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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第六章 初めての外界、新たなる出会い
31/60

02

 一行は朝の月が顔を出すと同時に屋敷を発った。

 空に浮かぶ月と星が、辺りをぼんやりと淡い光で照らしているのだろうと思ったが、漆黒に包まれた森の中ではそれを感じることも出来なかった。

 少し小高い丘に建造されていたこともあり、屋敷の窓から眺める風景は辺りを一望出来た。屋敷の周辺は平原に囲まれており、近くにはちょっとした林が存在していた。しかしそれも僅かな範囲で、十数メートルもするとそこから先は深い森が広がっている。けっこうな広さの森は、連なる山々の間を埋めるが如く続いていた。

 その光景を思い出しながら、アキは馬車に揺られつつ外を見つめた。

 案の定、窓から見る景色は鬱蒼とした木々が風にそよぐ様子しか見られなかった。どこまでも続く森は、先が見えぬほど暗い闇を落としている。今がまだ朝なのか昼なのかさえ分からない。走り続ける景色は一様に同じであった為、時間の感覚も麻痺していた。

 手綱を握っているのはロネットであったので、馬車の中はアキの他にはリゼルヴァーンとラースだけであった。アキの前方に座るラースは、揺り動く馬車の中でも気にならないのか本に目を落とし無言のままだ。ラースとは打って変わって、隣に座るリゼルヴァーンは興味津々に、アキ同様窓から景色を眺めている。感嘆の声を上げながら景色を見つめるリゼルヴァーンが、アキ以上に楽しんでいるように見えて思わず微笑が零れる。子供のようにはしゃぐその姿に、頬が緩むのを感じた。

「リゼル、嬉しいの?」

 アキの言葉に振り向くと、弾むように頷く。

「ああ、馬車で移動することは滅多にないからな。それに、こんなに大勢で外出することも無いから、張切っているのかもしれない」

 心底嬉しそうな表情で話すリゼルヴァーンに、アキは思い出していた。

 屋敷に軟禁という形で住んでいるリゼルヴァーンは、自由に外を歩くことは出来ない。こういった機会も容易には訪れないのだろうと思った。

 そもそも軟禁も、女王がリゼルヴァーンの命の危険を回避する為にやむなくとった手段だ。追い出された形で女王と離れて暮らすリゼルヴァーンは、一体どんな気持ちで城へ向かっているのだろう。たまにではあるが、城に赴くことがあるとは言っていた。しかしそれも、術の出来栄えを披露するくらいだと言っていたので、滞在時間は僅かなものなのであろう。

 女王と話はちゃんと出来ているのだろうか。そんな思いがアキの胸に募った。

「ねえ、リゼル……女王陛下って、どんな方なの?」

 直接訊く事は躊躇われた為、遠回しな言い方になった。それでも、女王のことを知る機会になると思った。

「ん? 母上か? そうだな」

 リゼルヴァーンは正面を向くと、ふっと表情を和らげた。どこか懐かしむようなその表情は、穏やかであった。

「偉大な人だな。俺なんかよりずっと頭が良くて、魔力も強い。まあ、女王なんだから当たり前だがな」

 そしてアキを振り返りながら、苦笑を浮かべる。

「それに、母上は見た目以上に怖い人だ」

「怖い?」

 アキの問いに、今まで黙っていたラースが口を開いた。

「それは、リゼル様の出来が悪いからです」

「ラース……本当の事とはいえ、はっきりすぎるぞ」

 口を尖らすリゼルヴァーンに、ラースは冷たい笑顔を向ける。

「しかし、誰よりもリゼル様のことを想っているのは、確かです」

 言ってまた本に視線を落とし、口を噤んだ。

 それを見て、アキは少し驚いていた。ラースが分かり難く、そして捻くれた性格であることは十分承知していた。しかし、こうやってはっきりと、双子以外を称える言葉を聞いたのは初めてであるような気がした。それは“女王であるから”という理由もあるのかもしれなかったが、それ以上の想いも含まれているような気がした。そう思ったのは、本当に小さくて分かり辛いものであったが、言葉の中に、優しい響きが混じっていたからであった。

 ガルフが言った、ラースは女王に命令されて屋敷に住んでいるという言葉が頭を過ぎった。ラースが女王に高い敬意を払っているということが、それだけで存分に伺い知ることが出来た。

「ラース……」

 前に座るラースを見つめ、リゼルヴァーンが呟いた瞬間だった。

 いきなり車体が激しく揺れ動き、スピードがぐんと勢いを増す。

「な、何!?」

 あまりの衝撃に舌を噛みそうになりながら、アキは車体に付いていた扉の取っ手を必死に掴んだ。勢いの強さに、少しでも力を離すと転がってしまいそうだ。

「大丈夫か、アキ!?」

 隣のリゼルヴァーンも車体の隅に身体を寄せて衝撃に抑えている。ラースも眉間に皺を寄せながら、足を踏ん張り衝撃に耐えていた。

「ロネットは一体何をやっているのですか」

 怒りの色を十二分に発揮すると、揺れ動く車体であるにも関わらず扉を開いた。そして身体を捩り、ロネットが座っている御者台に向かって声を上げる。

「ロネット、この揺れをどうにかして下さい」

「う、馬が勝手に! 私にも何が何やら分かんないのよー!」

 悲鳴を上げるロネットは必死に手綱を操作しているらしい。しかし揺れは収まるどころか、その激しさを増すばかりだった。

「ね、ねえ……これって、やばいんじゃない?」

 不安から声が引き攣るアキに、リゼルヴァーンも同じく引き攣った声で「ああ」と答えた。

 そして、馬車を引く馬の甲高い鳴き声が響いたと思った瞬間――

 アキの視界は横転していた。


◇  ◇  ◇


 瞼を開くと、黒が視界一面に広がった。

 一瞬理解出来ず数回瞬きを繰り返す。そして暖かな温もりが自分を覆っていることに気付き、そこで初めて抱きしめられているのだと分かった。視界を覆っていた黒は服の色であったのだ。

 倒れた背中から地面の冷たさが伝わってくる。後頭部を覆う手が、自分を庇ってくれているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 首を捻って見上げると、直ぐ近くに瞳を閉じるリゼルヴァーンの顔面が映る。僅かに顔を顰めて、身じろぎさせている。

「リゼル、大丈夫?」

 アキの声に小さく唸り声を上げると、薄らと瞼を開いた。

「……アキ?」

「良かった。気が付いた?」

 相槌を打ちながらもまだぼんやりしているのか、リゼルヴァーンは頭を左手で押さえて痛みに耐えるような表情を浮かべた。暫くそのままの状態で固まっていたと思ったら、今度は驚きではち切れんばかりに目を見開いた。そして「うわあ!」とびっくりした声を上げて、勢い良くアキから飛び退いた。

「す、すまん! 態とではない!」

 慌てるリゼルヴァーンの頬は赤に染まっている。離れた熱を少し残念に思いながらも、アキは微笑んだ。

「うん、庇ってくれたんだよね。ありがとう」

「あ、ああ」

 頷くリゼルヴァーンを見つめてからゆっくりと立ち上がり、アキは辺りを見回した。

 まだ森の中らしく、辺りは依然暗闇のままだ。生い茂る木々が嘲笑うかのように葉を揺らし、妖しい音を奏で囃し立てる。

 アキがリゼルヴァーンとともに倒れていた場所から数メートルもしない場所で、見事に馬車が横転していた。車輪は歪み、車体も完全に潰れている。走るどころでないのは見ただけで判断出来た。

 酷いことになってる。一体何が起こったの?

 周囲の状況をざっと確認して、アキはそこで初めて気が付いた。

「あれ? ラースとロネットは……?」

 姿が見えない二人に、一瞬にして不安がアキの胸を占めた。

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