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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第八章 恐れと記憶
45/60

01

 息苦しさと寝苦しさを感じ、アキは薄く瞼を開いた。寝ぼけ眼で捉えた視線の先に、ベッドに備え付けられている卓が目に入る。昨夜寝る前に飲んだハーブティーのカップがぽつりと置かれていた。

「ああ、そっか……」

 かすれた声で呟き、気がついた。ここは城の一室、アキの為に用意された客室である。屋敷に用意された自室よりも豪華で広く、一人きりでは持て余してしまう程であった。個室と呼ぶにはあまりにもその名は相応しくない。

 差し込む月の光が優しく輝き、部屋を薄明るく照らしている。寝台から顔を捻り、窓から見える『朝の月』を確認して、アキは自分の状態に違和感を感じた。

 横になった姿勢のまま、動くことが出来ない。熱を帯びた何かが、アキを後ろからがっちりと覆っている。息苦しいのも、寝苦しいも、全てはその存在の所為であった。

「な、何?」

 恐る恐る振り向き、アキは仰天した。自分を覆っているその存在を確認して、思わず悲鳴を上げそうになった。

「リ、リリ、リゼル……!?」

 眼前には、驚くほど整った顔があった。瞼を閉じ、長い睫毛を惜しげもなく晒している。薄く開いた唇からは安らかな寝息が漏れていた。身動ぎすると、リゼルヴァーンの柔らかな髪が首筋に触れてアキをくすぐる。ぼっと火が点いたように身体が熱くなり、神経がそこに集中する。

 慌てて離れようとして、しかし覆う腕がアキの胴をしっかりと抱きしめており、思うように動けない。何とか下半身を動かそうとしたが、こちらも全く効き目がなかった。リゼルヴァーンの両足によって、胴体同様下半身も締め付けられている。アキは抱き枕よろしく、がっちりとリゼルヴァーンに抱きしめられていた。

「何で、こんな、ことに」

 沸騰寸前の頭で、アキは必死に経緯を思い出そうと思考を廻らせる。

 命令とはいえ、親切にも女中の一人が部屋まで持ってきてくれた温かなハーブティーに眠気を誘われ、昨夜は早くに就寝した。疲れが溜まっていたのも否めない。

 そして、確かに部屋には自分しか居なかった筈だとアキは考える。眠る前も誰も訪ねてこなかったし、鍵もきちんとかけておいた。もちろん、一人で就寝した記憶もある。それからあと、いつ、どうやってリゼルヴァーンが部屋にやって来たのか、アキには全く思い出せなかった。

 全身を覆うリゼルヴァーンの熱が、アキの体温と混ざり合う。どくりどくりと脈打つ心臓の音がどちらのものなのか、最早アキには分からなかった。

 不意に、首筋に生暖かい感触を得て、アキは身を竦めた。咄嗟に口を手で覆い悲鳴をかみ殺す。リゼルヴァーンの唇が首筋に触れ、まるでキスをされている様な感覚に肌が震えた。仄かに吐息が首にかかる。眠るリゼルヴァーンに悪意が無いと分かっているが、これはどう考えても羞恥以外の何物でもない。

 もう、これ以上は無理!

「リ、リゼル! 起きて、リゼル!」

 大声で名前を呼び、有りっ丈の力を使ってアキはリゼルヴァーンを引き剥がそうと身をよじる。それに反応を示すリゼルヴァーンがごそごそと身動いだ。

「ちょ、ちょっと! リゼル!」

 放すどころかますます抱きしめる力は強くなり、先ほどよりも近くにリゼルヴァーンを感じて背中から耳へと熱が身体を這い登る。恥ずかしくて恥ずかしくて、今までどうやって平常でいられたのか分からない。身体の熱は増える一方であった。

 城へ向かう途中、馬車が横転した際リゼルヴァーンが庇ってくれた時も抱きしめられたが、あれは庇われているという明確な根拠があった為、それほど恥じらいは生まれなかった。しかし、ベッドの中で抱き締められているいまのこの状態は別である。羞恥心が出ない方がおかしい。

 このままじゃ駄目だ。何とかしないと何とかしないと!

 小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、アキは唯一自由の利く右腕を捻り、リゼルヴァーンの顔へ移動させる。そして、思いきり力を込めて頬を抓った。

「いい加減に、起きてリゼル!」

「……ん……んん?」

 ようやく眠りから覚めた様子のリゼルヴァーンが短く唸り声を上げる。その後しばらく沈黙して「あれ?」と呟く声が聞こえた。

「おはよう、リゼル」

 思いのほか、自分でも分かる程それは棘のある口調だった。



 気付くと寝台の上で横になり、柔らなものを全身で抱いていた。目の前にあるのは黒く流れる髪と、その隙間から覗く白いうなじ、少し乱れた寝衣の襟元。柔らなものが身動ぎすると、さらりと零れる黒髪から甘い香りが漂った。心臓を鷲掴みされたような感覚が走り、一気に目が冴える。そして、この状況は一体何なのかを考えた。

「あれ?」

 ここは一体どこだ? そして、俺は何をしている? この目の前にいる人物は、まさか――

「おはよう、リゼル」

 柔らかなものから発せられた声は、紛れもなくアキであった。

「アアア、ア、ア……キ!?」

 動揺の余り舌が回らないリゼルヴァーンは、思い切りアキから飛び退いた。被っていたシーツを一緒に巻き込みながら、足をもたつかせて寝台から滑り落ちる。シーツをぐるぐるに巻きつけた状態のまま、リゼルヴァーンは寝台の上を仰ぎ見る。

 上体を起こし、身体を捻ってリゼルヴァーンを見つめるアキの顔は笑っている。笑っているが、僅かな眉間の皺と口角の歪みが、実は怒りに満ちているのだと分かる。

「ア、アキ、すまん! 断じて態とではない! と言うか、何故こんな状況になっているのかが分からんのだがっ」

 焦るリゼルヴァーンに、アキは一層怒りを増した口調で話す。

「私だって、何でリゼルがここに居るのか分からないわよ。息苦しくて、熱くて。あ、あんな、恥ずかしいこと、今までに無かった……っ!」

 見る見る歪みを増していく表情は、泣くのを堪えているようにさえ見えた。もしかして、自分は相当な酷い辱めを与えてしまったのだろうか。辿れども思い出せない記憶に愕然とし、リゼルヴァーンは肝を冷やす。

 どうやっていつここに来たのか、何をしたのか、全く思い出せない!

「アキ、すまない! 俺は」

「出ていって」

 リゼルヴァーンの言葉を遮るように、アキは小さく呟く。

「聞いてくれ、アキ! ちが」

「いいから出ていって!」

 叫ぶと同時に、アキは手元にある枕をリゼルヴァーン目がけて飛ばす。勢いのついた枕をまともに顔面にくらい、「ふげっ」と情けない声が出た。

 今は素直に退散しておいた方が良さそうだと考え、リゼルヴァーンは泣く泣く部屋を出る決意をした。肩を落とし、項垂れる。心の傷がかなり深く抉られた。

 部屋を出る間際そろりと後ろを振り向くと、アキは真っ赤な顔でリゼルヴァーンを睨みつけていた。



 扉を開けて直ぐ目の前に、何故かにっこり笑顔のロネットが待ち構えていた。その笑みに嫌な気配を感じ取る。

「おはようございます、リゼル様。夜はお楽しみだったみたいで」

「ロネット、違う! これには訳がある!」

「エルドで宿を決める時、アキちゃんと一緒に寝たいって言ってただけあって、流石リゼル様。行動力ある~!」

「そんな事言った覚えはないぞ!」

「で? で? どうだったんですか~?」

 ロネットの問いに、さっきまで腕の中に居たアキの柔らかな感触を思い出す。艶やかな黒髪に、甘い匂い。それらが鮮明に思い出され、リゼルヴァーンの身体が一気に燃え上がった。

「うわー、真っ赤」

 リゼルヴァーンを見つめ、面白そうに観察するロネットはにやにやと意地悪い笑みを浮かべている。この感じではラースやナジに言い触らしてしまうのではと察し、咄嗟に判断したリゼルヴァーンは赤い顔のまま、きっぱりとした口調で言い切った。

「何も無かった!」

 黙りこくってリゼルヴァーンを見つめていたロネットだったが、やがて猫の口のような笑みを作った。そしてたっぷりと間を置いてから口を開く。

「もうすぐ朝食が出来上がりますから、アキちゃんを呼んで食堂に来て下さい……ね?」

 楽しげに飛び跳ねながら去っていくロネットの背を見つめて、リゼルヴァーンはがっくりと四肢を床についた。

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