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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第六章 初めての外界、新たなる出会い
33/60

04

「ごめんなさい、アキちゃん。悪戯が過ぎたわね」

 ロネットはまだ笑いが収まりきらないのか、口元を覆い笑いを押し殺そうとしていた。

「ロネット、お前なあ」

 睨むリゼルヴァーンに、ロネットがにっこりと微笑む。

「リゼル様ったら、もしかしてアキちゃんと一緒に眠れるかもって期待してたんですか~? やっだー、ケ・ダ・モ・ノ」

 傍からから見ても、これは完全にからかっていると分かる。楽しげな表情のロネットは活き活きとしていた。

「は!? き、期待など……して、いない!」

「今、ちょっと間がありましたけど?」

「う、煩い! からかうな!」

 リゼルヴァーンに気付かれぬよう、ロネットはそっとアキに目配せしてウインクを投げる。その動作で、ロネットが気を遣っていたのだと気付いた。落ち込んだ態度でいたアキを、明るい空気で和ませようと振る舞ったのだ。

 ありがとう、ロネット。直ぐに落ち込んでちゃ、駄目だよね。

 心の中で感謝して、アキは気持ちを切り替える。ロネットの為にも、いつまでも暗い顔をする訳にはいかない。

「いつまでじゃれ合っているつもりですか? 派手な行動は謹んで下さいと申したはずですが」

 黒いフードから覗く瞳が、絶対零度の冷たさで見つめていた。ラースの周りだけ吹雪いているように見える。その様子にアキだけでなく、リゼルヴァーンやロネットもびくっと身体を竦める。

「何の為にその装束を身に付けているのか、もう忘れてしまったのですか?」

 ラースはいつもの様に黒装束を纏っていたが、リゼルヴァーンやロネット、そしてアキも同じくいまは黒装束を身に付けていた。

 これには大きな理由が二つある。まずはリゼルヴァーンの白髪を隠す為だ。白髪を持つリゼルヴァーンはかなり目立つ。魔界で白髪を持つ者はただ一人、リゼルヴァーンだけである。そんなリゼルヴァーンが白髪を晒して街を歩いてしまっては、大騒ぎになること必至だ。

 そしてもう一つは、アキの“匂い”を消す為であった。人間は、悪魔とは違う匂いを発しているらしい。匂いだけで悪魔かそうでないかが分かってしまう為、ラースの術により装束に術を仕掛け、匂いを惑わすことにした。完全に消すことは出来ないらしいが、騙すことなら簡単らしい。

 そのような理由もあり、四人とも同じような黒の装束を身に纏っていた。皆同じ格好なら、怪しまれた時の言い分を何とか取り繕うことが出来るだろうと考えたからだ。

「そんなに言わなくても、分かってるわよ。ちょっと遊んでただけじゃない」

 膨れっ面のロネットに、ラースは冷たい笑みを返して口を開く。

「しかし、いくら皆同じ黒装束を羽織っているといっても、妖しいことには変わりありません。このまま表通りを通過するのは危険かもしれないですね」

 さすが商売の街だけあって、表通りは人でごった返している。人通りが激しいこの通路では、ばれてしまってもおかしくはない。人目は常に、あちらこちらにあるのだから。

「裏通りを使用した方が良いかもしれません」

 ラースの言葉は解る。人通りの少ない路地裏なら、ばれてしまう確率も低いだろう。しかし――

「だけど、裏通りをこの格好で歩くのって、いかにも私達は怪しいですって言ってるようなものじゃない?」

 アキの言葉に、ラースが僅かに目を瞠る。

「確かに、アキちゃんの言うことにも一理あるわね」

 腕を組んで考え込むロネットの隣で、リゼルヴァーンも「そうだな」と声を上げる。

「人通りが多い方が、却って目立たないのではないか。ということですか」

 頷くアキに、ラースは無言のまま踵を返す。そしてやはり、一人で先へと行ってしまう。向かう道は表通りであった。

「あ、こら! 待ちなさいよ、ラース!」

 後を追うロネットと遠ざかっていくラースの背に、呼び戻そうと慌てて声を上げるアキであったが、不意に優しい掌の感触が肩に伝わった。振り向くと、リゼルヴァーンが笑顔を湛えていた。

「大丈夫だ。反対なら、方向は逆なはずだ」

 言ってにこりと笑うリゼルヴァーンに、アキも釣られて微笑み返す。

「ほらアキ、急ぐぞ!」

「うん!」

 二人を見失わないよう、アキはリゼルヴァーンと共に表通りへと駆けた。


◇  ◇  ◇


「見失わないように、してたんだけど……」

 表通りに入って数分も経たないうちに、早くもアキは一人になってしまっていた。さっきまでそこに居たはずのリゼルヴァーンの姿が見当たらない。辺りを見渡し長身の黒装束を捜すが、あまりの人の多さに、見つけ出すことは困難極まりないと判断する。

 確かにこの人ごみの中では、顔まで深く被る黒装束が怪しまれることはないだろう。辺りをよく見回せば、珍しい服装をした者も大勢いる。

 しかし三人と逸れてしまっては、表通りを選んだ意味がない。初めて訪れる場所で地図も無く、当ても無く、独りきりで街を彷徨う不安が、アキの胸に沸々と募る。

 どうしよう。このままここを動かない方がいいのかな。だけど、皆は先へ行ったみたいだし。もう少しだけ、進んでみようかな。

 勇気を振り絞り、一歩一歩足を進める。じっとしたままでいることの方が、更に不安が増すと分かっていたからだ。

 動かずにいた方が良かったのか、それともこのまま進んでいった方が良いのか。答えは分からないけど、とにかく進んでみよう。不安に押し潰されるよりはましだ。

 自分に言い聞かせるように心中で意気込み、通りを進む。途中何度もすれ違う人とぶつかり、その度に頭を下げた。しかし皆、何も言わずにアキを通り過ぎていく。関心が無いのか、それとも慣れてしまっているのか。はたまた面倒くさいのか、急いでいるのか。

 こんなところは、人間と同じだ。

 それが何だかおかしくて、アキは思わず笑っていた。独りで心細いのは変わらなかったが、懐かしさが胸を少しだけ柔らかくしてくれた。

 早く皆を捜し出そう。きっと心配しているはずだから。

 急ぐアキは自然と駆け足になり、注意を凝らして黒装束の人物を捜した。しかし幾ら辺りを見渡しても、三人は一向に見当たらない。それらしい人影すら、捜し出すことが出来なかった。

 やっぱり、動かない方が良かったのかな。もしかしたら、どんどん三人から遠ざかっているのかも。

 一度考え出すと、その思考を拭い去るのは中々難しいことであった。

 どこかで一旦休憩した方がいいのかもしれない。昔から人ごみは苦手だった。久しぶりに感じる、大勢に囲まれた時に起こる酔いに、少し気持ち悪さを覚える。そのことも、悪い方へと考えが及ぶ原因になっているはずだ。

 しかし、足を止めることも躊躇われた。今この瞬間でさえ、三人はきっとアキを必死に捜しているに違いない。そう思うと、止まってなどいられない。

 宿る不安に胸が苦しくなるのを感じながら、アキはそれでも歩き続けた。

 早く見つけ出さないと。早く、早く。

 でないと――

 ぽんと、不意に優しく肩を叩かれた。

 ほんの少し前に触れた、あの掌の感覚を思い出す。

「リゼル……!?」

 振り向きながら名前を呼んで、はっと息を呑んだ。

 そこには橙色の艶やかな髪を靡かせる青年が、穏やかな笑みを湛え、アキを見つめていた。

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