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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第七章 女王の望み
41/60

05

「納得がいかないようね」

 表情の険しくなるアキを、ミゼリアは崩さぬ笑みを湛えたまま見つめる。

 分からない。納得がいかない。引き下がれない。アキの中で渦巻く不安は激しさを増していく。

「理由を教えて下さい」

 いつもより強くなる口調を、もう止められなかった。

「理由なら、先程伝えたと思うのだけれど」

「もっと他に……何か別の理由があるはずです」

 アキの問いに、ミゼリアはすっと目を細めた。

 何か隠していることがあるのではないか。ミゼリアの探るような目、隣に佇む老人の恐ろしいまでの眼光。その様子は、何か意味があるのではないか、という考えに至らしめる要因であった。それでなくとも雰囲気が、流れる空気が、量るような気配を見せている。

 全てを話してほしい。匿う理由の、本当の訳を。包み隠さず教えてほしい。

 しばらく誰も口を利かず、沈黙だけが流れた。互いに見つめ合うアキとミゼリアであったが、先に目を逸らしたのはミゼリアが先であった。くすくすと可愛らしく笑ったあと、柔和な眼差しをアキに向ける。そこにはもう、先程の探るような色はどこにもなかった。

「見抜かれていたようね。確かにこんなことを言われては、疑ってしまうのも当然よね」

 楽しげに笑った後、ミゼリアは声の調子を低めてゆっくりと喋る。

「私は、貴女には遠い将来、后としてこの魔界に君臨して欲しいのよ。言い換えるなら、リゼルヴァーンのお嫁さんになってほしい、ってところかしら」

 数秒の沈黙の間、アキは目を瞬かせ、ミゼリアはそれを面白そうに見つめていた。

「……っ!? お、お嫁、さん!?」

 今日一番の大声を上げるアキに、ミゼリアは愉快そうに笑った。老人は眉間の縦皺を増やし、目を細め睨んでいる。後ろからはラースの溜息が聞こえた。

 真っ赤になるアキに、ミゼリアは揚々と口を開く。

「もしかして、リゼルヴァーンへの好意を否定されるとでも思ったのかしら? その逆よ、寧ろ私は貴女を歓迎しているのよ」

 口を開いたまま、声を出すことを忘れているアキに、ミゼリアは淡々と語った。

「だから、貴女には悪魔になってもらいたいの」

「……私が、悪魔に……?」

 どくりどくりと脈打つ心臓が痛いほどにアキを震わせる。喉の渇きに、声がかすれた。

「貴女の内に秘める力は強大だけれど、所詮は人間。貴女は悪魔にならなければ、リゼルヴァーンとは共に居られない……わかるでしょう?」

 人間と悪魔では寿命の長さがかけ離れ過ぎている。あまりにも長い年月を生きる彼等にとって、“死”という概念は希薄だ。

 しかし人間は違う。人間であるアキには、悪魔である彼等より死は身近なものだ。たった十七年しか生きていないが、何事もなければ早くて五十年後、遅くても七十年後先には死が待ち構えている。リゼルヴァーンと共に生きることが出来たとしても、先に逝ってしまう運命からはどうやっても逃れられない。

 解ったいたはずなのにいざ言葉に、口に出されて、アキは動揺した。人間と悪魔は、同じではない。姿形が似ているだけの、全く別の生物であるのだと、改めて思い知らされる。

「リゼルヴァーンと共に居たいのなら、悪魔となって力をつけるのが一番良い方法なのよ。その為にも、貴女は城で匿わなければならない。召喚された異界の少女が后になると知れたら、大騒ぎになってしまうもの」

 楽しげな笑みを崩さぬミゼリアに、アキは呆然とする。問いたいことが山ほどあるのに、どこから手を付けていいのか分からない。この話が冗談でないということが理解出来ただけでも、救いといえば救いかもしれない。

 ――この城で住む。もとい、城で匿う――

 どんな理由を、どんな考えを述べられても、アキの答えは変わらない。

 ――変わらないはずであったが、胸には小さく揺れる思いがあった。リゼルヴァーンと共に長い時を過ごせたなら、どんなに幸せだろう。どんなに嬉しいだろう。そんな気持ちが、或いは願いが、アキの心を揺さぶる。そしてミゼリアが、アキのリゼルヴァーンへの気持ちを知り、そして受け入れ歓迎していることも、揺れる原因の一つになっていた。

「私は……」

 未だかすれた声でアキは呟く。

 どうすればいいのか。どういう答えを出せばいいのか。アキは自分の中で渦巻く感情を整理出来ず、暗澹とした気持ちを抱いた。答えを出すには、まだ早すぎる。

「今直ぐ答えろ、という訳ではないから安心してちょうだい」

 察したように語るミゼリアは、アキに温和な笑顔を向ける。それにほっとしたが、猶予は長くはないだろう。今回城に留まる予定は三日間である。その間に答えを出さなければならない。何の返事もなく、黙って屋敷に帰してくれるはずがないことは嫌でも分かることだ。

 だけど、屋敷に帰ることなんて、出来るのかな。もしかしたら、このまま……

 屋敷に帰ることも叶わず、そのまま城に滞在することになるかもしれない。考える猶予を与えてくれたといっても、それはアキの気持ちの整理がつくのを待っているだけであるような気がした。アキの返事がノーであっても、認められるとは思えない。何故なら、これは女王の命令であるからだ。魔界を統べる女王の命に、簡単に逆らえるはずはない。

 アキはなんの力も持たない、ただの人間であるのだから。

 全てを突っぱねて屋敷に帰りたいと思う気持ちと、このまま城で匿われ悪魔になってしまってもいいのではと思う気持ちが交錯し、アキの思考を奪い去る。冷静に判断するには、やはりまだ時間がかかると、アキは痛む頭を押さえた。

「アキさん、ゆっくり考えて。そして、よく考えてちょうだい」

 頷くアキに、ミゼリアは更に付け加える。

「アキさん、そしてラース。このことは他言無用でお願いしますね」

 やや間を置いてから「分かりました」とラースの返答が聞こえた。

 他言が無用の理由は先程言っていた、大騒ぎになるという理由からだろうか。最早思考が追いつかないアキは問うことさえ儘ならない。遅れて「はい」と答えるアキを確認すると、ミゼリアはぱんと手を打った。

「とりあえず、話はお仕舞いです。アキさん、到着早々ごめんなさいね。疲れさせてしまって」

 ミゼリアに「いえ」と言いつつ首を振るが、驚き悩み、疲労したのは紛れもない事実であった。

「ディルク」

 ミゼリアが、隣の厳格な老人に声をかける。ディルクと呼ばれた老人は、一歩前へ歩み出た。

「アキさんをリゼルヴァーンのもとへ連れて行ってあげて。見学したいでしょうし。私はあとで」

「畏まりました、陛下。……アキ殿、こちらへ」

 そう言って促すディルクの後ろに続く。玉座を背に、黒い絨毯をゆっくりと踏みしめる。

 扉から出る間際ふと後ろを振り返ると、遠い玉座に座るミゼリアの緋色の瞳は、真っ直ぐアキを見つめていた。

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