05
屋敷の最上階はリゼルヴァーンの部屋のみとなっていた。
扉の前。必然的に、ここはリゼルヴァーンの部屋となる。
どうしよう。勢いで来ちゃったけど……
扉の前で佇むアキは、どくどくと打つ胸の鼓動を抑えることが出来なかった。不安が頭をもたげたが、しかし此処まで来て引き下がることは出来ない。
何より、アキは知りたい。白が似合うと言ったその意味を、リゼルヴァーンの口からちゃんと訊きたいのだ。
扉の向こうには、すぐそこにリゼルヴァーンが居る。
ゆっくりと深呼吸をして、アキは扉を見つめた。
――よしっ! 小さく気合を入れると、アキは数回扉をノックした。返事が聞こえたと思ったら、直ぐにリゼルヴァーンが顔を覗かせた。
「お? アキか? どうした?」
「ごめんね、朝から。……あの、リゼルに話したいことがあって」
アキの雰囲気に何かを察したのか、リゼルヴァーンは微笑むとアキを促した。
「そうか。それじゃ、部屋の中に入れ」
素直に頷き、アキは部屋へ足を踏み入れた。
リゼルヴァーンらしく、物が乱雑に置かれた、明るく賑やかな部屋。
――ではなかった。
目の前には、意外なほどの殺風景が広がっていた。必要なもの意外存在することを許さないようなその殺伐とした様子に、アキは思わず息を呑んだ。あるのはベッドと対になっている机と椅子、後はクローゼットが一つだけ。花もなければ本もない。唯一、机の上に開いたノートが置かれていたがそれだけであった。
寂しくて、物悲しい部屋だな。
声に出すことが出来ず、アキは心の中で呟いた。
「アキ、話とは何だ?」
笑顔で問うリゼルヴァーンと、殺風景な部屋との対比が切ない。
しかし、そう思うのはアキだけであって、リゼルヴァーンはこの部屋が気に入っているのかもしれない。物を置きたがらない性格なだけかもしれないのだ。
そうだ。今はそう思っておかなければ。でなければ、悲しすぎる――
アキは何事もなかったように、リゼルヴァーンに問いかけた。
「あのね……この前リゼル、言ったよね? 私に、白が似合うって」
自分で言って、胸が痛い。答えを聞く前から、アキの胸は早鐘を撞くように高鳴っていた。
「それって、どういう意味で言ったの……?」
窺うように見つめたら、リゼルヴァーンは驚いたように目を瞠っていた。
何でそんなこと訊くんだ? とか、思ってるのかな。それとも、今更? って、思ってるのかも……
僅かな時間がとても長く感じられる。早く答えを聞きたいような、聞きたくないような、そんな不思議な感覚だった。
「……もしかして、聞いたのか? 白の意味を」
瞬間、しまったと思った。確かにリゼルヴァーンにこの質問をすること自体、“白の意味”を知ってしまったと言っているようなものだ。
「ごめん! ガルフから教えてもらったの。私が、この屋敷の使用人の少ない理由を訊いたから……」
「そうだったのか」
ぼすりと、ベッドに腰を下ろした様は力無く見えたが、アキを見上げる顔はいつもの笑みを湛えていた。
「不安になったのか? 俺が白が似合うと言ったから」
「うん……リゼルは白を嫌っているはずだから」
だから、リゼルも私のことを――
思わず俯いてしまうのは、嫌われたくないと思っているからだ。でないと、こんなに悲しい気持ちになるはずがない。
不意に、手を伸ばしたリゼルヴァーンがそっとアキの左手を取って、軽く繋いだ。触れるだけのようなその指先は僅かに熱を帯びていて、繋いだ先から仄かに熱が伝わってくる。
突然のことに驚き、弾かれたようにリゼルヴァーンを見たら、不安そうな笑顔を向けていた。
「嫌か?」
首を振って否定すると、リゼルヴァーンがほっとしたように笑顔を向けたのでアキは戸惑った。
以外だった。男性と手を繋いだことなど一度も無いアキにとって、それは嫌悪感を抱くような行為だと思っていた。しかし嫌悪感どころか、安心するような心地良ささえ感じている。それはリゼルヴァーンだからこそなのだろうか。しかし他の男性と手を繋いだ経験の無いアキにとって、それは推測の域を出ない。
「俺は嫌いではないぞ、白」
「……え?」
手を繋いだまま答えるリゼルヴァーンの表情から、それが嘘でないことが分かる。思わず呆気にとられるアキに、リゼルヴァーンは尚も言葉を紡ぐ。
「寧ろ、好きな色だ」
「好きな……?」
それは正に驚く答えだった。
「白髪でなければ、こんな思いを抱くこともなかった。多分、アキとも出会えてなかったしな。そんな白髪には感謝しているんだ。それに、俺が白を好きでないと」
俺が好きでないと。それはどこか、自分に言い聞かせている様に感じた。今まで蔑められ、罵られ、傷つけられてきたリゼルヴァーンにとって、白を好きでなければならない理由が何かあるということだろうか。
「アキに白が似合うと言ったのは、異端だからとか、そういう意味ではない。綺麗な黒髪に白がよく映えると言っただろう?」
確かにそう言っていた。しかし、それだけの理由では心が不安すぎる。もっと、言葉が欲しい。安心出来るような言葉が――
「それに、何の色も付いていないアキには、やはり白だと思ったんだ。穢れを知らない、澄んだ雪のような白が……」
触れるだけだった指先が、ぎゅっと力を込めて握り締める。絡められた指をどうすることも出来ず、アキはただリゼルヴァーンの熱を受け止めていた。
穢れを知らないだなんて。私はそんなに上等なんかじゃない。綺麗なんかじゃない。リゼルが思っている以上に、私は――
心臓が痛いほど早く打つ中、アキはようやく言葉を発した。
「そっか」
――言えない。言えるはずがない。心の中に黒く汚い感情が渦巻いているなど、リゼルヴァーンに言えるはずがない。そんな感情を抱いているなんて思われたくない。思われて、嫌われたくない。
何故嫌われたくないと思うのか。アキにはそれを考える程の余裕はなかった。
「納得いったか?」
「うん、ありがとう」
優しい笑顔を向けるリゼルヴァーンを見つめ、胸が苦しくなるのを感じた。
どうしてこんなにも胸が痛いのだろう。泣きたくなるのは何故なんだろう。白の意味を知ったからだろうか。それとも、嫌われたくないと思っているからだろうか。
――分からなかった。アキには、痛みの理由が何なのか判断出来なかった。




