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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第六章 初めての外界、新たなる出会い
34/60

05

 気付くと、リゼルヴァーンは表通りの真ん中で一人きりになっていた。

 アキの姿が見当たらない。左右前後、隈なく見渡すがそれらしい人物を発見できない。人ごみの中でも長身である為、見通すことは簡単であったが、肝心のアキが何処にもいない。

 そのことが、リゼルヴァーンの心を重くした。不安が一気に駆け抜け、じわりと流れる汗が頬を伝う。

「アキ……!」

 何をやっているんだ、自分は。どうして一人にした。あれ程、心配だと口にしておきながら何て態だ。

 後悔しても何も変わらないと知りつつも、それでも後悔せずにはいられない。遅すぎた気付きが、段々と怒りに変わっていく。

 噛む唇から、鉄の味がした。痛い、とは思わない。それ以上の怒りが、リゼルヴァーンの中で沸き起こる。

 いつだって遅すぎる。だから、大切なものを守ることさえ出来ない。何も変わっていない。あの時から、ずっと。同じ二の舞は御免だ。通り過ぎていく事態に気付かず、後で悔やむのはもう沢山だ。

 握る拳が痺れていたことにも気付かず、リゼルヴァーンは一心不乱に人ごみの中へ分け入った。


◇  ◇  ◇


 ――違った。

 リゼルじゃなかった。掌の感覚は、似ていたのに。

 触れられたのは一瞬であったが、確信があった。この手はリゼルヴァーンであると。いつか手を繋いだ時に感じた温かさや、肩に触れられた時に感じた柔らかさが同じの、優しい掌であった。

 だから余計に驚いてしまったのかもしれない。

「もしかして、がっかりさせてしまったかな」

 目の前の青年は優しげな口調と表情で、アキを気に掛けているのが分かった。

 そこでやっと、自分が無礼な態度をとっていたことに気がついた。まだ一言も礼を口にしていない。

「ごめんなさい! 人違いでした!」

 頭を下げるアキに、青年は「大丈夫だから顔を上げて」と優しく囁く。見つめるとまたにこりと微笑んだ。

「誰か探しているの? さっきからきょろきょろしていたけれど」

 それで肩を叩いたのか。もしかしたら心配してくれているのかもしれない。

 そう思ってしまうのは、彼が纏う雰囲気が、穏やかで柔らかいものだからだろうか。

「仲間と逸れてしまって」

「そうじゃないかと思たよ。キミ、必死だったからね」

 くすりと笑う青年に不快感は起きない。嫌みのない笑い方は、好感が持てた。

「俺も一緒に捜してあげようか?」

 思ってもみない申し出に、アキは一瞬たじろいだ。

 本当に信頼できる人物だろうか。確かに、彼からは人柄の良さが窺えた。三人を捜す最中に声をかけてくれたのも、彼だけであった。

 ふっと、思わず青年を見つめた。錆色のローブをポンチョのように着こなす様は決して派手ではないのに、何処か目を引きつける。覆う衣服の上からでも、すらりとした身体つきであることが窺えた。

 それに、とても整った顔立ちをしている。下がり気味の目元に、長い睫毛、鼻筋の通った容貌は美形と呼ばれる部類に確実に入るだろう。リゼルヴァーンに負けず劣らずの端麗な顔立ちであった。

 青年は風に揺らめく髪を押さえながら穏やかに微笑むと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「駄目かな?」

 少し悲しむように眉尻を下げる笑顔に、慌てて首を振る。それを見て、青年は嬉しそうに目を細めた。

「良かった、断られずにすんで」

「あの……何で一緒に、捜してくれるんですか?」

 さっき初めて出会った相手にここまで尽くすのは何故なのか。アキにはそれを推測することが出来ない。

 単なる出来心? それとも、何か企んでいるの?

 屋敷を出発する時にラースやロネット、それにリゼルヴァーンから口を酸っぱくして言われたことを思い出した。

 悪魔に声をかけられても返事をしたり、ましてついて行ったりしてはいけない。

 そんな小さい子に言い聞かせるようなことはしないし、大丈夫。自分には関係ない。

 そう思っていた。思っていただけに、その言葉を早くも裏切ってしまっていることに、少し罪悪感を抱いた。

「んー……何でだと思う?」

 質問を質問で返すのは卑怯だと思いつつも、青年の瞳の優しさに、そんな思いも消え去ってしまう。

「分かりません」

「そっか。分からないか」

 笑う青年とアキに、一陣の風が吹き抜ける。靡く髪の毛を必死に押さえつけながら、アキは自分に降り注がれる視線に気が付いた。

 顔に纏わりつく橙色の髪を気にもとめず、ただじっとアキを見つめている。覆う髪は青年の表情を隠し、僅かに見える瞳はアキを捕らえて放さない。動くことを許されないような視線に、アキもただ青年を見つめた。

 笑っているの? それとも――

 掴みきれない彼の表情にどくりと心臓が跳ねた。鼓動の律動が早まるにつれ、何も考えられなくなる。

 そして、

「キミに一目惚れしちゃったから」

 青年の言葉に、我に返る。

 今、何て言った? 一目惚れ?

 言葉の意味を理解するまで数秒呆けた。その様子を、元通りになった髪の毛を指で透かしながら、青年が笑顔で見つめた。

 一目惚れ。その言葉を聞いて、そう言えばリゼルヴァーンにも言われたことがあったなと思い出した。

 初めて会った時に言われたんだよね。それに、嫁になれとも言われて……

 そこまで思い返して、一気に頬に熱が宿った。よくよく考えて、物凄いことを言われていたことに気付く。リゼルヴァーンへの好意を自覚している今だけに、その言葉は強烈にアキの心を揺さ振った。

 慌てて記憶を振り払おうとして、青年の視線に気付いた。楽しむような視線に羞恥が込み上げ、咄嗟にそれをかわそうと口を開く。しかし案の定、思うようには動いてくれず、零れたのは意味のない言葉だけだった。

「キミ、俺の言葉に動揺したんじゃないよね。何か思い出したのかな」

 見透かされていることに、更に顔が赤くなる。戸惑うアキに、青年は楽しそうにくすくすと笑い声を上げながら近づいた。そしてアキの肩にかかる髪の一房をゆっくり掴み上げると、慣れた手つきで唇を落とした。まるで童話の中の王子様のように。

「可愛いね」

 細められた目がにやりと笑う。

「か、からかわないで下さい」

 咄嗟に身を引くアキに、青年は名残惜しそうに掴んでいた髪を離した。

「からかっているわけでは、なかったんだけど」

 じゃあ、一体どういうつもりなんだろう。からかう以外でこんなことをする意味が分からない。

 思わず眉間に皺が寄るアキに、青年は明るく笑う。

「本当に可愛いよ、キミは」

 青年は自然な仕草でアキの手をとると、軽く繋ぐ。びっくりして見上げると、青年は変わらぬ笑みを披露した。

「ほら、捜しに行こう」

 一方的に手を引く青年に怯みながらも、その手を振り払うことが出来なかった。

 振り返った笑顔に、じわりと胸が熱くなる。穏やかな笑顔はアキの心を振るわせた。

 何でだろう。初めて会ったはずなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。懐かしいような、焦がれるようなこの気持ちは一体……

 疑問や疑念は当然あったが、それ以上に青年に魅せられていた。優しく、紳士的な態度は好感が持てたし、何より奸悪な雰囲気も感じられない。 本当に親切心から手助けしているのなら、それを断ってしまうのは良心が咎める。

 そう自分に言い聞かせ、アキは青年に身を委ねた。こうすることが自然なのだと、納得させるように。

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