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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第四章 役割を探して
22/60

06

「アキ……」

 いつの間にか、リゼルヴァーンは立ち上がり、目の前でアキを見下ろしていた。

 近いと思ったのも束の間、リゼルヴァーンは顎に指をかけるとアキを上に向かせた。

 真剣な眼差しに、眼を逸らすことが出来ない。じっと見つめるリゼルヴァーンは顎にかけていた指を、今度は頬に優しく添える。

 あ、睫毛長い。それに鼻筋も通ってる。やっぱり綺麗な顔立ちだな。

 思わず見とれていたアキだったが、徐々に近づくリゼルヴァーンの顔に気付くと戸惑いを隠せなくなった。

「リ、リゼル……!?」

 反射的に逃げ腰になるアキを、がっちり掴んで離そうとしないリゼルヴァーンは、初めてにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「逃がさない」

 抗おうとすればするほど離そうとしないリゼルヴァーンにどうすることも出来ず、アキは硬くなるばかりだった。

 いきなり何!? どうしてこんなことに!?

 突然のことに狼狽えるアキは、目を開けていることさえ出来ない。瞼を閉じ、じっと耐えるしかなかった。

 しかし次の瞬間、驚きのあまり固く閉ざされていた瞼が開かれた。

「――っ!」

 添えていた手がアキの頬を抓っていた。その絶妙な力加減で、手加減しているのが分かる。

「ははっ! 面白い顔になっているぞ、アキ」

 笑うリゼルヴァーンに呆気にとられる。

「な、何なの……?」

「泣きそうだったから、つい」

 事もなげに言うリゼルヴァーンに、アキは目を瞠る。

 ばれていた。泣きそうになっていたことを。だから、こんなことをしたというのか。

「ほら、もう涙なんて出そうにないだろう?」

 得意げに言う様が子供のようで、アキは思わず苦笑した。

「やっぱり、アキは笑顔が一番だ」

 そう言ったリゼルヴァーンの笑顔が一番眩しくて、いつも救われていると感じてしまう。言葉と笑みだけで、リゼルヴァーンを信じようと思うことが出来る。

 そうだ。『白の意味』なんて関係ない。いままで見てきたリゼルはこんなにも優しく、温かだった。白が似合うと言ったリゼルは、嘘じゃない。

 ――だったら。リゼルが私を、穢れを知らない純粋なものに見立てていても。受け入れる。嫌われたくないから。信じたいから。

「……アキには、笑っていてほしい」

 見つめる瞳が優しくて、放つ言葉が温かで。

 ああ、こんなにもリゼルは素敵な人だったんだ。

 そう思った瞬間、心臓が痛いほど早く高鳴った。身体中、熱くなるのを感じる。今まで経験したことのない緊張が、アキの身体を覆った。

 触れられている部分をはっきりと意識してしまう。直ぐにでも振りほどきたいような、ずっと触れられていたいような。

 見つめられていることに耐えかね、アキは視線を逸らした。

「わ、分かった。出来るだけ、笑うように努力する……」

「そうか。嬉しいぞ」

「う、うん……だから、そろそろ離して……」

「お?」

 アキの戸惑いを察したのか、リゼルヴァーンはあっさりと手を離した。そして名残を惜しむように、アキの頭を優しく撫でる。

「気にしなくていいからな。……俺の白髪のことは」

 見上げると、いつもの笑みがそこにあった。

 アキのことを想い、気に掛けているのが分かる。だからこそ、ここはリゼルヴァーンの言葉の通りにしなければ。

 痛む胸の鼓動を感じながら、アキは静かに頷いた。これで良かったんだと思えたのは、リゼルヴァーンが笑っていたからだった。



 両親のこと、友達のこと。そしてアキ自身の、醜く汚い感情が少し胸につかえたが飲み込んだ。

 リゼルヴァーンが居る。それだけで、安心できる。

 だから、今はまだ蓋をしておくのだ。今はまだ――


◇  ◇  ◇


「リゼル、お願いがあるの。私にも、屋敷で手伝いをさせて?」

 思わず視線を逸らしてしまうのは、さっきのことがあるからだ。出来るだけ、いつもと同じように喋ったつもりだが、舌が縺れ動揺しているのが自分でも分かった。

「しかしな……」

 渋るリゼルヴァーンに、アキは尚も食い下がった。

「お願い! ……でないと、一生笑わないから」

「何!? さっきは笑う努力をすると!?」

「それはそれ。これはこれ」

「な、何だその理屈は!?」

 大きな身体をおろおろと動かしどうしたものかと至難している様は、いつもの子供のようなリゼルヴァーンに戻ったようで、アキは少しだけほっとしていた。顔の火照りは収まりつつあるものの未だ胸の鼓動は早いままだ。

「ううう。分かった! アキがそうしたいと言うのであれば、仕方ない」

「本当に!? ありがとう!」

「ただし!」

 人差し指を突き上げて、睨むようにアキを見つめる。

「頑張りすぎるな。無茶はするな。……いいな?」

「大丈夫。私、そんなにやわじゃないから」

 意気込むアキに、リゼルヴァーンは困ったように頬を掻く。

「いや……そういう意味ではないのだが……」

「私、役に立てるよう頑張るから」

 少しでもリゼルヴァーンの力になりたいと思う気持ち。それこそが、アキが屋敷に居る意味に、存在する意味に繋がっていたのだ。

 簡単なことだった。何を難しく考えていたのだろう。こんなにも、答えは直ぐ側にあった。気付けたのはきっと、リゼルヴァーンのおかげだ。

「アキには敵わないな」

 微笑むリゼルヴァーンを真正面から見ることが出来ない。だけど、見つめられるのは嫌じゃない。

「あ、私ガルフの手伝いしないといけないんだった。それじゃ」

 いまのは態とらしかったかもしれない。しかしリゼルヴァーンは不思議がる様子も無く、「そうか」と言ってアキを見送った。

「また後でな、アキ」

 その一言でさえ、アキの胸は躍る。閉じられた扉の外で、アキは落ち着かない胸を必死に押さえつけていた。

 何でこんなに、ドキドキするんだろう。私、おかしくなったみたい。

 この部屋に来るまで感じていた緊張とは、全く別の感情が込み上げる。不安や暗い気持ちは過ぎ去り、あとに残ったのは胸の切ない苦しみだった。

 しかしその痛みが何を意味するのか、アキはまだ知らない。

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