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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第五章 訪問者
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07

「ロネット、いい加減にしろ。それ以上アキを怖がらせると、容赦しないぞ」

 アキの前に立ちふさがり、鋭い声を上げたのはリゼルヴァーンであった。後ろからでは表情を窺うことが出来ないが、その声は真剣で怒りを含んでいるのが分かる。

「リゼル様ったら、怖ーい! ちょっとからかっただけじゃないですか」

「本気で言っているように聞こえる」

「やーだ、妬かないで下さいよ」

 からかうロネットを頬を膨らませ物言いたげに睨んでから、リゼルヴァーンはアキに向き直った。

「すまんな、アキ」

「ううん、気にしてないから」

 困ったような笑顔を向けるリゼルヴァーンに、アキは慌てて返事を送る。しかし素早く突っ込みが飛んできた。

「気にしてよ、アキちゃん!」

「え、あ、ごめんなさいっ」

 反射的に謝るアキに、ロネットは面白くなさそうに眉根に皺を寄せた。じっとアキを見つめていたが、次には柔らかい笑顔を浮かべていた。

「ウソウソ。冗談! 気にしないでいいのよ」

 言いながら、アキにさっと近づく。そして耳元で小さく囁いた。

「リゼル様に嫌気が差したら、私に乗り換えてもいいんだからね」

「……!」

 飛び退く様に身を引くと、にやりと楽しそうに笑うロネットの表情が映った。

「おい、ロネット!」

 隣からリゼルヴァーンが怒鳴り、遠くへ追いやろうとロネットを押し退ける。

「お前はもういいから、広間へ行け!」

「きゃー、怖い! それじゃあ、邪魔者は退散しますか」

 リゼルヴァーンに背中を押されながら、ロネットが思い出したように振り向いた。

「あ、そう言えば。アキちゃんのお掃除まだ終わってないんです」

「それは俺が手伝う。だからお前は下に下りろ」

「手伝うって言ったからには、ちゃんと手伝いたいんですけど」

「ダメだ」

 強い口調のリゼルヴァーンにどきりとする。ロネットは「なるほどねえ」ともったいぶると、楽しそうに、面白がる様に微笑んだ。

「……な、なんだ」

 堪りかねたように小さく声を上げるリゼルヴァーンに、ロネットは首を振る。

「いいえ。何も」

「だったら、とっとと早く行けっ!」

 動揺しているような声を上げるリゼルヴァーンに、ロネットが吹き出すように笑った。

「了ー解」

 明るい返事を上げると、ロネットは廊下の隅で逃げようとしていたガルフとシェットをふん捕まえた。喚き散らすのを諸ともせず、ロネットは慣れた手つきで取り押さえる。去り際に悲鳴を残しながら、二人と一匹は階段を下っていった。

「アキ、ルムとレムもお掃除手伝うよ」

 いつの間にか箒を手にしたルルムンが協力を申し出て、遅れてレレムンも箒を掲げてこくりと頷いた。

「よし! さっさと四人で片付けてしまおう!」

 声を上げるリゼルヴァーンに、アキは素直に頷いていた。

「ありがとう、皆」

 感謝の言葉を、何の躊躇いもなくするりと口に出していた。いつもなら「ごめん」と口にしていたであろう場面なのに、今はとても満たされていて気分が軽い。それは、リゼルヴァーンに対する想いを自覚したからなのだろうとアキは思った。

 こんなにも、物事が違って見えるなんて知らなかった。こんなにも、穏やかな気持ちになるなんて知らなかった。弾むような、心地良い気持ちになるなんて知らなかった。

 なんて不思議な感情なのだろう。今までに感じたどの感情とも違うものであったが、ひとつも不快だとは思わなかった。

「こんな事、どうってことない」

 にっと歯を見せて笑うリゼルヴァーンに、つられる様にアキも微笑んだ。その笑顔を見つめて、じんわりと胸に広がっていく想いを噛み締める。

 ああ、リゼルヴァーンが好きだ。この笑顔も、人柄も。全てに惹かれている。

 それは誤魔化しようがない、嘘偽りのない、アキの素直な気持ちだった。そしてその想いは、前に進んで行く力を与えてくれているようだと強く思った。

 少しずつでも、向かっていきたい。たとえ、小さな歩みだったとしても。リゼルヴァーンの為なら。リゼルヴァーンと一緒なら。進んで行ける。

 その想いがあれば、今まで振り絞れなかった勇気が、出せる気がした。


◇  ◇  ◇


 そこは闇であり、無であり、そして彼の住処でもあった。

 音も無く、色も無いこの世界は、彼にとって一番の安らぎであった。

 瞼を閉じ、じっと佇み闇と一体になる。自分も暗黒の一部となり、同化した。

 深い深い闇は、やがて彼を飲み込んでいった。

 そして彼は深く深く融けていった。

 しかし。

 闇が彼を飲み込んでいたのではなく、彼が闇を飲み込んでいた。

 塗りつぶされていたのではなく、塗りつぶしていたのだ。

 そして。

 一つになった身体は、驚くほど気持ちの良いものであった。

 それはふわりふわりと、宙に浮く様な軽さであり、流れる様な心地良さであった。

 初めから用意されていたかのように、それはぴたりと見事に彼に当てはまった。

 そうか。そうだったんだ。初めから、そうだったんだ。

 彼は納得した。

 闇になったのではない。初めから、自分は闇だったのだ、と。

 それならば説明がつく。

 この感情も。この力も。この運命も。

 初めから、決まっていたのだ。全て。

 悟って、そしてまた闇に融けた。

 今度は深く。もっともっと深く。

 底の無い闇は、最早彼を永遠に離れることを許さぬ様に纏い続けた。

 そして、彼も融け続けた。

 ずっと、ずっと、融け続けた。

 それでも。

 彼は心地良かった。

 闇は彼であり、彼は闇であったから。

 深く融け続けることは、深く自分を知ることと同じであった。

 だから。

 深く愛した。深く憎悪した。

 相反する感情は交じり合い、やがて一つになった。

 一つになって、また新しい自分を知った。

 ――いや。

 これもまた、初めから彼の中にあった一つの闇に過ぎなかった。



 一体どこまで落ちれば。どこまで深く落ちれば、この感情が――



 その先の答えを求める為に。

 彼は混沌の闇に深く深く身を沈めた。

 融けたその先に、答えがあると信じて。

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