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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第七章 女王の望み
44/60

08

「もう一度、最初から」

 低く嗄れた声であるにも関わらず、ディルクの声はよく通る。広間に反響するディルクの厳かな教授の声とリゼルヴァーンの荒い息遣いに、自然と周囲は静かになった。とても気軽に会話を交わせる状況ではない。アキは隣に佇むロネットやナジ同様、リゼルヴァーンの訓練の様子を黙って見守っていた。

 方陣の上で術を何度も唱えるリゼルヴァーンの後姿を眺め、心がざわめくのを感じる。心臓がいつもより早く脈打っている。

 何だか、私まで緊張してるみたい。

 リゼルヴァーンはディルクが現われると身体を硬くさせていた。緊張しているのがありありと分かり、それは恐れから来るものだろうと察しがついた。リゼルヴァーンにとってディルクは師であると同時に、畏怖の対象でもあるのだ。そんなリゼルヴァーンと同調してしまうのは、アキ自身もディルクに対して苦手意識があるからだろうか。それとも、想いを寄せるリゼルヴァーンを心配するあまり感情が高ぶっているからだろうか。或いはその両方か。

「リゼル様、きつそうね」

 囁いたのはロネットであった。隣を見ると、ロネットと同じくナジも真剣な眼差しを二人に送っている。その呟きが切っかけとなり、ロネットに聞こえる程度の小声でアキは問いかけた。

「いつもあんな感じ?」

「そうね。上手く制御出来なくて、術が暴走するっていうのがリゼル様のいつもね」

「術が暴走?」

「余りにも力が強大すぎるから、術の加減が難し過ぎるらしいんだけどね」

 ――力が強大。その言葉に、心臓が跳ねる。

「……リゼルが術の訓練を受けてるのって、力が弱いからだとか扱いが下手だからとかじゃないの?」

「逆よ、逆。弱いんじゃなくて、強過ぎるの。魔王なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど、それでもやっぱり異常な程強力なのよ、リゼル様の魔力は」

 自分に強大な魔力が宿っていると聞かされた話が蘇り、アキは咄嗟に次の言葉が出てこず息を呑んだ。

「そこの三人、邪魔をするのであれば出て行け」

 唐突に突き刺さるように飛んできた言葉に、アキとロネットは同時に身震いした。ロネットの愛想笑いが辺りに響き、「何で俺まで」とナジの呟きが笑いに混じる。

 すみません、とアキが口を開こうとした瞬間、別の声によって代弁された。

「すみません、遅くなりました」

 微笑を浮かべ、こちらへやって来るラースはゆっくりとした足どりだ。相変わらず気配を消して現われるその様子に、詫びるような素振りは一切ない。

 ディルクはラースを一瞥し、更に眉根に皺を寄せるとリゼルヴァーンに向き直る。

「リゼルヴァーン様、先程の術は以前確認した際も、上手く始動しませんでしたね。何故ですか?」

「あ、ああ。そうだったか。上手い具合に調節がきかなくてな」

「そうですか。……ラース」

 ゆったりとした動作で振り向くディルクの視線は一直線にラースに向かっている。それを見据えるラースは、怯えや恐怖を感じるどころか、冷笑を浮かべディルクを見つめている。その態度は反抗的で、そして怒りを発しているように見えた。

「お前の指導は上手くいっていないようだな。いつまで経っても、向上する見込みが見えない」

「陛下は、リゼル様の長い期間での指導を、私に任せて下さっています。リゼル様の力は有り得ない程に強大なもの。そんな力を一朝一夕に操れる訳がないことは、老師も理解しているでしょう。何をそんなに焦っているのですか」

「……焦ってなどおらぬ。しかし、急がねばならないことは事実だ」

「分かっていますよ、そんな事ぐらい」

 再び険悪な空気が広間に漂い始める。静かな諍いが逆に恐ろしい。居た堪れない気持ちが沸々と湧き上がる。

 慌てて止めに入ったのはロネットが先であった。

「二人ともそんなにぴりぴりしなくても~! 折角アキちゃんだって見学してるんですから」

「そうっすよ。いい加減仲良くしましょうよ」

 ナジも援護に回り説得を試みるがしかし、互いの視線は逸らされることなく火花を散らしている。相変わらずなんすから、とナジがぼそりと呟いた次にはリゼルヴァーンが口を開いていた。

「すまん、ディルク。少し休憩していいか?」

 額に汗を流し、弱々しく笑うリゼルヴァーンに深い溜息を吐いてから、ディルクは「分かりました」とだけ言うと扉に足を向けた。

「頭を冷やして来ます」

 振り返らずに残したディルクの言葉に、アキ達は互いに顔を見合わせた。苦笑するリゼルヴァーンにアキもつられて笑う。ディルクが完全に広間を去ったのを確認してから、ロネットは大きく息を吐いた。がっくりと肩を落とす動作も忘れない。

「相っ変わらず嫌な空気を作ってくれるんだから、ラースと老師は」

「全くっすよ。被害を食うのはいつも周りの俺達っすからねー」

 疲れた様子を見せるロネットとナジを、ラースは笑顔で反論する。傍から見てもその様は怖い。

「この程度で何を言っているのですか。被害など、どこに出ていると言うのですか?」

「分かってないのは本人達だけってことよね、つまりは」

 呆れるロネットを尻目にラースは身近にあった椅子に腰を降ろす。そしてどこからともなく本を取り出すとぺらぺらと捲り始めた。その様子は至っていつものラースと変わらぬ物であったが、頁を捲る速度が早いのは気のせいだろうか。

 ラースの行動に、ロネットは呆れた目線を返した。

「この三日間、楽しいことになりそうねー」

 あはは、と乾いた笑いを浮かべるアキの隣で、リゼルヴァーンは沈黙したままであった。


◇  ◇  ◇


 響く感情の波、伝わる波動を感じ取り、暗闇に佇む彼の黄金の瞳が輝く。光も音もない空間に存在するのは彼一人きりであった。

 『言の葉』を送ってくる人物には心当たりがある。そうでなくても高度な魔力を所持している彼にしてみれば、相手が誰であるのかの断定は容易であった。意識せずとも、それが誰であるのかが直ぐに分かるのだ。

 相手の意思を感じ取り、彼は微笑んだ。口角が僅かに歪む。面白くて仕方なかった。

「早く会いたいな」

 これからの事を考えると無性に胸が高鳴る。再会を心待ちにしているのは彼女だって同じはずだと、彼は確信していた。惹かれ合うのは運命であり、必然だ。阻むことなど誰にも出来ない。

 早く会いたい。早く眺めたい。彼女が恐怖に竦み、震え上がる様をこの目に焼き付けたい。

 そして誰よりも、何よりも一番に――

「……会いたいよ、リゼル」

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