04
背中を丸め子供のように落ち込むリゼルヴァーンを一瞥すると、少女は態と咳き込んでみせた。
「まあ、嫁にはなれないけど」
もったいぶった言い方に、ラースが眉間に皺を寄せる。
「何ですか?」
「私、魔界に残る!」
次に頭を抱えたのはラースだった。
「ほ、本当か!? それじゃあ、この屋敷に住め! 部屋は沢山あるから気にすることはないぞ!」
さっきとは打って変わって嬉しそうに笑顔を見せ答えるリゼルヴァーンに、ラースは鋭い視線を投げつける。そのあまりの鋭さにゼルヴァーンはびくりと肩を震わせ怯むと、少女を盾にするように素早く後ろに回り込んだ。長身の為、少女の身体から随分はみ出ていたが、それを気にする様子もなくリゼルヴァーンは背を低め、少女にしがみ付く。
「ちょ、ちょっと!」
驚き声を上げる少女を気にも止めず、リゼルヴァーンはしがみ付くことを止めようとはしない。
「ラースだって本当は気付いているだろう!? この女は“特別”かもしれないと!」
「…………」
「黒髪に、黒目なんだ。絶対に“特別”だ!」
後ろから聞こえるリゼルヴァーンの声に、目の前のラースの深刻な表情。
“特別”とは一体どういうことなのだろう。少女には分からなかった。自分が特別だと思ったことも無かったからだ。
やがて、ラースは呆れたように小さく溜息を吐くと、螺旋階段へ向かって歩きだした。
「ラ、ラース?」
無言のラースに、リゼルヴァーンは恐る恐る声をかける。
「早くして下さい。いつまでここに居るつもりですか」
さっきまでの深刻な表情はどこへやら、冷たい目線と口調を投げかけるさまは、元に戻ったようだった。
ラースは一言残しただけで、そのまま螺旋階段を上っていってしまった。
◇ ◇ ◇
「やっぱり素直じゃないな」
姿が見えなくなってから、リゼルヴァーンはおかしそうに笑った。
「ねえ、結局私は残っても大丈夫なの?」
振り返り見上げながら問う少女に、後ろに立つリゼルヴァーンは少年のような笑顔を見せた。
「ああ、大丈夫だ。ラースも認めてくれたからな」
「あれで認めてたんだ」
分かりにくい反応と言葉であったが、親しい間柄であろうリゼルヴァーンにはそれが分かったのかもしれない。
それにしても――
「貴方と一緒にこの屋敷で暮らすのは、ちょっと嫌だけど」
「え!? や、やっぱり嫌なのか!?」
大袈裟に驚き、悲しそうな表情を浮かべるリゼルヴァーンに、何だかおかしくなって少女は小さく笑顔を見せた。
「他に行く当てもないし、貴方の屋敷でお世話になるわ」
少女の言葉に、リゼルヴァーンは安堵の溜息を吐くと、嬉しそうに笑った。
本当に、大きな子供みたい。少女は自分より遥かに大きな男に、動物や幼い子供を相手にした時に宿る母性本能のようなものを感じていた。物言いは偉そうなのに内面は気が弱そうなので、ちくはぐな印象を受ける。どこか放っておけない雰囲気を纏う彼に、少しだけ気を許したのかもしれない。
「そう言えば女。名をまだ聞いていなかったな。俺はもう名乗ったから、聞いても大丈夫、だよな?」
怖々と問う男の様子がおかしくて、少女は苦笑する。
「そうだったわね。古川亜季よ。アキでいいわ」
「アキか。良い名だな」
笑顔で話すリゼルヴァーンは改めて向き直ると、右手を胸に当て、もう片方の左手でマントを翻した。その様はさながら王宮貴族の紳士のようで見惚れてしまう。少しだけ彼を見直した。
「ようこそ、魔界へ!」
“亜季”が“アキ”へと変わった瞬間だった。