03
リゼルヴァーンと初めて出会ったのは、まだお互い年端も行かぬ子供だった時である。
広々とした豪華な部屋に案内されると、そこには白髪の少年が窓際でじっと静かに佇んでいた。
「リゼル。この子は今日からお前の遊び相手だ。仲良くするんだぞ」
魔王ギルヴァーンの声に僅かに頷くと、感情のこもっていない目でじっとガルフを見つめた。
何だ、コイツ。ちっとも表情が変わらねえじゃねえか。どんな奴かと思ってたけど、つまんなそうな奴だな。無表情なリゼルヴァーンの姿に、ガルフは思わず眉根に皺を寄せた。
噂はよく耳にしていた。“白の災厄”と呼ばれていたリゼルヴァーンは魔界では知らぬ者がいないほど有名だった。無論、良い噂は一度も耳にしたことがない。
異端の白髪は、魔界始まって以来の大問題だ。こんなことは在り得ない。天界のしもべではないのか。王となるに相応しくない。“白”は王と認めない。存在するべきではない。
世間ではそれが常だ。歓迎意見や賛成的な発言などまるでない。全て否定的な意見ばかりだった。
王と王妃が可哀相。なぜ黒髪の二人から、あんな白髪の子供が生まれたの? 王妃はずっと寝込んでいるみたい。やっぱり白なんて生まれたから。
それが、“白の災厄”と呼ばれる所以だ。生まれてさえこなければ。常に囁かれていたその声を思い出し、ガルフは改めてリゼルヴァーンを見つめた。
確かに白髪は珍しい。いや、やはりこの魔界では在り得ないものだ。しかし、それ以外はどうだ。目や鼻や口も、手や足だって他の悪魔と変わらない。何処から見ても、自分と変わらぬ普通の子供だ。ただ違うのは――白髪だけ。
「ガルフィン、お前もこの子と仲良くしてやってくれ。年も近いし、話も合うに違いない」
勝手にそんなこと決めるな。とは、言えない。群れに取り残され、孤独だった自分の命を救い、なお且つ城に住むことを許してくれた王には感謝しているし、力になりたいと思う。だから、世間がどんな噂を立てようが、コイツがどんなに暗く面白みのない奴だろうが関係ない。俺は、王の為にコイツと仲良くなるんだ。
ガルフはギルヴァーンにしっかり頷く。それを見て、ギルヴァーンがほっとしたように笑みを零した。
「ありがとうガルフィン。キミにも、リゼルにとっても、お互いが良い影響を与えると、僕は思っているよ」
目尻が垂れ下がった魔界の王らしからぬその笑顔は、しかし親の顔をしていて、それはどうなんだと思いつつも、けれどこんな王だから好きなのだと、ガルフは今更のように実感していた。
それから、ガルフはよくリゼルヴァーンの部屋を訪れるようになった。しかしガルフ自身、会話が得意ではない為、リゼルヴァーンと初めて会話したのは部屋を訪れるようになってから五日目のことであった。
それまで話しかけても、うんともすんとも言わなかったリゼルヴァーンが、初めて「あっ」と声を洩らした。それは会話のきっかけを作ろうと、ガルフが持ってきた菓子を見た時だった。
既にこの頃から料理をするのが好きだったガルフが、王からリゼルヴァーンの好きな菓子を聞き出し、厨房を借りて一人でこっそり作ったのだった。それは子供なら誰でも好きな、タルモンと呼ばれる菓子。甘いクリームが沢山乗った、贅沢なケーキだ。
これはイケるかもしれない。リゼルヴァーンの反応に、ガルフは心の中で喜んだ。自分はここに存在しているのか? という錯覚に陥るくらい、話しかけても反応が無かったリゼルヴァーンが目を輝かせている。
それは良い考えだ。きっとうまくいくよ。
ギルヴァーンの言った言葉を思い出し、ガルフは皿に盛ったケーキを差出しリゼルに問う。
「いるか?」
ガルフの声に、小さくびくりと肩を竦めた。そして差出されたケーキを見つめた後、戸惑うようにガルフを見る。
「何だよ、いらねえのか?」
僅かに、表情が曇った。相変わらず言葉は発しないが、物欲しそうな目でケーキを見つめている。
後もう少しだ。ガルフは更に言葉を続けた。
「いらねえんだったら、俺が全部食っちまうけど、いいのかよ?」
ガルフの言葉に反応して躊躇っているようだが、やはり口を開く様子は見られない。
これでもまだ喋んないのかよ。
折角ケーキまで用意したのに、これでは何の為に作ったのか分からない。もう少しで上手くいくと思ったのに、やはりリゼルヴァーンと話は出来そうにない。
ギルヴァーンのことを思うと胸が痛んだが、ここまでやって会話が一つも成立しないのだ。このままリゼルヴァーンの部屋を訪れても、成果が出るとは思えなかった。
コイツとは合わないんだ、白髪とか云々の話じゃない。根本的なところで、噛み合ってない。
もやもやと、怒りのようなものが胸に込み上げてきて、ガルフは思わず声を荒げていた。
「あーあ、何だよ。これじゃ人形相手に俺が独り言を言ってるだけじゃねえか。つまんねー」
ちっとは感情出しやがれ。人形なんかじゃねえって。自分はちゃんと生きてるんだって。
そう言ってくれたら――
「…………が……う」
試すように見つめるガルフに、リゼルヴァーンは俯いたまま小さく呟く。
――違う。そう言っているのだろうか。呟く声はあまりにも小さすぎて、ガルフの耳には届かない。
「何だよ。言いたいことがあんなら、はっきり言え!」
吠えるガルフに、リゼルヴァーンが弾かれた様に顔を上げる。
――泣いていた。リゼルヴァーンの瞳から零れるように流れる涙が、赤い絨毯に染みを作る。
泣きながら発した言葉は、ガルフが想像していたものとは全く違っていた。
「ありが……とうっ……ありが、とう……」
しゃくり上げながら、それでも言葉を発するリゼルヴァーンに、ガルフは呆気にとられた。
ありがとうって、何で――
「ケーキを作ってくれて、ありがとう……話してくれて、怖がらないでくれて、ありがとう……っ」
ああ、だから。だから、ありがとうなのか。
きっと今まで――いや、いま現在もリゼルヴァーンは奇異の目で見られている。城の家臣や召使い、それに兵士達も口や態度には出さずとも、きっと裏では世間と同じようなことを思って、噂しているに違いない。自分がどんな目で見られているのかは、幼いながらもきっと気付いている。気付かないほど子供ではないし、傷付けられて冷静でいられるほど大人でもない。そんな自分に構ってくれるのはきっと、王や王妃くらいだったのだろう。もしかしたら、こうやって向き合ってくれる他人は初めてだったのかもしれない。
何だ、ちゃんとあるじゃねーか。ちゃんと言えるんじゃねーか。
いつの間にか、胸のもやもやが消えていることに気付いた。そうか、悔しかったんだ。感情を押し殺し、じっと我慢するリゼルヴァーンをどうすることも出来ぬ自分が、歯痒かったんだ。
「何だよ、あるじゃねえか。ちゃんと、感情」
涙を零し続けるリゼルヴァーンに、ガルフはぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。
「あるよ。……だって、生きてるんだから」
涙を拭いながら、初めてちゃんと返答したリゼルヴァーンに、ガルフは思わず苦笑した。
リゼルヴァーンの部屋に訪れて五日目。初めて会話を交わし、手作りのケーキを味わって。
ギルヴァーンの為に仲良くなるのではなく、リゼルヴァーンだから仲良くなりたいと思った。
それは、群れに取り残された時に感じた孤独を、リゼルヴァーンにも感じたからかもしれないと思った。しかし、最早そんなことなど関係無いと感じるほど、リゼルヴァーンとガルフは距離を縮めていった。
――孤独を互いに補うように。




