06
「なるほどねえ。やっぱり惹かれ合うのか……」
呟く声に気付き瞼を開くと、顎に手を置き、考え込むような仕草をするロネットの姿が映った。先程の面白がるような空気は消えていた。また、何か探っているのかもしれない。
「ロネット?」
アキの問い掛けに気付くと、すっと表情を和らげた。そして、悪戯っ子の様な笑顔を向ける。
「妬けちゃうわ。リゼル様のことが好きだなんて」
「や、妬け?」
何故、そこでロネットが妬く必要があるのだろうか?
そこまで考えて、はたと思い当たった。もしかしてロネットも、リゼルヴァーンに惹かれているのではないだろうか。
在りえない話ではない。リゼルヴァーンは一見子供のようだが、長身でスタイルが良く、顔も見惚れるくらい整っている。それに、自分の意思をきちんと持ち、真面目で、それでいて愛情深く優しい人だ。そんなリゼルヴァーンに惹かれるのも無理はない。きっと彼は、誰にでも同じ態度で接しているに違いないのだ。それはロネットとて同じだろう。
どくどくと、心臓が痛いくらい脈打つのが分かる。感情の波が、少しずつ押し寄せているような気がした。
「ロネットも、もしかしてリゼルのことが――」
――好きなの? そう発した言葉は、別の声によって遮られていた。
「アキー! ロネットー!」
嬉しそうな大声を発しながら、メイド服に身を包んだ女性がこちらに駆けてくる。突進してくるのはルルムンであった。勢いを落とさずそのまま突き進むルルムンを、ロネットはがっしりと抱き止めた。
「ルムちゃん久しぶり~! 元気だった?」
「うん! ルムもレムも元気よ!」
「あれ、そう言えばレムちゃんは?」
アキも一緒になって辺りを見回して、後ろから小さく駆けてくるレレムンを発見した。急いで駆けてくると、ロネットの服の裾をぎゅっと掴んで恥じらいながら微笑んだ。
「いや~ん、レムちゃんも相変わらず可愛い!」
有無を言わさず、ロネットはレレムンをルルムンと一緒に抱きしめていた。
ルルムンもレレムンも、ロネットを慕っているのだろう。それは表情や態度を見れば一目瞭然であった。ロネットもこの双子達を可愛がっているに違いない。屋敷の住人達と同じく、その表情は柔らかいものであった。
「お前達、いつまでそうやってるんだ?」
不意にリゼルヴァーンの声が聞こえて、どきりと心臓が跳ねたが、冷静を装い声の方へ視線を向けた。そこには、何故かリゼルヴァーンの後ろに隠れるシェットと、隣で不貞腐れた表情のガルフが無言でこちらを見つめていた。
何で近寄ってこないんだろう。しかも、怯えてる?
ガルフとシェットの様子に不思議に思いながらも、アキは緊張していた。先程のロネットとの会話で、否応無しに意識してしまう。――リゼルヴァーンのことが好きなのだと。
「やだ、二人とも! そんな所で何やってるのよー。久しぶりなんだから、私に顔見せなさいよ」
ガルフとシェットに気付くと、ロネットはつかつかと歩み寄る。ガルフは表情が引き攣っているし、シェットは耳も尻尾も垂れ下がり恐怖に慄いているかのように見える。
「あ、俺用事思い出した」
引き攣った表情のままこの場から離れようとしたガルフに、腕が伸びてがしりと捕まり、驚いたガルフの肩がびくりと跳ね上がる。ロネットは逃がさないとばかりに腕を絡みつけた。
「ヤダ、逃げないの。恥ずかしがらないでよ、ガ・ル・フィ・ン」
一瞬にして、ガルフの顔が真っ青になったのを、アキは見逃さなかった。
「ちょっと見ないうちに、また逞しい身体つきになってなあい?」
言いつつ、ロネットはガルフの腕を指の先で撫でる。その手つきが妙に艶めかしい。しかしガルフは恥ずかしがる様子も、嬉しがる様子も全く見せない。ひたすら引き攣った表情のまま、ロネットを引き剥がそうと腕をもがいている。
「なってねえ! つか、いい加減離れろ!」
「ちょっとー、無下に扱わないでよー」
そんな二人の横で、アキは、様子を窺いながらそろりとこの場を離れようとする一匹の狼に気が付いた。もしかしたら逃げようとしているのかもしれない。
しかし、そんなシェットの行動も、ロネットは予想していたのだろう。ロネットは鋭い声で、リゼルヴァーンに指示を飛ばす。
「リゼル様、その狼を確保! 逃がさないで下さい!」
呆れた表情のリゼルヴァーンは短く頷くと、後ろにいるシェットの尻尾を引っ掴む。その拍子に足を滑らせ石畳に下顎をぶつけると、シェットは耳と背中の毛を逆立て、鋭い牙を覗かせて振り返った。
「リゼル様の裏切り者ー! 悪魔ー! 魔王ー!」
「すまん、シェット」
暴れるシェットの尻尾をぎゅっと掴み、逃げないよう捉えて離そうとしない。ガルフを腕で掴んだまま、ロネットはシェットに近寄りしゃがみ込む。
「シェットったら、相変わらず可愛いんだから! 私にもっとよく見せて」
言うや否や、ロネットはシェットの前足を奪い取るように掴む。そして悦楽に浸った表情を浮かべた。
「いや~ん! 素敵な肉球! 食べちゃいたいくらい可愛い~」
「ひいいぃぃ!!」
今までに見たこともないくらい、拒絶の色を表すシェットはへっぴり腰になっている。腕を組むガルフも、顔の青は消えそうにないくらい濃い色をしていた。
何でそんなに嫌がっているんだろう。確かにちょっと行き過ぎなような気もするが、そこまで嫌がるものだろうか。二人の反応に、アキは首を傾げる。
あれ程の美人を相手に、あそこまで拒絶反応を示すのは異様な気がしてならない。何か理由があるに違いない。そう思い、アキは近くにいるルルムンとレレムンに小さく囁いた。
「ガルフとシェットがあんなに嫌がってるのには、何か理由があるの?」
アキの問いに、ルルムンが目を瞬かせて口を開いた。
「う~ん、よく分かんないけどね。ガルフとシェットは、ロネットのことが好きじゃないんだって」
「そうなの?」
「うん。何でだろうね。ルムもレムも、ロネットのこと大好きなのに」
ルルムンの答えに、隣のレレムンもこくりと頷き賛同を意を表す。双子には、その深い理由が分からないのかもしれない。好きじゃないから嫌がっている。そのだけで十分な理由になっているのだろう。
「好きじゃない理由には、ロネットに大きな要素があるからだ」
いつの間にか、リゼルヴァーンが側で佇んでいた。呆れたと言わんばかりに、疲れた表情をして腕を組んでいる。向こうを見ると、シェットはロネットによって尻尾を掴まれていた。
「大きな要素?」
窺うように見つめてしまうのは、少し意識をしているからかもしれない。アキの問いにリゼルヴァーンは大きく溜息を吐くと、「驚くなよ?」と断りを入れてから言葉を発した。
「ロネットが男だからだ」
「…………え?」
ロネットが――おとこ? おとこって……男?
頭の中で、言葉を漢字に変換するまでに数秒要した。あまりに唐突な言葉に、アキの思考は完全にストップする。
「ちょっと待って。えーっと……ロネットが、何?」
「男だ。だから、アイツ等は嫌がっている」
ロネットが男。もう一度聞いて、アキはやっと理解した。
「ええぇぇ!? お、男!?」
簡単に信じられるものではなかった。どう見ても、彼女は――いや、彼は女性にしか見えない。魅力溢れる容姿に、色気ある仕草。それに立ち振る舞いは完璧に女性のそれと同じである。男であると言う方に無理があった。
アキの叫びに気付いたのか、ロネットがこちらに微笑む。そして楽しそうな笑顔を浮かべたまま、アキの疑惑を粉砕した。
「ごめんね、アキちゃん。私、男なの」
そして、また可愛らしくウインク一つ。
そんな。まさか。嘘でしょ? だって、だって。
今までのことを思い出して、アキの頬はみるみる赤に染まっていった。
手だって握った。それに、抱きしめられもした。女性だからと思って恋の話もしたのに。それがまさか。男だったなんて……!
怒りなのか、それとも恥ずかしさなのか。どちらともとれる感情が、アキの頬を赤く染める。そんなアキをにやりと見つめて、ロネットがゆっくりと近づく。
「私こんな格好してるし、言葉遣いも女性だけど、男が好きって訳じゃないのよ? 可愛い女の子が大好きなの」
言って目を細める。企むような、何かを含んだような瞳だった。
「この意味、分かるわよね?」
「……っ!」
ロネットの中にある「男」を見たような気がして、アキはびくりと肩を竦めた。




