04
そうだ。少なからず、初めはリゼルに対して良い感情は抱いていなかった。だけど、“白の災厄”とか、そんなことどうでもいいと思えるくらい信じあえる仲になった。
だから、コイツも。“白”の意味を知っても、リゼルのことをきっと厭いはしない。
それはアキにも、昔の俺達と同じ“孤独”を感じるからなのかもしれない――
隣で佇むアキを見つめ、ガルフは胸の内で呟いた。
「何でリゼルは、白が似合うって言ったのかな」
ぽつりと零れる言葉は、誰に向けたものなのかアキ自身にも分からなかった。
――白は異端。リゼルヴァーン自身、そう言われ続けているのなら、白を嫌っているはず。どうしようも無いくらい、憎んでいてもおかしくない。
それを似合うと言ったアキは――
異端だ。どうしようもないくらいに。
この魔界にとって、アキは在り得ない存在だ。リゼルヴァーンの白以上に。
悪魔でない人間のアキは、異端なのだ。だから――白が似合う。
結局、人間界でも、魔界でも、自分は異端だったのだ。
親とも、友達とも馴染めない私が、全く異なる世界、魔界で上手くいくはずなんてなかった。そんなこと、考えれば直ぐに分かることだった。何て馬鹿。そんなことも、言われないと気付かない私は。
屋敷での役割なんて、それ以上に。私が屋敷に居る意味は。私の、存在する意味は――
「貴女は、どう考えるのですか?」
不意に、ラースに声を掛けられ、どきりと心臓が跳ねた。白が似合うと言ったのは、ラースも同じだ。
「……私が、異端、だから」
覇気の無い言葉は、アキ自身を追い込んでいく。
じっと、ラースが見つめる視線が痛い。貫かれる。それは心まで。
「異端……ですか」
ぽつりと呟くように言ってから、ラースは苦笑を浮かべた。
「何故、そう解釈為さるのですか?」
意外ともとれるラースの言葉に、アキは思わず目を瞠る。
それ以外に、一体どんな意味が。考えても及ばぬ答えを、ラースは提示してくれるとでも言うのか。
「それだけが、答えではないと思うのですが」
言って、またいつもの笑みに戻る。後は、自分で考えろということなのだろうか。それ以上、ラースは答えようとはしなかった。
だが、アキに思い浮かぶはずもない。“白は異端”。それはこの魔界では、多分当たり前のこと。そしてその世界に住むリゼルヴァーンに、それ以外の答えの、何があるというのだろうか。
「そんなに気になるのであれば、訊けばいいでしょう? 本人に」
あっさり放つラースの言葉はもっともだったが、そこまで本人に確認出来るほど、勇気が出ない。
もし白が似合うと言った意味が、異端だとしたら? リゼルも、私のことをそう思っていたら……
その考えが、アキの一歩を踏み留ませる。そんなもしもなんて、リゼルヴァーンに限って無いだろうと思う自分と、もしかしたらと思う自分がせめぎ合う。
嫌だ。こんな考えに至ってしまう、自分自身が許せない。
「お前が今まで見てきたリゼルは、そんな奴だったのか?」
今まで黙っていたガルフが口を開く。それは疑問だ。怒りや、諭すような色は見られない。ただ純粋な疑問。
「ひと欠けらも信じられないような、そんな奴だったのかよ」
真っ直ぐ見つめるガルフの視線は、アキの思慮や疑念を射抜く。
誕生日を祝いたいから祝うと言ってくれたリゼルヴァーンは。
血相を変えて、アキの安否を気遣ってくれたリゼルヴァーンは。
頬を染め、恥ずかしそうにしていたリゼルヴァーンは。
その真実が導く答えは――
「私、リゼルの所に行ってくる!」
調理していた紫色の物体をそのままに、アキは慌てて厨房から飛び出した。
「あ、ガルフごめん! まだ途中だけど、また手伝いに来るから!」
去り際に言葉を残し、後ろを振り向くことなくアキは廊下を駆けた。
暗い気持ちになるのはまだ早い。白が似合うと言ったリゼルヴァーンの、本当の意味なんて知りもしないのに。
落ち込んだり、悲観するのは話を聞いた後だ。それまでは、そんなこと思ったり考えたり出来ない筈なんだ。
アキの向かう先は、屋敷の最上階しかなかった。
「まったく、若いというのは羨ましいものですね」
本気で思っているのか疑わしい台詞を吐いて、ラースは笑みを浮かべた。
勝手知ったる動作で目的の小瓶を手にとると、食器棚からティーポットを取り出し茶葉を入れる。
「……てめえはどうなんだよ?」
湯を注ぐラースに、ガルフは鋭い視線を投げつける。
お前はどんな意味で、アイツに白が似合うと言った。
ガルフの視線を諸ともせず、ラースは冷たい笑顔で口を開いた。
「貴方も、私が異端だからという理由で言ったと。そう思っているのですか?」
「違うのか?」
「あながち、間違いではありませんね」
やっぱりそうか。コイツはこういう奴だ。こっちが信用したと思えば、コイツはくるりと掌を返しやがる。まったくもって、いけ好かねえ。
「しかし、それだけではありません」
「あ?」
「白が似合うと言ったのは、白がリゼル様だからです」
「……?」
どういう意味だ? 白がリゼル……?
目を眇めるガルフに、ラースは口角を上げて笑う。
「“白の災厄”と呼ばれるリゼル様には、あの少女のような方が似合うと思っただけですよ」
言って、慣れた手つきでティーカップに紅茶を注ぐ。
それは、“白の災厄”としてリゼルを見ない、初めから対等な関係を築くことが出来る存在だからということか。何の偏見の目も持たない、ただの人としてのリゼルを見ることの出来る彼女。だからリゼル――“白”が似合う、と。
ああ、クソ! 胸くそ悪い!
「分かり難いんだよ、てめえは!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
にこりと微笑み踵を返す。そして去り際に一言。
「ああ、それと。もう少しで茶葉が無くなりそうですよ。補充お願いしますね」
立ち去るラースの後姿を見つめ、ガルフは苛立った様子で舌打ちすると調理に戻った。
だんだんと勢い良く打ち付けられる包丁の音は、廊下にまで響いていた。




