04
一階にある広間に到着すると、ロネットは大きく伸びをして、近くにある葡萄酒色の長椅子に飛び跳ねるようにして腰を下ろした。
ロネットはこの長椅子がお気に入りなのか、屋敷に来ると必ずこれに腰を落ち着ける。滑るような手触りが心地良く、程よい弾みの跳ね返りを与えるそれは確かに座り心地抜群で、飛びつきたくなる気持ちも分かる。にっこり笑顔で、長椅子を誰にも渡さんとばかりに両腕を伸ばしている。
「はあ……寛ぐー」
執務が忙しいのだろうか。ロネットは自分の肩をとんとんと叩く。
「ゆっくりしていけばよい。ルムとレムも喜ぶぞ」
声をかけるリゼルヴァーンに、ロネットは横目で睨みつつ口を開いた。
「何でルムちゃんとレムちゃんだけなんですか? 狼のチビとドラゴンの料理人は、私が来ても嬉しくないってこと?」
「え!? あ、いや、そういう意味ではないぞ!」
「ホントですかー?」
訝しげな表情を浮かべていたが、程なくしてロネットはふっと笑顔を見せた。
何だ、からかわれていたのか?
ほっと胸を撫で下ろしたのは、ロネットの言うことが実は当たっていたりするからだ。ルルムンやレレムンはロネットのことを随分気に入っており、嬉しそうな表情や態度が目に浮かぶが、ガルフとシェットはというと、その姿を想像することさえ難しい。いや、出来そうにない。ガルフとシェットの反応は分からないでもないがな、と思ってしまうのは、ロネットに対して失礼だろうか。
アキが見たら驚くかもしれない。そこまで考えて、ふと辺りを見渡す。そこでやっと、アキの姿が見えないことに気が付いた。
「なあ、ラース。アキはどうしたんだ?」
確か最後にやってきたのはラースだ。てっきり、二人一緒にやって来たのだとばかり思い込んでいた。
ラースはしれっとした様子で、部屋の隅にある椅子に腰掛けている。リゼルヴァーンの問いに僅かに目線を上げると、さも当然と言わんばかりの声色で話した。
「放置してきました」
「何故!?」
コイツならやりかねないなと思いつつも、やはり疑問が湧く。
「何故と言われましても、掃除の途中でしたので。彼女、まったく進んでいなかったものですから」
そして、どこから取り出したのか、膝の上に置いた分厚い本に目を通す。
薄情な奴め。そう思ったが、アキのことだ。最後まで終わらさなければならないと、必死になっているに違いなかった。
「アキを手伝いにいく」
一言放ち、広間を立ち去ろうとするリゼルヴァーンに「ちょっと待って」と声が掛かった。
「彼女の手伝いなら、私に任せてくれませんか?」
名乗りを上げるロネットは、長椅子から立ち上がりリゼルヴァーンに近づく。
「しかし、お前は客人だし……」
「そんなこと言わないで下さい。悲しいじゃないですか。私だって、この屋敷の住人達と同じように、リゼル様のことを想っているんですよ?」
にこりと微笑んで、ロネットは言葉を続ける。
「リゼル様は、ルムちゃんとレムちゃん、それに狼とドラゴンを連れてきて下さい」
それでも尚渋る様子を見せると、ロネットはばんと胸を叩いた。
「私、掃除大好きで、とっても得意なんです! だから、是非彼女を手伝わせて下さい!」
必死に申し出るその様に少なからず疑問を抱いたが、そこまで言うのならと、リゼルヴァーンは頷いた。もしかしたら、アキと話がしてみたいのかもしれない。アキを見に来たと言っていたので興味があるのだろうと思った。
「それではロネット、頼んだぞ」
「はーい! 了解しました!」
手を振って見送るロネットを振り返りながら確認して、リゼルヴァーンは部屋を後にした。
「特技、部屋を汚すこと。のお前が、よく掃除が大好きだの、得意だのと言えたな」
ラースは本を閉じると、近くにある机の上にぽいと乗せた。皮肉った表情で見つめた視線の先では、ロネットがふんと鼻を鳴らしていた。
「ああいう時は勢いが肝心なのよ」
むくれたように言ってからラースを振り返ると、すっと表情を険しくした。
やっと気付いたか。いや、この感じは最初から気付いていたか?
表情には感情の一切を出さず、胸の内で考えを廻らせ、ロネットの表情を窺う。
「……何なのよ、あれ。完璧すぎるほど似てるじゃない」
そう、完璧だ。しかし似ているんじゃない。あれは――
「同じなんだ、似ているんじゃない」
ラースの言葉に、ロネットが鼻白む。嘘でしょ? とでも言いたげだ。
「馬鹿馬鹿しい。そんなことありえない」
大袈裟に手を振って否定する。そう判断するのが、多分正しいのだろう。しかし、事実はその手を緩めることなく真実を告げている。
――同じなのだと。
「そのありえないものが、現に存在しているんだ。――今ここにな」
沈黙するロネットは暫くしてから額に手を置いて、頭を軽く左右に振りながら深い溜息を吐いた。 それはロネットが落ち込み、疲れきった時によくとる動作だったなと、ラースは頭の隅で思い出していた。
「何で、もっと早く知らせなかったの?」
垂れた頭から覗く瞳は、ラースをじっと見つめる。声は、怒りともとれる色が滲んでいた。
その様子にふっと笑いを零してから、ラースは愉快に答えた。
「俺だって半信半疑だったんだ。最初から似ているとは感じていたが、時間が必要だった。確証を得る為のな」
ラースの言葉に、またロネットは太い息を吐く。そして、少し間を空けてから口を開いた。
「このことを知っているのは私とラースと、陛下だけなのね?」
確認するように問うロネットに、こくりと頷く。
「後は、お前が自分で確認したことを陛下に報告すれば、完璧だな」
「……どう思うの? ラースは」
ロネットの問いに、嘲笑にも似た笑みをラースは浮かべた。
「害があるのなら、処するまでだ。それは陛下の判断しだいだがな。しかし、俺個人としては……」
「利用価値があるとでも?」
にやりと笑みを返すと、ロネットは呆れたと言わんばかりに肩にかかる髪を払いのけた。
「確かにその通りかもしれないけど、危険だわ――彼女」
「危険かどうかは、お前が判断して陛下に伝えればいい。俺は信書の通りだ」
言って、ラースは椅子から腰を上げた。迷い無く進む足は、広間の扉へと向かう。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
呼び止めるロネットに軽く振り向くと、冷たい視線を投げた。
「俺より、彼女だろ? 早く手伝いに行け、大好きな掃除とやらを。俺は優雅に、紅茶でも楽しんでいることにする」
答えを聞かぬまま、ラースはロネットに背を向け扉を開く。その時、僅かにロネットの呟く声が聞こえた。
「言われなくても、これから行くところだったのよ」
据わった目で睨んでいるのだろうと、ラースは背中で感じた。




