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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第七章 女王の望み
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06

 アキとディルクが去ったのを確認すると、ラースは玉座の前に歩み出た。未だ扉を見つめるミゼリアに、ラースは問いかける。

「陛下、先程の話は真ですか」

 アキを城で匿うという話。この話自体は驚くことでも何でもない。それはラース自身分かりきったことであった。アキに恐ろしいほどの魔力が宿っていることも確信していたし、それを利用することさえ考え、信書を通してミゼリアには意見を伝えてあった。

 しかし、アキを悪魔に、王后に据えるという話は初めて耳にした。俄かには信じがたい話に、ラースの口調は険しくなる。

 ディルクは既に知っていたのだろうか。自分よりも先にその事実を知っていたのではと思うと、ラースは憤りを隠せない。常に側にいることが叶わぬ状況である以上、仕方がないと言えば仕方がないが、それでも一番に意見が欲しいと、頼って欲しいと思うのはやはりただの我が儘なのだろうか。

 見つめる視線をラースに移して、ミゼリアは柔和に微笑んだ。

「ええ、本当よ。ラースまで、私が嘘を言っていると思っているのかしら」

「……いえ。陛下は昔から嘘が苦手でしたから、真実であることに間違いないでしょう」

「あら。私だって、嘘がばれない時だってあるのよ」

 不本意なのか唇を尖らせてみせるミゼリアに、くっと笑いが込み上げる。いつまで経っても少女のようなあどけなさは変わらない。ミゼリアに惹かれる要因の内に、それは大いに含まれている。

「それにしても、彼女。とても似ているわね……いえ、同じ、なのよね」

「ええ、同じと断言してよいでしょう」

 頷くラースに、ミゼリアは緋色の瞳を傾け、僅かな戸惑いを見せた。

 無理もない。最初に驚いたのはラースとて同じであった。

 彼女――アキは、リゼルヴァーンと同一の魔力、波動を持っていた。力の弱い者は気付くことさえ出来ず、また魔力の強い者であっても意識していなければ気付くことは難しいだろう。それほどアキの力は微力であったが、常にリゼルヴァーンの魔力を感じ取り、認識しているラースはその事実に気付くことが出来た。確信が持てたのは幾日か過ぎた後ではあったが。

 悪魔はそれぞれ、個々の力を持っている。内から出る波動は、唯一として同じではない。例を挙げるとすれば、相手の断定は難しいが波動や感情の波を使って相手に意思を伝達する『言の葉』の術は、実に良い一例になる。扱う魔術は共通でも、流れる魔力には差異があるのだ。

 ただ、例外はあった。それは魔王の血筋だ。同一とまではいかずとも、魔王となる血筋には同じ魔力が流れている。それ故リゼルヴァーンには、父であり前王のギルヴァーンと同等の魔力が流れている。

 黒髪に漆黒の瞳のアキが、リゼルヴァーンと同じ力を持つという事実。それは紛れもなく“特別”である証拠でもあった。一族は皆、黒髪を持つ。言い換えれば魔王の血筋以外、黒髪を持つことは許されず、有り得ないことなのであった。

 エルドで黒装束を身に纏うのはリゼルヴァーンの白髪を隠す為と、アキの人間独特の匂いを消す為だと説明した。説明せず隠したもう一つの理由があった。アキの黒髪である。“白は異端”が魔界での常識であるのと同じく、“黒髪は魔王の血筋である”ことも魔界では当然の道理であった。たとえアキが人間界から召喚されたただの人間であっても、事情を知らぬ者から見ればアキは王族であると認識されるだろう。ましてや漆黒の瞳ともなれば尚更だ。

 そんな彼女がリゼルヴァーンと同じ魔力、波長を持つというのだからことは重大であった。ただの人間であるはずのアキは、強大な魔力を所持し、リゼルヴァーンと同一の波動を持つ。その存在は謎であり、未知数であり、そして恐怖でもあった。

「ラースはあの子のこと……アキさんのこと、どう見る?」

 からかいがいのある娘だとは思うが、ミゼリアが訊きたいことはそんなことではないだろう。

 そうですね、と挟んでからラースは答えた。

「流石人間と言うべきか、弱くて、脆い。そして恐ろしいまでのあの純粋さは、苛立ちを覚えるほどです。私個人としては、彼女を悪魔にするのは反対です」

 それは王后に据えるという意見自体も反対することに変わりない。しかし。

「それでも。陛下が決断されたならば、私はそれに従うまでです」

 家臣として敬う気持ちに嘘は無いが、それ以上に湧き上がる、ミゼリアに対する情愛があるのは隠しきれない。ミゼリアと共に同じ道を歩くのは、ラースにとって当たり前のことである。従って反対したとしても、否定するという選択肢はラースにとって皆無であった。それが、ミゼリアに対するラースの信念であるのだ。

「ありがとう、ラース」

 安心しきった笑顔のミゼリアにラースは会釈を返すことで、満たされぬ胸中を悟られぬよう仕舞いこんだ。

「あ、それと」

「リゼル様のことですね」

 ミゼリアは言い当てられたことに驚いたのか僅かに目を瞠ると、「ラースにはお見通しね」と柔らかく苦笑する。

「……何故、あの子が召喚したものはアキさんだったのかしら」

 ミゼリアの問いに、ラースは片方の眉を器用に上げる。アキが召喚された経緯は信書で伝達済みであった。

「リゼル様の召喚術の失敗だと思いますが」

 信書にはそう記した。しかし、ミゼリアは美しく整う眉を眉間に寄せ、手を顎に寄せ思案する。

「確かに、でたらめなものを召喚する子ではあるけれど」

 数秒間の沈黙の後、ミゼリアは渋い口調でラースに問う。

「あの子の術はまだ……」

「心配には及びません……と、言いたいところですが」

「やはり難しいのね」

 音調が途端低くなる。ミゼリアの苦悩が胸に痛い。

「昔より随分ましになりましたが、それでもまだ油断は出来ないかと」

 そう、と呟いてミゼリアはまた黙り込んでしまった。伏せる瞼に合わせて睫毛の影が落ちる。落ち込む姿さえ、見惚れるほどに美しい。

 こんな時、ギルヴァーンなら何と声をかけるだろう。暗闇に陰る表情を、どうやって笑顔に変えるだろう。ミゼリアをいつも幸福感溢れる表情に変えていたギルヴァーンを思い出し、そして自嘲する。

 ――囚われすぎだ。

「分かりました、下がってよろしい。ラースも向かってちょうだい」

「畏まりました」

 結局、声をかけることすら出来ない。何て小さくて、滑稽で、愚かで――不様なんだ。

 ゆっくり一礼し、身を翻す。ラースはミゼリアを残し、一人謁見の間を後にした。



 王座に座するミゼリアは柳眉を顰め、黙する。

 リゼルヴァーンに対する心配事は尽きず、常にミゼリアに纏い続ける。それは鎖のようにミゼリアを絡めて離さない。しかし鎖がどれ程の重さだろうと、どれ程頑丈であろうと、屈する訳にはいかない。折れてしまう訳にはいかない。それはギルヴァーンとの盟約でもあるのだから。

「その為にも」

 やはり、彼女――アキは必要になるだろうと考える。対面して確信した。あれほど同一であることが恐ろしく、そして同時に歓喜にも似た感情を抱く。

 畏怖と恐怖の中に存在する絶対的な憧憬。慄くほど優美な、妖しいまでに残酷な優しさ。それらが心に流れ込んでくるのを、切々と感じとる。それは希望を、絶望を、アキの“中”に見出しているからだろうか。

「等しい存在、ね……」

 呟く声は誰にも届かず、宙へと上り、消えた。

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