、城内へと入った。

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