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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第一章 召喚、そして出会い
3/60

03

 何て美しい少女なんだ。これ程美しい黒髪も瞳も、見たことがない。

 それが白髪の男の、少女に対する第一印象だった。

 召喚されたのは一人の少女。見たこともない異国の服を身に纏った少女は、胸の辺りまである黒髪を靡かせながら大きな瞳で白髪の男を見つめた。まだ幼さの残る面立ちだったが、不安に駆られる瞳からは不思議と目を逸らせない光を感じた。声をかけるのも躊躇ってしまうほどの高貴な気を漂わせる少女は、その形の良い薄い唇を開くと白髪の男に向かって声をかけた。

「えーっと……ここはどこでしょうか?」

 少女特有の澄んだ、高すぎず低すぎない、心地良い音域の声が白髪の男の胸に突き刺さる。

 自分を畏怖の目で見ていない。警戒し、不安がってはいるが、そういう対象で見ていないことは分かる。

 いままでにいただろうか。初めから、自分を見ても自然に声をかけてくる者が。

 そう思った瞬間、男は居ても立っても居られなくなり、少女に手を差し伸べた。

「ここは俺の屋敷だ。女、名は何という?」

 出来るだけ恐怖を軽減してやろうと、白髪の男は笑顔で話しかける。しかし、少女の口からは思いがけない言葉が放たれた。

「そっちから名乗るのが普通でしょ?」

「え?」

「大体、あなたその格好……コスプレ?」

「コ、コスプレ? とは、何だ?」

 言葉の意味が分からない。初めて聞く言葉だ。

 頭に疑問符を浮かべる姿を、少女は珍しいものでも見るような目で見つめた。

 しかし、白髪の男は少女が自分に疑念を抱いていることにまったく気付かなかった。相変わらず“コスプレ”の意味を考えあぐねている。

 すると傍で二人の様子を見ていた黒装束の男が、静かに二人に近づいた。

「まったく。あなたは女性の扱いを知らない人ですね。まずご自分の名を名乗りなさい」

 笑顔で近づいた装束の男は、少女に一礼すると白髪の男に目配せする。

 早く答えろ。そう言っているのがありありと分かり、白髪の男は額に冷や汗を流した。



「あ、わ、悪かった。俺の名はリゼルヴァーン。この屋敷の主だ」

「主が失礼いたしました。私はラースと申します」

 名乗る二人の男はふざけた様子も、悪びれた様子も一つもない。しかし少女にとっては不思議でならなかった。簡単に信じられるものではなかったのだ。

「ちょっと待って! 何、そのファンタジーみたいな名前は」

 驚くというより、もはや呆れた様子で頭を抱える少女は、本当に頭痛が起きるのではないかと思った。格好も、名前も、現代の日本では在りえない。

「ファ? ファン……何のことだ? ラース」

「分からないことを私にすぐ聞く癖を直して下さい、リゼル様」

 少女の傍らで、二人はさも当たり前みたいに存在している。

 これは現実? それとも夢?

 少女は何がなんだか分からなくなっていた。

 おかしいのは寧ろ自分の方なんじゃないかな。

 そんなことまで考え、しかし頭を振る。

 そんなはずはない。さっきまで、私は友人と下校していたはず。黒い猫も見た。あれが夢であるはずがない。だけど、その後はどうだった? 光に包まれたその後は?

 そこで少女の思考は遮られた。遮ったのは黒装束を纏う、ラースと名乗った男の声だった。

「しかし、困りましたね。私は魔界のものを召喚しろと言ったはずなのですが」

 静かに、そして冷たく放つ口調が、彼が怒りに満ちているのだということが分かる。

「だ、だから俺は知らないぞって言っただろう!?」

「言い訳は結構」

 ラースの笑顔の裏の冷たさに、白髪の男リゼルヴァーンは顔を引き攣らせた。

「ねえ! いま“魔界”って聞こえたんだけど、私の気のせい?」

 二人の争いを遮るように、少女は声を荒げた。聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする。

「ええ、言いましたよ。あれ、話していませんでしたか。ここは魔界ですよ、お嬢さん」

 妖しいまでに美しい笑顔でラースは答えた。

「本気で言ってるの?」

「信じられませんか?」

 そう言うと、ラースは掌を少女の前に差出した。

「何?」

 何もない掌に疑問を投げかける少女だったが、次の瞬間その疑念も消え去っていた。

 そこに炎があった。掌に収まるくらいの炎が、ラースの手の上で赤く燃え盛っているのだ。やがて炎は赤から青、紫へ色を変えて輝く。そして炎は翼を持つ蛇――ドラゴンに姿を変えると、燃え盛る炎の翼をはためかせた。両翼が羽ばたくと熱風が生じる。炎のドラゴンは口から火を吐くと、最後には黒い灰となって消え去ってしまった。

「……っ!」

 言葉にならない言葉を発すると、少女はラースを見つめた。

「信じて頂けたでしょうか」

 笑顔で問うラースに、少女はまたもや頭を抱えた。

 さっきのはマジックや奇術といったものの域を超えていた。

 目の前でそれを見せ付けられれば、否が応でも信じるしかない。



 落胆する少女を見つめ、リゼルヴァーンは口を開いた。

「なあ、ラース。俺に考えがある」

「何ですか、突然。リゼル様の考えがまともであったことなど、一度も無いのですが」

「そ、そこまで言うことないだろう!?」

「で? 考えとは何ですか?」

 リゼルヴァーンの反論は無視し、ラースは冷たく言い放ち答えを求める。

 どうにかならないのか、その性格。

 口には出さず、心の中だけで思いを留める。出してしまったら最後、どうなるかはリゼルヴァーン自身よく理解していた。

「いま、不要なことを考えていましたね?」

 冷たい笑顔がフードの下から覗いて見え、リゼルヴァーンはびくりと肩を震わせると慌てて口を開いた。

「あー、えっと、俺の考えというのは、この女を屋敷に住まわせるのはどうか、というものなんだが」

「何の為に?」

 ラースに透かさず突っ込まれたが、リゼルヴァーンは鼻息と共に声を張り上げた。

「俺の嫁にする為だ!」

「はぁ!?」

 リゼルヴァーンの大声に反応したのはラースではなく少女の方だった。

「ちょっと、意味が分かんないんだけど!? 何で私があなたの嫁になんなきゃいけないの!?」

「ひ、一目惚れしたからに決まってるだろう!」

「だからって、何で一方的に決められなきゃいけないのよ!」

 理不尽な物言いに、少女はついつい声を荒げた。

「魔界の王なのに……う、嬉しくないのか?」

「ないわよ! って言うか、何であろうと絶対嫌っ!」

「い、嫌?」

 リゼルヴァーンは「ガラガラガラ」と、心が崩れていく音を聞いた……ような気がした。今まで振られたことが無かっただけに、拒絶の言葉は暴力的なまでにリゼルヴァーンの心を叩き潰した。そしてこの世の終わりと言わんばかりに、リゼルヴァーンは表情を落胆させた。



 そこまで落ち込む?

 あまりの落胆ぶりに少しだけ哀れに思ったが、少女の心の中には、ある一つの思いが芽生えていた。

 家に居ても、学校に居ても私の居場所なんてどこにもない。それだったら、いっそのこと……

「ねえ、訊きたいんだけど。私は元の場所に戻ることが出来るの?」

 今までの言い争いを傍観していたラースに、少女は確認するように尋ねた。静かに少女を見つめると、ラースは一呼吸置いた後、口を開いた。

「まあ、不可能では無いでしょうね。位置はずれるかもしれませんが、貴女の世界に戻してあげることは出来ますよ」

 ラースの言葉を聴き、少女はぎゅっと拳を握り締め、深呼吸をした。覚悟を決めなければならないと思った。

 もしかしたら、私はとんでもない事をしようとしているのかもしれない。だけどここで諦めたら、全てが元に戻ってしまう。――終わってしまう。

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