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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第六章 初めての外界、新たなる出会い
35/60

06

「リゼル様!」

 不意に響く声に振り返る。人ごみの中、必死の形相で駆けつけるのはロネットで、後ろにはラースの姿も見えた。傍に駆け寄り安堵の溜息を吐くロネットとは対象的に、ラースは険しい表情を湛えていた。

「良かった、どこに行ったかと思いましたよ」

 ほっと笑顔を見せるロネットを押し退け、ラースがリゼルヴァーンの目の前に立つ。眉間の皺は一層深く刻まれていた。

「彼女は?」

 ラースの言葉でようやく気付いたのか、ロネットは辺りを見回す。

「あれ、ホントだ。アキちゃんは?」

「……逸れた」

 リゼルヴァーンの返答にロネットは目を瞠る。動揺で震えるのは声だけでなく、両の拳も同じであった。

「俺の所為だ……!」

 嫌な胸騒ぎがする。不安が常にリゼルヴァーンに纏い続け放さない。最悪な状況ばかりが頭に浮かび、その度に後悔が重しのようにずっしりと圧し掛かる。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。絶対に、失いたくない。

 二人が何か口にしているようだったが、最早リゼルヴァーンの耳には届いていなかった。

 早く見つけださないと。それだけが、頭に響いていた。

 こんな所で止まっている場合ではない。早く、早く見つけないと。

 リゼルヴァーンは踵を返すと、人ごみの中へと再び入り込んだ。

「アキ!」

 声を上げながら進むリゼルヴァーンには、二人の制止の声も届いてはいなかった。



 人ごみへと消えていくリゼルヴァーンを睨みつけ、ラースは怒りを露にした。

「まったく、あのお方は」

「ちょっと、どうするの!? リゼル様行っちゃったわよ!?」

 戸惑う様子を見せるロネットは、追いかけようと今にも足を踏み出そうとしている。その腕を掴んで、ラースはロネットを押し止めた。

「こうなったら、術で二人を捜しだす」

「……そうね、それが一番かも」

 言って直ぐ、ロネットは詠唱を始める。

 それを横で確認しながら、ラースは心中で舌打ちした。

 迂闊だった。もう少し様子を見るべきだったか。

 普段なら、逸れてしまったとしても気配を探ることで見つけ出すことは容易だ。しかし、この人の多さがそれを若干鈍くさせている。それに――

 “逸れてしまった”のではない。“逸れさせられた”のだ。

 一体誰が? 何の目的があって?

 恐らく、強大な魔力の持ち主によって、知らず知らずのうちに術中に嵌められていた。アキやリゼルヴァーンはともかく、ロネットも、ラースですら気付かぬうちに。

 多分、術を仕掛けた人物は高みの見物をしているに違いない。しかも、“森を移動していた時から”ずっと。僅かな違和感は気のせいではなかったのだ。

 高を括っていたわけではなかったが、余りにも小さな変化だった為、取るに足らないものであろうと決め付けていた。それが誤算だったのだ。

 やってくれる。この俺を出し抜くとは、相当の手練とみた。しかし、

「簡単に撒けると思うな」

 静かに呟くと、ラースも呪文を唱え始めた。


◇  ◇  ◇


 隣を歩く青年は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。アキの右手もしっかりと握ったままである。

 窺うように見上げると、その度ににっこりと笑みを返される。その邪気のない笑顔を見ると、アキもまた笑顔を返すしかなかった。青年とは違い、困り果てた笑顔ではあったが。

「どこにいるんだろうね、キミの仲間は」

 ゆったりとした口調は急ぐ様子も、慌てる様子も無い。本当に捜すつもりはあるのだろうかと、勘ぐってしまうのは否めない。自分自身に起こった事態ではないのだから、アキと温度差が出るのは分かる。

 しかし、アキにとっては大問題だ。一刻も早く三人を見つけ出したいと、胸中には不安と焦りが渦巻いている。

 そんなアキを理解しているのかいないのか、口調と同じく足どりものんびりしたものであった。

「あの……何か根拠があって、こっちへ歩いているんですか?」

 手を引かれるアキに、選択肢はない。一方的に連れて歩くのだから理由くらいあると思った。そうでなければ黙って引かれる意味もなくなってしまう。

 尋ねるアキに、青年は平然と答えた。

「根拠? 無いよ」

「なっ……!?」

 絶句するアキに、青年は笑って返す。

 やっぱり私をからかっているだけなの? 当ても無く、ただ彷徨っているだけなの?

 怪訝な表情を浮かべるアキに、それでも青年は軽やかに口を開く。

「大丈夫大丈夫。すぐに見つかるから」

 確証など何も無い言葉に呆れつつ、それでも手を振り払うことが出来ない。どうせ当てもないのだ。この青年に引かれるのも一つの手であろうと考える。

 独りきりでないことに、少しだけ安心感が生まれているのも確かだった。その思いも、手を離すことが出来ない理由に含まれているのだと感じた。

 ふと、空を見上げる。夜の月が丸い顔を覗かせ、いつもと同じく白い光を放っていた。それを見ると、どうしても考えてしまう。

 三人は何処に居るんだろう。私を捜しているかな。ロネットは慌ててるかも。ラースは怒ってるよね。リゼルは……心配してるかな。

 見下ろす月と会話が出来れば。そうすればリゼルヴァーンの居場所が分かるのに。

 そんなメルヘンチックな考えに至ってしまうのは、まだ心に余裕があるからだろうか。それも、隣に彼がいるからなのかもしれないと、端麗な横顔を見上げながらぼんやりと思った。

「あれ?」

 ふと気付くと、アキたちは雑踏から抜け出していた。あんなに大勢いた人々や、建ち並んでいた商店も消え去っている。

 肌寒く感じてしまうのは、ここに人がいないからだろうか。並ぶ家屋に明かりはない。静まり返った通路には、そびえる建物が影を作り、辺りを一層闇にしていた。

「あの、ここは路地裏じゃ……」

 こんな場所に三人が居るとは思えない。現にここにはアキと青年しかいない。

 尋ねるアキに青年は答えない。繋いだ手は離さぬまま、路地を突き進んでいく。

 本当にこんな場所に居るの? 捜すって言っていたのは嘘だったの?

 先程から僅かに感じていた不安が、どんどん募っていく。一度不審に思ってしまったら、それを覆すのは困難だ。前を行く青年の背を見つめ、思いを廻らせる。

 何で私はまだ手を離そうとしないんだろう。明らかに怪しいって分かっているのに、それでも。それでも離すことを躊躇ってしまうのは、何故なの?

 ――と、突然アキの思考は遮られた。肩を押されたと思ったら、壁にいきなり押し付けられ、身動きがとれなくなる。

 突然何……!? 何でこんなことに!?

 アキの表情で察したのか、青年が口を開いた。

「心配しなくても、大丈夫だよ」

 青年の穏やかな笑みが、影の中で仄白く浮かんでいた。

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