02
試行錯誤して、やっとの思いで紫色の食材の皮をいくつか剥いた。
それでも籠の中には紫の丘となって、嫌になるほど残っている。ガルフは何も言わないが、もしやこれ全部を剥くのだろうか。そう考えた瞬間気が遠くなった。
「ガルフ……もしかして、これ全部?」
恐る恐る問うアキの口調に、ガルフは平然とした様子で答える。
「ああ、全部だ。朝食から夕食までの分だからな」
「今から準備するの?」
「ああ。その方が楽なんだよ。朝にぱっと終わらせちまった方が、後々すんなり行く」
項垂れそうになる首を何とか持ち堪えさせる。自分から手伝うと言った手前、易々と手を上げる訳にはいかない。
ガルフが別の食材を切り刻む横で、アキはひたすら紫色の物体と格闘した。
集中している所為もあるのだろうが、ガルフはそれから一言も喋らない。しかし料理中、何も会話が無いというのも何だか空しい。
ガルフは顰めっ面のまま黙々と食材を調理していて、その様子に声をかけていいものか躊躇われたが、気になっていたことを尋ねてみるチャンスだと思った。
「ねえガルフ。この屋敷って、他に使用人はいないの?」
実はこのことは最初から気になっていた。城のような建物なのに、居るのはたった数人。アキを合わせても六人と一匹だ。どう考えても、屋敷と使用人の比率がアンバランス過ぎる。しかも、リゼルヴァーンは魔界の王だ。王の屋敷にしては、使用人の数は少なすぎる気がした。
アキの問いに、眉間にさらに皺を寄せるガルフは渋る素振りを見せた。
「ガルフ?」
なかなか口を開こうとしないガルフに、アキは皮を剥く手を止めた。よく見るとガルフの手も止まっている。
「あー……それな。ま、気になるよな」
曖昧な答えを返すガルフに、アキは怪訝な表情を浮かべた。
何か理由があるのだろうか?
答えを待つアキに気付いたのか、ガルフは観念したように口を開いた。
「俺が勝手に言っていいもんか……ま、お前なら大丈夫だろ」
何が大丈夫なのかは分からないが、取りあえず話してはもらえるようだ。
ガルフは調理が止まっていた手を再開させると、変わらぬ口調で話しだした。
「アイツ……リゼルはな、この屋敷に軟禁されてんだ」
「――え?」
――軟禁? 何故? どうして?
思わぬ言葉に後が続かない。それが何を意味しているのか、アキには窺い知ることは出来ない。
「アイツ、髪白いだろ」
「う、うん。それが?」
「白は、魔界では異端の象徴。生まれつき白髪のリゼルは、魔界中から畏怖され、嫌厭された。魔界の王だからっつう、そういう対象でじゃない。在り得ないものとして見なされた」
語る口調はどこまでも淡々としていて、それが逆に胸に突き刺さる。
「嫌悪され、非難されるリゼルは相当危なかった。いつ殺されてもおかしくなかったんだ。……白は、異端だからな」
言葉を紡ぐことが出来ない。ただ黙って、ガルフの言葉に耳を傾けた。
「それを心配した女王陛下が、この屋敷に軟禁することに決めたんだ。こんな場所にそう易々と手をかけてくる奴もいねえだろうし、何より陛下の術のおかげで強力な防御壁も備わってるしな」
俄かには信じられないようなことが、次々とガルフの口から語られる。
「んで、この屋敷に住むに当たって、使用人は必要最低限の数でいいとリゼルが言い出した。勿論、陛下は納得しなかったが、城に居る周りの奴等はそれを呑んじまった。体よく追い出そうとしてんのが丸分かりだったな」
最後だけ、呆れたように怒りを込める。ガルフもその場に居たのだろうか。
「結局リゼルの主張を尊重する形で、最低限の人数だけでこの屋敷に住むことになった。ラースは命令されてんだろうが……俺は自分の意思で、ここに居る」
放つ言葉に、嘘はないのだろう。分かり難い表情の中にも、強い意志が見える。
使用人の数の少なさの理由に、そんなことがあっただなんて。アキは思わず打ちのめされそうになっていた。
いつも笑顔で、悩みなんて一つも無さそうなリゼルヴァーン。しかし、いま現在もその過去は彼を悩ませ、苦しめているのだろうか。
「何で……ガルフはここに?」
躊躇って、やっと発したアキの言葉に、ガルフは静かに答える。
「俺はリゼルと、兄弟同然に育った。……だから、放っとくことは出来なかったんだよ」
気の利いた台詞が出てこない。きっといままでにリゼルヴァーンやガルフ達は、色々な辛い経験をしてきたのだろう。異端だと蔑まされ、罵られ傷付けられてきたのだと思うと胸が苦しい。
しかしいま何を言ったとしても、それは上辺になるような気がした。同情なんてしたくない。この優しい人達を、もっと傷付けてしまうのが怖い。そう思ったら、もう言葉を紡げなかった。
「少々、お喋りが過ぎるのではないですか? ガルフィン」
何の前触れもなく厨房に姿を現したラースに、アキは驚いた。
ガルフも驚いているのか、目を見開いている。ラースの気配は感じなかったみたいだ。
「チッ……嫌な奴がやって来やがった」
「心配要りません。私も、貴方のことは好きではありませんので」
笑顔でさらりと言ってのけるラースの態度に、更に眉間に皺を寄せたガルフだったが、反駁するのは止めたのかまた調理に手を戻した。
「何しに来た?」
「紅茶を頂こうと思ったら、貴方達の声が聞こえたもので。……しかし、関心しませんね。彼女にリゼル様のことを話すのは」
痛いほど冷たい瞳のラースに、ガルフは関係無いとでも言うように手を動かす。
「別にいいだろ。もうコイツは、屋敷の住人だ」
屋敷の住人――ガルフは、少なくともそう思ってくれているのだろうか。
ラースは呆れたような溜息を吐いて口を開いた。
「……まったく。リゼル様といい、貴方といい。勝手なことばかり為さる」
その言い方が本気で怒っている訳ではないことに、アキはようやく気付き秘かに胸を撫で下ろした。
しかし思い出してしまう。“白の意味”を。白が異端の象徴であると言うのなら。
――しかも“白”とくりゃ……相当悪質だな――
ガルフが以前言った言葉が脳裏を過ぎる。白が似合うと言ったラース。そして――リゼルヴァーン。
アキの心に黒くどろりとした、言い知れぬ不安が一気に渦巻いた。




