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魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第三章 身だしなみは大切です
14/60

04

 遅い。一体何をやっているんだ。

 薄暗い地下で、リゼルヴァーンは待てど暮らせど現われる様子を見せないラースに痺れを切らしていた。この訓練にリゼルヴァーンが遅れることはあっても、ラースが遅れてくることはまずない。いつも先に待っているのはラースであった。

 何かあったのか?

 少しだけ不安も抱いたが、ラースに限って心配は不要な気もした。そんなことを考えていたなどとラースに伝われば、冷たい笑顔を向けられるに決まっている。しかし何事もないであろうにせよ、ラースが来なければ話にならない。このままサボってしまいたい気持ちは少なからずあったが、後の事を考えるとそれも躊躇われた。

 仕方がない。捜しに行くか。

 ラースを捜しに行く破目になるとはいつもと反対だなとか、そんな事を考えながら螺旋階段を上ろうとした時、上から靴音が響いた。

 急いだ様子もなく、規則正しい鋲の音を響かせて階段を下ってきたのはラースだった。

「遅いぞ、ラース。今日は俺が待たされた」

 口を尖らせるリゼルヴァーンに、ラースは「すみません」とだけ答えた。そして小さく笑う。その様子がどこか楽しそうに見えて、リゼルヴァーンは思わず疑問を口にした。

「楽しそうだな?」

「そう見えますか?」

「ああ。笑顔だからな」

 しかも、悪い方の。

 心の中で付け加える。口に出さないのはお約束だ。

「からかい甲斐のある人なので、つい」

 笑顔のラースに、リゼルヴァーンは思い当たる人物を思い浮かべた。

「……アキか?」

「リゼル様にしては、勘が良いですね」

「勘は良いんだ、勘は」

 勘だけが良いという意味にもとれたが、あながち間違いでは無いような気もするので自分で先に言っておく。勘も悪いのであれば、それこそ出来損ないだ。

「これが終わったら面白いものが見れますよ。頑張って早く終わらせましょう」

「面白いもの?」

 何だか嫌な予感がする。ラースがそう言って良かった試しは余り無い。

 怪訝な表情を浮かべるリゼルヴァーンに、ラースは口元で笑みを作った。

「心配は無用です。寧ろ私は、リゼル様に感謝して頂きたいくらいなのですから」

 意味が分からない。アキと関係しているのだろうが、たったこれだけの情報では何を企んでいるのか窺い知ることは出来ない。

 アキに何かさせようとしているのだろうか。楽しげな表情を浮かべている時が、一番危ないのだこの男は。

 納得がいかない様子で頬を膨らますリゼルヴァーンに、ラースは意地の悪い笑みを浮かべた。

「気になりますか?」

 気にならない訳がない。しかし、ここで頷いてしまってはラースに揶揄されるのは目に見えていたし、何だか気に食わない。リゼルヴァーンは有りっ丈の虚勢を張る為に、態と鼻を鳴らしてみせた。

「気になどならん! ほら、さっさと終わらせるぞ!」

「承知しました」

 何だか見透かされているような気がする。ラースは素直に言葉に従ったが表情は楽しげであった。

 こうなったら何が何でも早く終わらせてやる! 一刻も早く、アキの無事を確認しなければ!

 リゼルヴァーンは今までに見たこともないくらいのやる気を見せ、その様にラースは満足げに頷いていた。

 まさか、これがラースの狙いではないだろうな?

 そんなことも考えたが、もはやリゼルヴァーンの頭の中にはアキの安否のことしかなかった。


◇  ◇  ◇


「ねーねー、お腹空いたー」

 足に、黒に近い銀色の尻尾が纏わりつく。無視を決め込むと、尻尾どころではなく身体全体を使って絡み付くように纏わりついた。

「ねー、お腹空いたってばー」

 座る足元の間から顔を覗かせるシェットの耳はぺたりと垂れていて、その威厳の無さは狼などという名は相応しくない。

 ああ、鬱陶しい!

 いい加減腹に据えかねたガルフは、手に持っていた読みかけの本をシェットの頭上に振り翳す。相当に厚みのある本は「ゴンッ」と音を立てて見事シェットの脳天に直撃した。

「痛ーい! ちょっと! 叩くことないでしょ!?」

 抗議の声を上げるシェットをガルフは歯牙にもかけず、そのまま読みかけの頁を開いて目を通す。

「うるせえ。ワンとでも吠えて痛がってみろ」

「犬じゃないってば」

「お前みたいなヤツは、犬で上等だ」

 じろりと睨みつけるような視線を感じたが気にしない。人の邪魔をする奴は鉄槌を食らう刑に処すまでだ。

「何だよー。ガルフなんて餌作るぐらいしか能が無いくせにー!」

 垂れていた耳を今度はピンと立たせ、尻尾を床に叩きつける。まったく、気分がころころ変わる奴だ。

 ガルフは面倒くさそうに表情を歪めると、頁に目を通したまま口を開いた。

「……ったく。俺はお前の主人かっつの」

 半分呆れた口調のガルフに、シェットは楽しげに答えた。

「まあ、半分はそうだよね」

 半分は、じゃねえよ。全部アイツのだろ。

 リゼルヴァーンを思い浮かべて深い溜息を吐いた。まったく、えらい奴を使い魔にしたもんだ。

 最早、餌を貰えるから懐く狼に、ガルフは怒りを通り越して呆れるしかなかった。

「で? 何食いたいんだよ?」

 渋々椅子から腰を上げる。こうやってシェットに強請られるのは日常茶飯事だ。

「やった! やっぱりガルフは話が解るよねー」

 打って変わって尻尾を左右に勢い良く振るシェットに、最早返す言葉も無い。

 仕方ない。さっさと作ってしまおう。いつまでも纏わり付かれては堪らない。

 さっそく厨房へ向かおうと足を向けた途端、荒く扉が放たれ見知った人物が姿を現した。

「あー、こんな所に居たー! ガルフ、シェット早くこっちに来て!」

 弾むように話すルルムンの様子に、ガルフとシェットは互いに顔を見合わせた。

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