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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第八章 恐れと記憶
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02

 首を真上に向けなければ詳細を把握出来ない天井は、吸い込まれそうな錯覚を起こすほどに高い。そこから吊り下げられた豪華なシャンデリアが、並べられた料理に光を与え、より光彩を増したステーキやスープが美味しそうに輝く。テーブルの上にはその他に、カットされたパンに色取り取りのディップ、ソースのかかったサラダが銀の器に盛られ、同じく銀の水差しが置かれていた。一見フランス料理のようであったが、使う食材は全く異なるものなのだろう。しかし、既にこちらの料理に慣れてしまっているアキには全く問題は無い。見た目や味は、人間界で食べる料理とほぼ同じであるのだ。

 二十人は余裕で用いることが出来るであろう長いテーブルには、アキとリゼルヴァーンしか着席していない。美しい彫刻が施された玉座にミゼリアの姿はなく、空の銀食器が寂しくぽつりと置かれたままであった。

 この場に列席することが許されるのは王族と位の高い騎士や術師、重臣だけなのだそうだ。それも晩餐のみらしく、朝や昼は共に食事をすることは殆ど無いらしい。てっきりラースやロネットも一緒に朝餐をとるのだと思っていたアキは、リゼルヴァーンとの一対一に困惑していた。テーブルから少し離れた位置には女中が数人控えていたが、皆黙って佇むのみで、居る居ないも変わらなかった。

 今朝のことで顔を合わせ辛いアキは、正面に座るリゼルヴァーンをこっそり覗き見る。

 沈んでいた。どんよりと、まるで雨雲を背負い込んでいるかの如く、暗い影を落としている。

 そんなに落ち込むんだったら、部屋に来なければよかったじゃない。でも、私も少しやりすぎだったかな。態とじゃないって言ってたし。

 もやもやする気持ちを一緒に飲み込むようにステーキを一口する。肉汁が口いっぱいに広がり、濃厚な香りが鼻を突く。

「あ……」

 思わず零れた声に反応して、リゼルヴァーンがアキを見つめる。「どうした?」と問うような視線に、アキは苦笑を浮かべた。

「えっと、ね。美味しいんだよ。美味しいんだけど、ガルフが料理したステーキの方が、もっと美味しかったなって」

 ガルフが料理したステーキは肉厚があるのに程よい焼き加減で、さっぱりとしてそれでいて甘いソースとの相性は抜群であった。アキの言葉を受けて、リゼルヴァーンもステーキを口に含む。浮かべたのはやはり苦笑だった。

「そうだな。ガルフの方が、肉の焼き方がもっと上手だ。それに作ったソースも、アイツのがもっと美味い」

 はっきり口にするリゼルヴァーンに嘘はない。この場にガルフが居たらどんな反応をするだろうと考え、アキは笑う。くすくすと笑っていると、見つめる視線に気付き前を見た。目の前のリゼルヴァーンはほっとしたような、穏やかな表情を宿しアキを見つめていた。

「良かった、笑ってくれて」

 優しく微笑むリゼルヴァーンに、胸が高鳴る。

「すまなかった、アキ。覚えていないとはいえ、就寝する女性の部屋へ押し入るなど」

「……リゼル、態とじゃないんでしょ? 私も覚えてなかったし。だから、相こってことにしない?」

「それで、いいのか?」

「だってしょうがないじゃない。二人とも、覚えてないんだから」

 それよりも、気まずい空気でいることの方がよっぽど絶えられなかった。それに、リゼルヴァーンがベッドの中に居たことは確かに驚いたし慌てたが、嫌悪を抱くほどのものではなかった。ただ、恥ずかしかっただけなのだ。

 安心したように「そうだな」と答えるリゼルヴァーンに微笑む。お互いの間に宿っていた蟠りはすっかり無くなっていた。互いに見つめ笑い合うことができ、アキは心底嬉しかった。

「そうだアキ。昨日言っていた庭園に、このあと行こう。是非、アキには見てもらいたいんだ」

「リゼルは大丈夫なの? このあと用事とかは」

「長くならなければ問題はない。駄目か?」

 特に予定も無いアキに断る理由はない。それに興味もあったし、リゼルヴァーンに誘われたという事実が素直に嬉しい。首を振り、「駄目じゃないよ」と答える。明るい笑顔を返すリゼルヴァーンに、アキは自ずと頬が緩んだ。


◇  ◇  ◇


 円状に広がる敷地は、城の中央棟から隔たれた場所にあった。庭園として存在するその庭は剪定された樹木をはじめ、多くの花が咲き乱れていた。アーチに絡む蔦には美しい茜色をした花が蕾を開き、アキとリゼルヴァーンを出迎える。薔薇のように花弁を何枚も重ねる紺藍色の花が、まるで生垣のように群生していた。甘い香りを漂わせるのは山吹色の小さな蕾を身に付ける若木で、その後ろには赤や青に色付いた葉を付ける老木がどっしりと根を張り、宙へと枝を伸ばしている。

 開けた空には朝の月が傾き、星屑がまるで宝石を散らしたみたいに煌き、夜空を彩っている。しかし、風は感じない。見えない壁に遮られた庭園は、一定の温度を保っている。ドーム型に結界を張られているらしい庭園は、樹木や花をぬくぬくと立派に育て上げていた。

 芝生の上に腰を降ろす。景色も、匂いも、感触も、全て心地良い。自然と心が豊かになるような癒される空間は、アキを笑顔にさせる。隣に腰を降ろしたリゼルヴァーンは満足げにアキの様子を眺め、周囲に咲く薄紅色の花を一輪摘んだ。

「気に入ってくれたみたいで良かった。美しいだろう?」

「うん、本当に綺麗。月並みだけど、そんな言葉しか出てこないくらい、素敵」

 リゼルヴァーンは摘んだ花をアキに手渡す。薄紅の花はアキの手の中で美しく咲き誇っている。

「魔界の植物はそのままでも十分長生きするが、摘んでも枯れるまでの期間が長いんだ。特にこの庭園の花や木は、その時間が長い。短くても四、五年は持つ」

「そんなに!? 生花で四・五年も持つなんてすごいね」

「ああ。だから、気に入った花があれば摘んで持ち帰ればいい。部屋にでも飾っておけば目の保養になるぞ」

 やはり人間界の植物とは生態系が違うのだろう。姿形は似ているが、花や木も、悪魔と同じく寿命は驚くほど長いらしい。アキは受け取った花を見つめ、リゼルヴァーンに問う。

「結構摘んでも、平気?」

「遠慮することはない。こんなに沢山咲いているんだ、構うことはない」

 リゼルヴァーンの許しも出たので、アキは早速花を摘み始める。探すのは、茎が長めでしなやかな花。ちょうど辺りに咲いている花は、その条件を十分に満たしている。薄紅色の花は、マーガレットのように細長い花弁が伸びた可愛らしい形をしている。とりあえずその花を二十本程摘むと、アキは早速作業にとりかかった。

「何をしているんだ?」

 興味津々の様子で手元を覗き込むリゼルヴァーンに、アキは笑ってみせる。

「花冠を作ろうと思って」

 摘みたてのままの姿を長い間保っていられるのなら、花束だけにしておくのは勿体無いと思った。それならば見た目も楽しむことが出来る花冠なら、その活き活きとした姿を活かすことが出来るのではと思いついたのだ。

「そんな物を作ることが出来るのか。すごいな、アキは」

「大したことじゃないよ。子供の頃よく作ってたんだけど、いまはちゃんと作れるかどうか」

 昔の記憶を辿りながら、アキは花の茎を編みこんでいく。随分久しぶりだったので最初はどうやって作っていたのか思い出すのに苦労したが、いつの間にか自然と手が動いていた。

「出来た……!」

 時間はかかったが、とりあえず冠の要である輪っかにすることは出来た。久々にしては、花冠の出来栄えは上手くいった方だろう。「おおー」と感嘆の声を上げるリゼルヴァーンの頭に、アキは冠を乗せる。

「冠はやっぱり、王様が被らなくちゃね」

 白髪の頭に薄紅色の花がよく似合う。魔界の王らしからぬその姿は愛らしく、ぽかんと口を開くリゼルヴァーンの姿に笑いが込み上げた。

「よく似合ってるよ、リゼル。可愛い可愛い」

 可愛い発言が不満だったのかリゼルヴァーンが口を尖らせる。そのさますら可愛らしく映り、アキはくつくつと笑う。

「俺なんかより、アキの方がよっぽど……」

「え? 何?」

 笑いに夢中になりすぎて、リゼルヴァーンの発言を聞き逃してしまった。聞き返したが、しかしリゼルヴァーンは首を振る。心なしか顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。

「いや、何でもない。それより、俺にもその冠の作り方を教えてくれないか」

「いいよ。一緒に作ろう」

「よし! 俺が作った冠はアキにやるからな」

「うん、楽しみにしてる」

 リゼルヴァーンが作ったものなら、そしてそれを貰えるのなら、何でも嬉しいに決まっている。嬉しくないわけがない。

 出来上りを楽しみにしつつ、アキは丁寧に冠の作り方を教え始めた。

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