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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第四章 役割を探して
17/60

01

 屋敷の住人達にはそれぞれ役割がある。

 リゼルヴァーンは屋敷の主で、ラースはリゼルヴァーンの教育係。ガルフはコック、ルルムンとレレムンは召使い。シェットはリゼルヴァーンの使い魔だ。

 そしてアキは――

「……私、何の役割も無ない」

 一体、何の為にこの屋敷に住んでいるというのだろう。リゼルヴァーンの厚意に甘え、この屋敷に住まわせてもらっているが、言葉の通りただ『住んでいるだけ』だ。この屋敷に来て早くも一週間は経とうとしている。その間何をしていたかと言うと、食事をし、住人達が暇な時には会話をし、独りの時には屋敷の中を探索して、夜になったら眠る、というサイクルを繰り返していただけだ。

 最初は手伝いを申し出たのだが、リゼルヴァーンは「何もしなくていい」の一点張りだった。ガルフに話せば「出来ることは何もない」とあしらわれ、ラースに至っては「邪魔」だと冷たい笑顔ではっきり言われた。

 何もすることがないというのは、結構つらい。時間の流れがとてつもなく長く感じる。学校で授業を受けて、「長い暇だ」と思う比ではない。唯一時間の流れを確認出来る満月を、この一週間何度窓から見つめたことか。時間の流れによって変わる色と位置の変化を、アキはこの一週間で殆ど把握出来るまでになっていた。それ程までに、する事がなく月を見つめ続けていたことにも驚愕だったが、アキにはもう一つ耐え難く思うことがあった。

 いま、両親や友達は何をしているのだろう。家は? 学校は? 私が消えて、騒ぎになってる?

 未練がある訳ではない。帰りたいとも思わない。しかし、アキの脳裏に消えては現われ消えては現われを繰り返す、元の世界の風景や人々。それが否応無しに思い出させるのだ。自分はこの魔界の住人ではないことを。

 思い出そうとしている訳ではない。ただ、何もせず月を見つめ続けていると考えてしまう。家族のこと、友人のこと。そして、自分自身のことを。

 家に居ても、学校に居ても、自分の居場所はどこにもないと思っていた。だから、魔界だと言われても元の世界に戻るよりはましだと思った。事実、この屋敷の住人達は親しみやすく、人柄も良い。一緒に居て、居心地が良いと素直に思える。

 だからこそ、役に立ちたい。必要とされたい。私もこの世界に馴染みたい。少しでも、魔界の住人に近づけるように。

 だから、この感情は要らない。必要ない。思い出してはいけない。中途半端な気持ちでは、何も変わらないし、変われない。そうでなければ、ここに残った意味がない。

 その為にも、じっとしては要られない。行動しなければ同じことだ。

 アキはすっくと立ち上がると、自室の扉に手をかける。

 こうなったら強行突破だ!

 勇んで拳を作ると、アキは廊下を駆けだした。


◇  ◇  ◇


 一階にある厨房の前に来ると、アキは中を覗き込んだ。思っていた通り、ガルフが朝食の準備に取りかかっている姿が確認出来た。屋敷の中で起き出すのが一番に早いのはこの為だ。火の前で鍋の中をかき混ぜるガルフの後姿を確認して、アキはそっと近づいた。音を立てないように、ゆっくり忍び足で近づいていく。忍者にでもなった気分だった。

 ばれませんように。心の中で呟いた途端、それに答えるように声が響いた。

「何やってんだ?」

 あと数メートルという時点で、ガルフに声をかけられた。しかし彼は後ろを向いたままで、相変わらず鍋の中をかき混ぜている最中だった。

「あれ……気付いてた?」

「当たり前だ。音立てねえでも、気配で分かんだよ」

 呆れた口調のガルフは、きっと眉根に皺が寄っているだろう。その姿を予想して、ガルフに近づき顔を見ると見事に的中していた。

「何か用か?」

 不機嫌な口調ながらも直ぐに追い出そうとしないので、この場に居ることは許されるようだ。

 かき混ぜる鍋の中を見つめながら、アキはガルフに話かけた。

「手伝えることない?」

「ねえな」

 ばっさりと一瞬で切られる。しかし、それは予想の範囲内だ。まだ諦めない!

「お願い。少しだけでもいいから、何か手伝いさせて?」

「だから、何もねえんだよ。手伝えることなんて」

「そこを何とか!」

「お前な……」

 拝み倒すアキに、ガルフは渋い表情を浮かべる。嫌がられても、鬱陶しがられても、これ以上何もしないでいるのは苦痛だ。ガルフなら、頼めば引き受けてくれるのではないだろうかと少しの期待を抱いていた。怖いのは顔と口調だけ。中身はアキと劣らずの不器用さんで、人が良いのは認識済みだ。頼み続ければ、いつかは折れてくれるのではないか。アキはそう踏んだ。

「……料理、出来るのか?」

 怪訝な表情で尋ねるガルフに、アキは勢い良く頷く。何の根拠も自信もなく、厨房へやって来た訳ではない。

「大丈夫。私、家では家事全般やってたから」

「へえ」

 以外そうな顔で見つめて、そして口角を小さく上げる。笑っているのかもしれない。

「じゃあそいつの皮、剥いでみろ」

 視線の先に、紫色のごつごつとした物体が籠の中に山ほど積まれているのが見えた。基本的には丸い形だが、表面のごつごつ加減が否応無しに強烈で、それが異彩を放っている。

 こんな食べ物は見たこともない。野菜なのか、果物なのか、それとも別の何かなのか。

 拳くらいの、丁度掴みやすい大きさのそれを取りあえず掴んでみる。

「――ッ! 何、この臭い!?」

 嗅いだこともないような異臭がアキの鼻腔を突く。臭いに鼻がもげてしまいそうだ。数センチの距離で異臭の度合いがかなり違う。人間界にはない食材に、アキに驚きと動揺が走る。

 ガルフが作る料理は元の世界にある料理といつも同じような味がしていたので、てっきり食材も同じなんだと思っていた。

 しかし、それは考えれば分かることで。人間界でも、大陸や気候の変化で育つ植物や動物などの生態は違う。それならば、異なる世界の食材が同じな訳がないのだ。ましてや、この世界に太陽は存在しない。日光を浴びて育つような植物や生き物は、居ないに等しいのだ。

「臭いなんて気にしてたら、調理なんて出来ねえぞ」

 試すようなガルフの口調に、アキは口を噤む。

 そうだ、少しでも役に立たないと。でないと、私は。

 アキは手渡されたナイフを、その紫色の物体に宛がった。

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