01
「すごい……!」
アキは目の前に広がる風景を眺めて、思わず感嘆の声を上げた。
初めて屋敷の外に出たアキにとっては、全てが未知であった。
洋風の雰囲気漂う街は、木造や石造で作られた店屋が、一直線に伸びた道形に沿ってずらりと栄えている。中央道の路地裏には、商店を避けるように家屋が建ち並んでいた。
ここは多くの商人が集う街のようで、軒先には露天商が所狭しと連なり、騒がしく商売をしている。
甘い匂いや香ばしい匂いが入り乱れ、一帯に美味しそうな匂いが漂ってアキに空腹を思い出させる。所謂ジャンクフードと呼ばれるような食べ物が綺麗に整列させられ、食べて下さいといわんばかりに艶々と輝き食欲を誘う。中には奇抜ともとれる色をしたものもあったが、それを美味しそうに食す人を何人も見かけたので、どうやら人気商品のようだとアキは認識する。食べてみたいという衝動に駆られたが、いまはそういうわけにもいかなかった。
振り返ると、アキと同じく黒い装束を頭からすっぽりと被る長身の男が、瞳を輝かせながら辺りを見渡していた。
「リゼル様、くれぐれも派手な行動は謹んで下さい」
リゼルヴァーンの隣で、同じく黒の装束を纏うラースが静かな面持ちで口を開いた。
「ああ、分かっている。ただ、あまり見慣れないからな。わくわくしてしまうんだ」
楽しそうに声を上げるリゼルヴァーンを、ラースは冷たい瞳で見つめ返したが、それ以上は何も口を出さなかった。
「ラースってば優しい」
からかうように声を上げたのはアキの隣に佇むロネットで、黒の装束を翻しながら振り返り、口角を上げてにやりと笑った。
「私はいつだって、誰にだって、優しく接していると思うのですが」
不敵に微笑むラースに、ロネットは「怖ーい」と言ってまたくるりと前を向く。そして隣のアキに苦笑した。
「ごめんなさいね、アキちゃん。こんな所で足止めさせちゃって」
「いえ、大丈夫です。私、屋敷から外に出たことがなかったから。今ちょっと楽しいんです」
そう言って笑うと、ロネットは「ありがとう」と微笑み返した。
エルドと呼ばれるこの街を四人で訪れたのには訳があった。
事の発端は、昨日へと遡る。
◇ ◇ ◇
屋敷に滞在していたロネットが城に戻り、一週間もしない内にまた屋敷を訪れたのには理由があった。それは、アキを城へ招待したいという女王ミゼリアの命を受けてのことであった。
ロネットの話によると、女王にアキの存在を話したところ、甚く興味を持ったらしく、会いたいと願っているのだと聞かされた。断る理由が無いというのも理由の一つにあったが、リゼルヴァーンの母親であるミゼリアに興味があるのはアキも同じであった為、その話を受けることにした。それに、挨拶をしておきたいという気持ちもあった。成り行きとは言え、この屋敷に住まわせてもらっている以上、女王にもきちんと説明はしておくべきだと思ったのだ。
「良かったわ~、アキちゃんが了承してくれて」
広間にはアキとロネットの他に、屋敷の住人達が出揃っていた。『昼の月』が顔を覗かせる時間帯は、それぞれ自分の事をするのが屋敷の住人達のいつもだが、今回はロネットが収集をかけ、皆を広間に集合させていた。
両手を頬の横に添わせ、ほっとした笑顔を作るロネットに、リゼルヴァーンが不安そうに口を開いた。
「なぁ、ロネット。俺も一緒か?」
「ええ、リゼル様も共に来て頂きたいと仰っています」
「そ、そうか」
リゼルヴァーンは何とも複雑な表情を浮かべていた。
どうしたんだろう。もしかして、嫌……なのかな?
何か不満や気がかりなことでもあるのかと思い、リゼルヴァーンに尋ねたら、「違う」と即答された。
「心配だから、俺も一緒に行きたいと思っていた。だが、母上とあの人に会うというのは、どうも……」
そこまで言って、口をまごまごと動かし答え辛そうな素振りを見せる。それを冷たい横目で見つめながら、ラースがからかいの声を上げた。
「叱られるのを恐れていては、成長は出来ませんよ」
「ラース! はっきり言うことないだろう!」
半分涙目になりながらリゼルヴァーンは抗議したが、ラースはただ冷たい笑みを浮かべるだけだった。
「そう言ってるラースにも、今回は同行してもらうからね」
ロネットの声に、ラースは静かに目線を返した。何か言いたげな表情をしていたが、「分かりました」とだけ言って紅茶に口を付けた。
「ラースも行くの? ルムとレムは? お留守番?」
駆け寄る双子に、ロネットは苦笑を浮かべた。二人の頭を撫でながら、優しく語りかける。
「二人とも、ごめんね。寂しくなるけど、ガルフィンとシェットと一緒に、お留守番しててね」
「うん、大丈夫よ! ルムとレム良い子にしてる! ね、レム?」
ルルムンの問いに、レレムンが静かに頷く。それを見て、ロネットが満面の笑みで双子を抱きしめていた。
「ガルフ、シェット。屋敷のことは頼んだぞ」
リゼルヴァーンの言葉に、ガルフは素っ気無く頷く。シェットは尻尾を振りながら、きらきらした笑顔を振りまいた。
「リゼル様、期待してるからね。お土産!」
「……あ、ああ。分かった」
呆れた表情を浮かべるリゼルヴァーンであったが、ふと思い出したように「なぁ」とラースに声をかけた。
「どうやって城まで移動する? 術を使うか?」
その問いには、双子を抱きしめるロネットが口を開いた。
「今回はアキちゃんもいるので、馬車を城から用意してもらいました」
「そうか、用意がいいな」
「複数を同時に移動させるのは、かなり高度な技術が必要ですからね。まぁ、もっとも」
そこまで言って、ラースをちらりと横目見る。
「ラースなら簡単なことでしょうけど」
視線などお構い無しに紅茶を口にするラースは、冷たい笑顔を向けていた。
「私としては、その方が早く城に到着するので一向に構わないのですが」
「あの!」
ラースの言葉を遮ったのはアキであった。視線は一斉にアキに集中する。
「私、馬車で移動したい。折角用意してくれてるんだし。それに興味があるの」
「興味? 馬車にか?」
リゼルヴァーンの問いに、アキは笑って答える。
「確かに、馬車にも興味あるけど。魔界って、どんな所なのか実際に自分の目で見てみたいの」
「そうか」
アキの言葉に、リゼルヴァーンは神妙な顔つきで見つめていたが、程なくして頷いた。
「そうだな。俺も馬車がいいぞ。異存はないな? ラース」
小さく溜息を吐いてから、ラースは「了解しました」と言った。何だかんだ言いつつも、やはり最終的には甘いのだ。
「それじゃ急で悪いんだけど、明日にはもう屋敷を出るからね。アキちゃん、よろしくね」
「はい、分かりました」
頷きながら、アキは胸の内で期待していた。
魔界に召喚されてから一ヶ月近く経とうとしていたが、未だに屋敷から外に出たことの無かったアキはそのどきどきを拭い去れないでいた。人間であるという理由から、外に出るのは危険だとリゼルヴァーンやガルフ、それにラースにまで外出を良しとされなかった。窓から見える景色を眺めては、常に焦がれていた世界。それにやっと足を踏み入れることが出来るのかと思うと、それだけでアキの胸は躍るのであった。




