01
長く広い石畳の廊下を、腰まで伸ばした金髪を靡かせて颯爽と歩く。その度に「カツカツ」と靴のかかとを打つ音が辺りに木霊する。
話があるから至急こちらに来てほしいとの女王陛下直々の伝令で、ロネットは急ぎ足で城の廊下を歩く。アーチを描くように廊下の壁にくり貫かれた吹き抜けの窓から、橙色の月と眼下に広がる街が見渡せる。いつもならここを通る時に、その景色を眺める余裕があるのだが、今日はそうもいかなかった。途中見知った使用人や衛兵達に声をかけられたが、急いでいることを短く伝えてその場を凌ぐ。
女王直々ともなればことは大事だ。何となく話の内容は予想出来ているが、何が語られるかは実際のところ分からない。悪い知らせでなければいいが。
ともかく、急がなければ。ロネットは女王陛下が待つ部屋へと急いだ。
何度来ても、その扉の前では緊張する。
自分の身長の倍はある、その大きな扉は重厚な造りになっていて、ちょっとやそっとでは開かない仕組みになっていた。簡単に人が入れぬよう術が仕掛けてあり、この術を解くことが出来るのは術者本人、つまり女王陛下のみとなっていた。
ロネットは緊張を解すため大きく息を吸い、深く吐く。そして扉ごしに声を掛けた。
「ロネット、参りました」
入ってよいという合図のように、がちゃりと、鍵の外れる音がする。そして規則正しい動きでゆっくりと扉が開いていく。誰の手も触れることなく開いてしまうのは術の成せる技だ。
「入りなさい」
中から凛とした声が響く。ロネットは一礼すると、部屋へと足を踏み入れた。
奥では、広々とした寝台の側に腰を掛ける、年若い女性が優雅に佇んでいた。
女王ミゼリア。気品溢れるその仕草や佇まいに、いつも敬服させられる。男が見ても、女が見ても惚れるとは、正に彼女のことを指している。見た目だけならロネットとほぼ変わらないくらいなのに、漂う空気は魅惑に満ちている。人を惹き付けるものを天性に持つ彼女は、やはり女王になるべくしてなったに違いなかった。
ミゼリアはカップ片手に、ロネットに薄く微笑んだ。
「いらっしゃい、ロネット」
長く艶やかな黒髪を滑らせて、ミゼリアは小首を傾げて見せた。気高さの中に、気安い空気を纏っている。近付き難い存在のはずなのに、何故か傍へ寄りたくなるような親しみを感じてしまう。同年代の親しい友のように思えてしまうが、しかしミゼリアが高貴を失うことはない。ロネットにとって尊敬すべき人であり、そして不思議に思う人物の内の一人でもあった。
「貴方も、どう?」
ミゼリアは寝台の脇に備え付けられた、卓に並べられている菓子を勧める。その表情は笑顔で、何だか緊張感が薄れてしまう。
「いえ、今は勤務中なので結構です」
「そう。つれないのね」
拗ねたように唇を尖らす様はまるで少女のようで、ロネットは思わず苦笑した。
ふとした瞬間、ミゼリアは茶目っ気を見せる。それも人を惹きつける要因の一つだろうとロネットは考える。
まったく、親子そろって子供のよう。よく似ていらっしゃる。
容姿だけでなく、内面もそっくりなミゼリアの子供を思い出し、ロネットは口を開いた。
「……陛下、話とは?」
陛下が気にすることと言えば、彼のこと以外に考えられない。
ミゼリアはゆっくりとした動作でカップを卓に置くと、神妙な表情を浮かべて小さく溜息を吐いた。
「話っていうのは、あの子のことなんだけど」
「リゼル様ですね」
やはりそうか。ミゼリアの一人息子であるリゼルヴァーンは、今この城には居ない。城から離れた屋敷に、数人の使用人達と共に暮らしている。離れた息子を心配するのは、親として当然であろうと思う。しかも彼の場合、王という立場以上に事情が複雑だ。ミゼリアの不安は、いつも心に根付いている。
「この間、定期検査は行いました。特に異常は無かったと思いますが」
リゼルヴァーンは定期的に城に出向き、身体や精神に異常をきたしていないかの検査を行っている。またその際、ミゼリアの目の前で、リゼルヴァーンは術の出来栄えについても披露する。確かにこの間のリゼルヴァーンの術の出来は良いものでは無かった。むしろ在り得ない程だった。しかし、それはいつものこと。リゼルヴァーンは特殊で、簡単に彼自身を解明出来るとは思っていない。それはミゼリア自身、解っているはずだ。
「ああ、そのことではないの」
それでは、一体何が彼女を不安にさせているというのだろうか?
「実はね、ラースから文が届いたの。……私に直接」
「陛下に、直接?」
ミゼリアがロネットに手を差し出す。手渡されたのは、術が施された封書だった。かなり強い術が施してあった痕跡が窺える。
「特定の者以外が封を破ることができない仕掛けになっていたわ。しかも術によって直接届けられたみたいなの。……気付いたら、机の上にその文があったわ」
それほどの高度な術を使い、ミゼリア以外の目に触れさせないようここまでするということは、かなり重要なことを書いてあるに違いない。
「意見を聞かせてほしいの」
そう言って目配せする。目を通してもいいということだ。
「失礼します」
ロネットは素早く封書を開くと、中の手紙を取り出す。そして目を通し、驚きの余り手紙とミゼリアを見比べる。
「驚いたでしょう?」
「驚くも何も……これはっ!」
何だ。この内容は。ラースは、本気でこれを書いたのか? しかし、彼がこのようなことで嘘を吐くような奴でないことは昔から知っている。女王陛下の苦渋になるようなことは、決して許さない奴だ。だから、嘘でないことは分かる。しかし……
「本当に、何が起こるか分からないものね……」
陛下は椅子にもたれ、項垂れるように額に手をついた。心身ともに疲労しているのが見て取れた。
「ロネットには、至急あの子の屋敷に向かってほしいの」
なるほど。だから、私が呼ばれたのか。
ことの事情を把握したロネットは深く頷く。
「解りました。確認すればよいのですね?」
「ええ、お願い。それから……」
濁すように言葉を渋るミゼリアに、ロネットは黙って言葉を待った。
「リゼルヴァーンに、また顔を見せにくるよう伝えてくれるかしら?」
「承知しました。その時はまた、私がリゼル様をお連れします」
その言葉に、ミゼリアは心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。
ミゼリアの自室から出て、ロネットは思わず深い溜息を吐いた。
これは思っていた以上にやっかいな話だった。悪いかどうかはともかく、良い知らせでないことだけは確かだ。
「ことは重大ね……」
呟くと、ロネットは再びかかとの音を響かせながら、廊下を颯爽と渡った。




