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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第三章 身だしなみは大切です
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06

「アキ、無事か!?」

 血相を変えて飛び込んできたリゼルヴァーンは、肩で荒い息を繰り返していた。

 相当急いで来たのだろう、額には汗が滲んでいる。前髪が跳ねているのは走った所為だろうか。今朝見た時は整っていたのに、いまでは寝癖が付いたみたいにぼさぼさだ。

 アキの存在を確認すると、リゼルヴァーンは一直線に近づく。その表情は驚くほど強張っていて、アキは思わず後ずさった。

「何もされていないか?」

 問うリゼルヴァーンの口調と表情は真剣で、アキは疑問に思いながらも素直に頷く。それを見てやっとリゼルヴァーンは安堵の溜息を吐いて、がくりと膝を地に着けた。

「良かった……」

 溜息とともに吐き出された呟きに、アキは首を傾げた。

「リゼル、どうしたの?」

 問うアキに、リゼルヴァーンはさっきとは打って変わって安心したのか笑顔を見せた。

「いや、ラースが面白いものが見れると言うから、てっきりアキに何かしたんじゃないかと思っていたんだ」

 それでここまで走ってきたと。一体ラースの発言にはどれほどの威力が潜んでいるのだろうか。面白いものが見れると聞いただけで血相を変えて走ってくるなど、相当なものだ。今までラースの発言に痛い思いをしているのかもしれない。揶揄された自分のことを思い出し、アキは同じ境遇を味わうリゼルヴァーンに少なからず同情を抱いた。

「でも良かった。アキが何事も無くて」

 言って笑ったと思ったら、リゼルヴァーンははっと気付いたようにアキに釘付けになった。

 じっと見つめる表情からは感情を読み取ることが出来ない。ただ呆けたように、口をぽかんと開けたままアキを見つめている。

 ああ、この視線が辛い。きっとリゼルは、このドレス姿を見ているんだ。

 そう思ったら、身体中燃えるように熱くなった。熱を帯びたように、顔が火照るのが分かる。

 はっきり言って恥ずかしい。こんな姿を、じっと見つめられることに慣れていない。何か言ってくれればいいが、リゼルヴァーンはじっとアキを見つめ、口を閉ざしたままだ。

 もう限界! こっちから何か言わないと居た堪れない!

「おや。本当に着たのですね」

 恥ずかしさが最高潮に達し、口を開こうとしたアキを遮ったのはラースの声だった。

 相変わらず楽しそうな表情を浮かべるラースはゆっくりと近づく。

「何を呆けているのですか。だらしない」

 ラースの声にはっと我に返ったのか、リゼルヴァーンはびっくりした様子で顔を上げた。そして素早い動きで立ち上がると、ぎこちない動きで数歩後ろへ下がる。

 明らかに態度がおかしいリゼルヴァーンを見つめ、ラースが狙いを定めた猫のように目を細め、にやりと口元で笑みを作ったのが見えた。

「ほら、私に感謝したくなったでしょう?」

「……どこが面白いものだ」

 不機嫌な声がアキの胸に突き刺さる。嫌なものを見せられたと思っているのかもしれない。自分が思っていた以上に痛いものなんだなと、アキは胸を押さえ痛みが過ぎるのを待った。

「面白いどころか……」

 尻すぼみするリゼルヴァーンの言葉に不機嫌さが消え、変わりに戸惑いの色が見えて、アキは思わずリゼルヴァーンの顔を見直した。

 頬にほんのり色ずく赤は、アキの胸の痛みなど一瞬にして消し去ってしまった。そして、ぽつりと零す言葉にアキの心臓がどきりと跳ねる。

「卑怯だろ、これは」

 視線を逸らし眉間に皺を寄せるその姿は恥ずかしがっているのだろうか。想像もしていなかったリゼルヴァーンの姿に、アキもつられて頬を染める。

「ご、ごめんなさい」

 思わず謝るアキに、リゼルヴァーンは慌てて口を開いた。

「ち、違う! 別に、似合ってないとか、そういうことではないぞ! ただ、その、意表を突かれたというか、不意を衝かれたというか……」

 最後はぼそぼそと言葉を濁し、何を言っているのか聞き取ることが出来ない。しばらく逡巡した後、リゼルヴァーンはやっとアキを真正面から見つめた。

「とにかく! 俺が言いたいのは……かっ……」

 言いかけて、更に顔が赤くなる。これ以上赤くなると、蒸気が発生するのではないかというくらい熱を帯びている。

「何ですか? はっきりしなさい」

 今まで黙って傍観していたラースが横から茶々を入れる。それに同意するように、シェットからも早く言えと野次が飛ぶ。

「お前達、ちょっと黙っていろ! だ、だから……その……」

 言葉を紡ぐのをただじっと待ち続けるアキの耳に、ようやくはっきりとした声でリゼルヴァーンが言葉を発した。

「似合っている。お前は、白が似合うな」

「え?」

 自分では似合わないと思っていた。しかしリゼルヴァーンが嘘など吐かない人物であることは知っている。たった二日間だけでも、彼の真摯な態度や言葉はアキの心中にしっかりと刻まれていた。

 だからこそ、白が似合うと断言するリゼルヴァーンに驚きつつも、疑問が浮かぶ。何故?

「お前は綺麗な黒髪だから、その白のドレスがよく映える」

 さっきの戸惑いなど嘘のように、リゼルヴァーンはにこやかに微笑んで答えた。

 ずるい。そんな笑顔で言われたら、そう思ってしまうじゃないか。

 白の苦手意識が無くなった訳ではない。しかし、リゼルヴァーンの言葉を少しだけ信じてみようと思う自分が居るのもまた事実だ。

 ありがとうと短い言葉で恥ずかしさを拭い去ると、アキは誤魔化すようにラースに向き直った。

「これで満足?」

 口をへの字にするアキに、ラースは楽しそうに微笑んだ。

「ええ。次も楽しみですね」

 もう絶対嵌められるもんですか。

 心の中で誓うアキの目の前に、ルルムンとレレムンが仲良く並んでこちらを窺っていた。

「良かったね、アキ」

 笑顔で頷くと、二人も嬉しそうに微笑んだ。

 ただ、ガルフの言った言葉がアキの中で疑問となって残ったが、今はもうリゼルヴァーンの言葉だけで十分だと思った。



 そして、アキが制服と双子の服を着回すようになったのはその日からとなった。

 やっぱり制服が恋しくなったという理由は、皆には秘密にした。

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