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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第五章 訪問者
24/60

02

 心がもやもやする。胸の奥が痛い。

 アキは二階の廊下を箒で掃きながら、悶々とする胸を押さえて深い溜息を吐いた。

 リゼルヴァーンの部屋を訪れてから、アキは自分でも分かるくらいにおかしくなっていた。

 手伝いの最中にも関わらずぼうっとしたり、話を聞いていないことが度々起こった。その度にラースに小言を言われたり、ガルフやシェットに文句を言われた。

 考えることといえばリゼルヴァーンのことばかりで、それ以外のことが頭の中に入ってこない。気付けばリゼルヴァーンを目で追っていたり、遠くで話す声を敏感に聞き取って必死に耳に入れようとしていたり。ぼんやりする原因も、話を聞いていない原因も、全てリゼルヴァーンに関係していた。自分自身のことなのに、無意識にそれらを行っていることがアキにとって一番不可解なことだった。

 一体どうしてしまったんだろう。何で、こんなにもリゼルヴァーンのことばかり考えているんだろう。

 それはアキにとって、まったく理由が分からない出来事であった。こんなことは初めてだった。誰かのことを考えて苦しくなるのも、気になって気になってしょうがないくらい見つめてしまうことも。

「ホントに、どうしちゃったんだろう私……」

 ぽつりと呟いてまた溜息を吐く。吐いても吐いても一向に無くなりそうにない溜息は、アキの苦悩を表しているかのようだった。

「アキ! ちゃんと掃除やっているか?」

「ひゃっ!」

 突然の背後からの声に、アキは思わずびくりと肩を竦めて小さく悲鳴を上げてしまった。この声はもしかしなくとも……

 ゆっくり振り向くと、リゼルヴァーンが驚いたような表情を浮かべて首を傾げていた。まさかのリゼルヴァーンの登場に、アキの鼓動が自然と早くなる。

「すまん。そんなに驚くとは思っていなかった」

「こっちこそごめん。考え事してたから」

 リゼルヴァーンの事を考えていたなどと言えるはずもなく、アキは笑って誤魔化した。うまく笑えているだろうか。アキはそれが心配だった。

「ところで、どうしたの? 何か用事?」

 話を逸らす為にこちらから態と無難な話題を振る。それにリゼルヴァーンと二人だけで話しをするのは部屋を訪れて以来のことなので、どことなく緊張する。それも、自分から話を振った理由の一つだった。

「いや、用という用はない。アキの姿が見えたからな。声をかけようと思って」

「……用事はないの?」

「ああ、ない。……用がなければ話かけたら駄目なのか?」

 リゼルヴァーンは小動物のような、子供のような瞳をアキに向ける。そして唇を尖らせ、眉間に皺を寄せた。

「違うの! そうじゃなくて!」

 何故だか慌ててしまい、アキは一気に頬を染めた。

 姿が見えたから声をかけた。それだけでも十分嬉しいのに、用がなくても話がしたいと言われているようで、嬉しいと思うと同時に恥ずかしい。

「ちょっと、びっくりしたの。いきなりだったから」

「すまん……」

 しょんぼりと肩を落とすリゼルヴァーンは、明らかに落ち込んでいる。ああ、落ち込ませたい訳じゃないのに! 頭の中で言いたいことを整理して、ゆっくりと言葉に出す。

「リゼルに話かけられて嫌なんじゃない。寧ろ嬉しいよ。用がなくても、私に話かけてくれて」

 アキの言葉に、リゼルヴァーンは分かりやすいくらい見る見る表情が明るくなった。弾けんばかりの笑顔とは、正にこのことだろう。

 アキはアキで、自分の発言に赤面してしまっていた。いくら本当のことだったとしても、面と向かって言ったことが、今更になって恥ずかしくなった。リゼルヴァーンの悲しい表情を見たくないという一心での発言であったが、この恥ずかしさはなかなか拭えそうになかった。

 嬉しそうに見つめるリゼルヴァーンに、アキはただただ赤くなった顔を見られぬよう、俯くしかなかった。


◇  ◇  ◇


 頭の中に響いてくる言葉の断片と感情の波を感じ取り、ラースは眉を顰めた。これは『言の葉』だ。直接的な言葉が伝わるのではなく、相手の意思が断片的に頭に響いてくるのだ。

 誰かは直ぐに思い当たった。この感情の波は何度も感じ取ったことがある。

 そして数分後。頃合を計ったところで、ラースは読みかけの本を閉じた。自室の窓を見つめると、呆れた溜息を吐いた。

 窓の外には、長い金の髪を風に靡かせる見知った人物が、顔をこちらに覗かせて浮かんでいた。

 まったく、こいつは。思わず眉間に皺を作る。その間にも、向こう側では早く窓を開けろと頭の中で催促する。

 渋々窓を開くと、金髪は慣れた動作で部屋の中へと足を踏み入れた。長い髪を手櫛で整えてから、金髪は口を開いた。

「まったく。言の葉送ったら直ぐに窓は開けてよね」

 言いつつ、服の皺を整える。そんなに身なりが気になるのかと、ラースは冷ややかな眼で睨みつける。

「ここは玄関じゃないと、何度も言ってるだろ」

「何よ! どこから入ろうと私の勝手でしょ?」

「俺が迷惑だ。ロネット、俺はお前の召使いでも何でもない」

 鋭く冷たい口調のラースにも、ロネットはまったく意に介さない。辺りを見回して苦い表情を浮かべた。

「相変わらずラースの部屋は本ばかりね」

「お前には少々難し過ぎるものばかりだがな」

「その皮肉も相変わらずねー」

 ロネットは近くにある書棚から本を抜き出し、読むわけでもないのにぺらぺらと頁を捲る。

「で? どこ?」

 頁に目を通したまま問うロネットに、ラースはにやりと笑う。

「お前こそ、相変わらずだな」

「ラース程じゃないけどね」

 女王陛下の為なら命まで出しかねないな、こいつなら。ロネットを見つめ、そう考えた。そして自分自身もそうであると確信する。彼女の為ならば、何だってやる。たとえそれが、自分の命をかけることになっても。誰かの命を奪うことになったとしても、だ。

 それは固く揺ぎ無い信念であった。

「……あ、分かった。この下ね」

 気配を感じ取ったのか、ロネットは顔を上げると本を閉じた。

「ほら、行くわよラース」

 一方的に言い放つと、ロネットはさっさと部屋から出て行ってしまった。

 後に残されたラースは溜息を吐くと、ぽつりと言葉を零した。

「やっぱり、相変わらずだなロネット」

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