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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第七章 女王の望み
43/60

07

 前を行くディルクは、あれから一言も声を発することなく歩廊を突き進んでいる。後ろを歩くアキも、同じく黙り込んだままであった。

 声をかけることを躊躇ってしまうのは、ディルクが漂わせる空気にひりつくような鋭い棘があるからだ。厳格な口調と威厳ある態度を見た後で、アキの躊躇は更に増していた。気軽に声をかけられるほどの勇気も器量もない。

 俯き、歩に合わせて石畳が流れていく様を見つめながら、アキは先程のミゼリアの言葉を思い出していた。

 城で匿うこと。悪魔になること。王后になること。

 どれもが実感が湧かず、そして俄かには信じられないようなものばかりであった。答えを出すことなど出来るのだろうか。

 アキには不安以上の恐怖もあった。このまま流れに任せ、城で匿われ悪魔となってしまうのか。王后となり、魔界を統べる者の一族となってしまうのか。

 考えれば考えるほどに気が重く、苦しい。この長い回廊のように、アキの心もまた、出口の見えない暗い道がどこまでも続いているようであった。

 思わず深い溜息が漏れる。はっと気付き口を押さえ、そろりと前を窺う。しかし、ディルクは振り向く様子さえ見せず、灰色の長髪を歩調に合わせて揺らしていた。思わずほっとしてしまうのは意気地がないからだろうか。

「アキ殿」

 唐突に、低く嗄れた声が響いた。自分の名を呼ばれたことに驚き、アキはぴたりと足を止める。

「は、はい。何でしょうか」

「尋ねたいことがあります」

 足を止め振り向くディルクは、変わらず深い皺を眉間に刻み込んでいた。睨む瞳は長年の貫禄を感じさせる鋭さを含みアキを見つめる。緊張に固まるアキを気に留める様子もなく、ディルクは口を開いた。

「リゼルヴァーン様は屋敷でもあのような調子ですか? ……いえ、答えを訊くまでもなかったこと」

 早々に自己完結するディルクはアキの答えも待たずに身を翻して歩き出す。あまりの素早い動きにアキも慌てて後を追う。ディルクはやはり口を開かず、ただひたすら歩廊を歩くのみだ。

 何だろう。もしかして、リゼルの心配してるのかな。

 それはただの予想に過ぎなかったが、そうであれば良いと思ってしまうのは勝手だろうかと、先を行くディルクの背を見つめアキは思った。

「貴女は」

 今度は振り返らず、足を止めずに話しかけられる。嗄れた声の中に、強い響きが混ざっていた。

「貴女の意思を、はっきりと決めて頂きたい。どう決断を下すのか、貴女自身で導き出して頂きたい。中途半端な気持ちで、答えは出してほしくはないのです」

 ディルクの話はもっともだ。どっちつかずの気持ちで王后になるわけにはいかない。そんな気持ちで務まるほど優しいものでないことぐらい、人間のアキにだって分かる。ディルクとしても、半端な気持ちで魔王の一族になられでもしたらと思うと気が気ではないだろう。

 悪魔になるということは。王后になるということは。それがどういう結果をもたらすことになるのか。

「よく、考えます。すごく、すごく悩むと思いますけど。それでも、ちゃんと答えを出したいです。私自身の答えを」

 ぴたりと足を止め、ディルクはアキに振り向く。見上げると鋭い眼差しに刺された。

「当たり前です。そしてこれは、貴女だけの問題ではないということを、ゆめゆめお忘れなきよう」

「……はい」

 噛み締めるように深く返事をする。自分だけの問題ではないことを指摘され、アキは羞恥を覚えた。理解していないはずはなかったが、そこまで思考が追いついていなかったことが恥ずかしい。自分の身の問題だけで手一杯になってしまった、というのはただの言い訳に過ぎない。

「ちゃんと、考えます」

「それならよろしいのですが」

 それ以上は何も語らず、ディルクは背筋を伸ばして進んでいく。

 ――貴女だけの問題ではない。

 その言葉を心中で反芻しながら、アキは後を追った。


◇  ◇  ◇


 屋敷の地下とは違い、埃やかび臭い匂いは一切ない。明り取りも存在しないその部屋は城の一郭に造られた、リゼルヴァーンが魔術の訓練を行う広間であった。

 床に広がる方陣は転送や召喚用のものではなく、結界用のものである。外に影響を与えない為に、術の威力を調整する為のものであった。方陣は描かれているのではなく、直接石畳に刻まれており、決して消えることはない。彫刻された方陣は長い年月を過ごしているにも関わらず、その美しい線を崩すことなく保っていた。それも、魔界でも最高の術師と謳われるディルクによって造られたものであるからだろう。

 広間の中央に佇むリゼルヴァーンは方陣の上で腕を組み、思案する。

 一体、母上はアキにどんな話をしているのだ。何故、俺抜きで話しをする。何か悪いことだろうか。いや、母上の様子を見る限り、別段悪い話という訳ではなさそうだったが、しかし……

「……リゼル様、いつまであの姿勢で居るつもりなんすかね。ここに到着してから随分経ちますけど、ずっとアレっすよ」

「男の中の男は、ああやって精神を集中させて事に当たるのよ。見てみなさい、あの横顔。やる気に満ち溢れすぎて、逆に憂いを帯びているでしょう?」

「はあ。そういうもんなんすか?」

「そういうものなのよ。悩みに悩んで、悶々としているのが丸見えじゃないの。一体何の話をしているのだ? 気になって気になって仕方がないぞ! って表情でしょ?」

「さっき、やる気に満ち溢れてーとか、言ってなかったっすか」

 少し離れた位置から聞こえる楽しげな会話がリゼルヴァーンの耳に届く。態と聞こえるように話していると感じるのは気のせいだろうか。

「そこ、聞こえているぞ」

 声のする方向に視線を動かす。睨むように見つめた先には、ロネットとナジが並んでリゼルヴァーンを窺っていた。身振り手振りを加えて話していたのか、ロネットは大きく腕を振りかぶっている。

「あら、リゼル様。盗み聞きだなんて最低ですね」

「態と聞こえるように話していたのはそっちだろう! ……まぁ、いい。それより、ロネット」

 いつものからかいをさっとかわす。その様子を察してか、ロネットも佇まいを直してリゼルヴァーンを見つめる。

「母上は、アキに何を話しているのだ? 何か知っているのだろう?」

「いいえ、何も。私も何の話をするのかは聞いていません」

「本当か?」

 思わず疑ってしまうのはいつものからかいの所為もあるが、それ以上にロネットが何か隠しているのではないかという予感もあったからだ。ミゼリアの信頼を得るロネットは何か情報を持っているのではないか。それが、疑う理由になっていた。

「そんなに疑わないで下さいよ。私だって、何を話してるのか気になってるんですよ?」

「本当に知らないのか?」

「そのような話に現を抜かすとは、さぞ自信があるのでしょうな、リゼルヴァーン様」

 突如として、背後から低く枯れた声とともに鋭利な気配が漂う。全身をびくっと震えさせてから、リゼルヴァーンはゆっくりと振り返った。

 堂々と佇むディルクは睨みを利かせ、老人とは思えぬほどの背筋の良さを披露している。その隣に佇むアキは、硬い笑顔を向けてリゼルヴァーンを見つめていた。

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