表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第八章 恐れと記憶
47/60

03

「何故だ。何故こんなことに……」

 愕然とした表情を浮かべ、リゼルヴァーンは掌にある物体を見つめる。惨たらしい状態のそれは、見るも無残な形に成り下がっていた。

 摘んでも四・五年は持つ筈の花の茎は、伸びきった麺のようにくたくたになり、触れるのを拒むかのように花弁も萎んでしまっている。輪っかにすることは最早不可能に近く、茎を編みこむことさえ儘ならない。リゼルヴァーンは自身の手にある花冠になり損ねたその物体を、ただ呆然と見つめていた。

 今まで一緒に過ごしてきた中で、ある程度リゼルヴァーンの手先が器用でないことは理解していたつもりであったが、それにしてもまさかここまでリゼルヴァーンが不器用だったとは思いも寄らないことであった。

 何でこんな状態になるの? ちゃんと手順は教えたし、その通りにリゼルも作ってたのに。どうやったらこんなに……

 惨状に言葉を失うリゼルヴァーンを見つめ、悪いと思いつつも、アキは込み上げる笑いを止めることが出来なかった。一旦吹き出すと笑いを止めるのは困難である。思わず声を出して笑うアキは、腹を押さえながらたどたどしく言葉を口にした。

「ご、ごめんリゼル! だけど、おかしくって」

 驚きももちろんあったが、それ以上にリゼルヴァーンのあまりの不器用さに笑いが込み上げるのを止めることが出来なかった。底から次々と楽しい気持ちが湧いて、なかなか笑いを止めることが出来ない。零れる涙を指で掬い上げ、滲む視界が鮮明になると、目の前で微笑むリゼルヴァーンが映った。怒りなど見えぬ穏やかな笑顔は、驚くほど優しいものだった。

 そんな表情をされると、どう反応すればいいのか分からなくなってしまう。アキは染まる頬を隠すように俯き、言葉を進めた。

「えっと、もう一度作り直そうよ。今度こそ上手くいくように、私も手伝うから」

「すまんな。それにしても、アキは器用なんだな。子供の頃からこんな難しいものを作れるとは中々のものだぞ」

 褒めるリゼルヴァーンに、アキは苦笑する。

「言うほどでもないと思うけど……でもそんな所しか、私の取り柄って無いんだよね」

 瞬間、ノイズが走ったように、声が頭に響いた。



 ――居なくたって、亜季は――



 ――ああ、そうだ。そうだった。

 薄紅色の花の茎をぷつんと断ち切りながら、思い出してしまった。否応無しに、記憶が蘇ってしまう。黒い波が少しずつ勢いを増し、先ほどまでの愉快だった気持ちを一気に攫って行く。

 仕舞いこんでいた筈の箱の蓋が、開いてしまう。醜く汚い感情が、溢れ出てしまう。

「私はっ……」

 言いかけて止めるアキに、リゼルヴァーンは首を傾げた。

 駄目だ。こんなことで直ぐに飲まれてしまう。これじゃ、リゼルが心配する。

 ……違う。気付かれたくない。本当は、気付かれてしまいたくない。こんな感情なんて。

 見上げた視線の先で、リゼルヴァーンと目が合う。真摯な瞳が、胸に痛い。

「我慢しなくていいんだ。俺はここで、アキの言葉を待つ」

 隣に座って、ただ待ってくれる。それがどんなに嬉しいか。静かに温かく、そして強く響く、何よりも大好きな人の、言葉。それがどんなに沁みるか、リゼルは気付いてる?

 月の光がアキを優しく包み込み、後押しするのは煌く星で、魅了する香りと外見で花は言葉を促す。その場に存在する全てが、アキの言葉を待っているように思えた。

 穏やかに流れていく沈黙は、やがてアキの語る言葉によって破られた。


◇  ◇  ◇


 小学校から帰っても、共働きであった両親が家に居ることは少なく、アキは常に一人で過ごしていた。学校から帰宅しても遊びに行くこともせず家事をしていたのは、頼まれたからでも、お願いをされたからでもない。自主的に行っていたのには理由があった。

 家事をすれば両親は褒めてくれる。その瞬間は自分を見てくれている。だから家事をやった。家事の才能は元々あったのかもしれない。小学三年生の頃には既にほぼ家事全般をこなしていた。

 少しでも興味を引きたかった。少しでも笑ってほしかった。それだけで嬉しかった。

 両親の仲が険悪になり始めたのはいつの頃だっただろうか。小学校低学年の時にはとっくに悪化していたような気がする。高学年に上がった頃には、お互いに会話はなく、家中に重い空気が流れていた。日曜日に両親が揃って部屋に居合わせている時など、居心地が悪くて仕方なかった。

 そんな時は逃げるように外へ出た。場所はいつも決まっていた。近所にある小さな広場はちょっとした草原になっており、低木と雑草が我が物顔で蔓延っていたが、アキは端にある小さい白の存在に気付いていた。

 いくつもの小さな花を寄せ合い、丸い白を形成する白詰草は、地面にしっかりと根を張り、低位置でも堂々と咲き誇っていた。少女のように愛らしく、嵐がくれば直ぐに倒れてしまいそうな姿であるのに、見た目以上に実は頑丈である。日当たりが良くたっぷり水を含んだ地面を好むらしいが、乾燥した土壌にも耐えられるらしい。様々な土地で強く生きていける植物なのだ。その姿に感銘を受け、白詰草が好きになった。開花は春から夏にかけてなので意外と長い。それでも丸い白の花を見られるのは限られている。しかし開花しているしていないに関係無く、白詰草を見るとアキはいつでも幸せであった。四つ葉を見つけなくとも、十分だった。ただ堂々と存在している姿を見られるのが、何よりも癒しになった。

 気付けば、白詰草は広場の半分まで根を伸ばしていた。雑草が抜かれた部分にまで繁殖は広がり、辺りには白い花が幾つも顔を出していた。そうなると、沢山の白詰草を目の前にして、アキの取る行動は一つしかなかった。学校で先生が話していたことを思い出したのだ。

「先生も皆と同じくらいの年頃には、白詰草で花冠を作ったのよ」

 確か理科の授業中だったような気がする。懐かしむ担任の表情が柔らかで、その思い出は良い思い出だったのだろうと思った。だからなのか、作ってみたいと思ったのだ。

 白詰草を少しずつ摘んでは試行錯誤を繰り返した。作り方など知らない。以前図書室で借りた絵本に描かれていた形を思い出して、失敗を何度も繰り返しながら作った。最初から上手くいく筈はなかった。一番目に作ったものは白詰草を悲惨な状態へと変化させただけであった。そして二度目も上手くいかなかった。何が駄目なんだろうと考え、三回目は少し違う作り方にしてみた。すると編み込むことが出来た。輪っかにすることはまだまだ無理であったが、それでも一歩前進したことが嬉しかった。そうやって失敗しながら少しずつ少しずつ、アキは花冠を作っていった。

 花冠作りに挑戦し始めてからどれくらい日数が経過しただろうか。平日は家事をしていたので日曜日だけであったが、アキは必ず広場に足を運んでいた。そしてやっと、輪っかにすることに成功した。夢中になって作った所為か、冠にしては大きすぎて、首飾りにするには小さすぎた。何とも中途半端な輪になってしまったが、それでも完成させることが出来たのだ。最後までやり遂げることがこんなにも難しく、しかし嬉しくもあり、達成感があるものなのだと、アキはその時初めて知ることが出来た。

 この喜びを両親に教えたい。早く見せて、褒めてもらいたい。いや、褒めてもらいたいのではない。ただ、二人の笑顔が見たいのだ。



 出来上がったその日は花冠を持って家に帰った。家に帰り着くと十九時を回っていた。昼頃から広場にやって来たので、今日はほぼ六時間は広場に居たことになる。日が落ちるのが遅い夏は、アキの花冠作りを夢中にさせることに一役買っていた。

 今日は午後から二人それぞれ用事があると言って出かけていった。そういう時も仕事同様、帰りは遅い。こんな時間に帰っても、きっと両親はまだ帰っていない。そう踏んでいたが、帰宅直後に玄関先で母親のパンプスを見つけたアキは、急いでダイニングキッチンに駆け込んだ。家事は殆どしないが、母親はよくそこで雑誌を読みながら好きな珈琲を飲んでいた。だから今もきっと居るに違いないと思った。

 案の定、母親はテーブルの上に珈琲を置いて、余所行きの洋服を身に纏ったまま椅子に座っていた。甘い香水の匂いが部屋に漂っている。しかしいつもと違うのはそれだけでなく、その手に持っているのが雑誌ではなく、携帯電話だということだった。アキに気付いた様子はなく、母親は電話に夢中になっていた。笑顔を見せ、今までに聞いたこともないような声で相手に話しかけている。

「分かってるわよ、また絶対に行くから。……旦那は気付かないわよ。あの人鈍いし、自分のことしか考えてないから」

 ねっとりとした纏わり付くような声音が、母親のものではないような気がして、アキは心細さと嫌悪を抱いた。

 知らない。こんな声を出す、こんな笑顔を見せる母は、知らない。

「……っ、お母さん!」

 咄嗟に声を出したのは、手繰り寄せたかったからだろうか。手の届かない、遠い所へ行ってしまったような母親を、『ここ』に引き戻したかったのかもしれない。

 声に気付き、扉の傍に立つアキに振り返る母親は「ちょっと待ってね」と話し相手に断りを入れて電話口を手で塞いだ。

「静かにして。バレるでしょ、子供が居ること」

 眉間の皺と睨む瞳が、鬱陶しいと言っている。向こうに行けと、言っている。

『立ち入るな、これ以上口を出すな。邪魔をするな』――表情が、全てを物語っている。

 何も言えず佇んでいると、母親はまた電話相手と話に花を咲かせ始めた。アキは音を立てぬよう、そっと扉から離れ、自室へと戻った。

 きっと、今は都合が悪いんだ。だって、電話中だった。話している最中に邪魔をしたら、怒るよね。うん、私だって腹が立つかも。だから、私がいけないんだ。次に話しかける時は、電話をしていない時にしないと。お母さん、この花冠見たらびっくりするかな。喜んでくれるかな。笑って、くれるかな。

 自室に引きこもり、電話が終わるのをじっと待っていた。もう少し我慢すれば、きっと「凄いね」と言って笑ってくれるだろうと信じていた。

 疲れていた為に、そのまま床に座り込んだ。気付かぬうちに身体が船を漕ぎ出していた時だった。玄関の扉の開閉音が鳴った事に気付き、目が冴えた。

 お父さんが、帰ってきた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ