03
やっぱり、さっき少しだけ驚いた顔をしていた気がする。
ラースの僅かな表情の変化を、アキは見逃してはいなかった。案の定、ラースは悩んでいるのか怒っているのか微妙な表情をしてアキを見つめた。
「貴女、彼女達の服を着たいのですか?」
その声で訝っているのが分かる。
直ちに訂正しなければ。着たい訳ではない。借りたいだけだ。
そう反論する為に開いた口は次のルルムンの発言に言葉を失い、ぱくぱくと宙を食んだ。
「アキ、この服着たいんだってー」
ラースが渋い表情を浮かべる。
「そうですか」
何処か躊躇うような素振りを見せるラースに、アキは慌てて声を上げた。
「ちょっと待って! 違うから!」
「何が違うのですか?」
問うラースの表情は疑惑に満ちていながらも、冷めた目をしていた。
恐ろしいが、話さない訳にはいかない。このまま勘違いをされては堪ったものではない。
「だから、服を着たい訳じゃないの。借りたいだけなの」
「何故?」
「いやほら。私ずっと同じ服着てるから、臭いとか汚れが気になって」
分かるでしょ、この気持ち。
口には出さないが、雰囲気で理解させようと表情を曇らせた。しかし、努力も空しく敗れ去ったと自覚したのは、ラースの冷たい嘲笑が聞こえたからだった。声高らかに笑うのではなく、鼻で小さく笑うような人を馬鹿にした笑いが辺りに響く。
ラースらしい笑い方だが、やはり腹は立つ。そこまでおかしなことではないと思う。
アキは堪らず声を荒げていた。
「そんな笑い方しなくてもいいじゃない」
「これは失礼。しかし、貴女がご自分の身体の作りにそれほどの自信があったとは知りませんでしたので」
「は!?」
何故そう解釈されるのかが分からない。相変わらずラースは口元で笑みを浮かべ、おかしなものでも見るような目をしてアキを見つめている。
「臭いや汚れが気になるから、服を借りたいと。それは分かりました。しかし服を借りるのであれば、別に彼女達の物である必要は無いのでは?」
勝ち誇ったような表情が、アキに羞恥心を抱かせる。確かにそれは少しばかり頭に過ぎった考えだったが、アキに男物の服を着るという選択肢は無かった。同性ならいざ知らず、異性の、しかも知り合って間もない間柄の男性の服を着るなど、アキには考えられないことだったのだ。
何も答えず顰めっ面で頬を染めるアキに眉を顰めるラースだったが、服の山から一枚取り出すとアキに突然差出した。
「貴女には、この色が似合っていると思いますよ」
そう言って手渡したのは、フリルがふんだんに使用された白いミニ丈のドレスであった。
セクシーというよりはキュートなデザインの服で、他の物よりはまだアキにとって抵抗が少ない装いのものだった。
「……白?」
何故白を選んだのか疑問だった。アキはいつも黒い服を好んで着用しており、白などもっとも回避する確立が高い服であった。白は可憐で清楚で可愛い女の子が着るものだと勝手にイメージしているのも、その理由の一因であった。
白は自分には似合わない。それがアキにとって、白を拒む最大の理由だ。
「おや、気に入りませんか。もっと大胆な方がよろしかったですか?」
そう言って次に取り出したのは下着同然の、服と呼べるか疑わしい、半分透けた素材が使われた赤のドレス。ラースはそれを広げてアキの身体に宛がうと、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
からかってる!
アキは漸くその事態に気付くと、初めに差出された白いドレスをラースの目の前に掲げた。
「これを着ればいいんでしょ!?」
殆ど自棄であった。このままいいように言われ続けるなんて御免だ。馬鹿にされて堪るか。
そんな思いで叫んだ一言だったが、ラースのしたり顔を見た瞬間愕然とした。
思う壺になっていたのは、自分であったのだ。そのことに今更後悔がどっと押し寄せてきた。
何であんなことを言ってしまったんだろう。よく考えれば、ラースが罠を張っていることなど分かるではないか。汗が滝のように流れているのは気のせいだろうか。動悸も激しくなってきた気がする。
アキの動揺を嘲笑うように見つめて、ラースは楽しそうに微笑んだ。
「これは楽しみですね。その白いドレス、さぞかし貴女に似合うのでしょうね」
本気で思っていないのが丸分かりなラースの態度だったが、アキはただ黙っていることしか出来なかった。
やってしまった。嵌められた。悔しい。
そんな言葉が頭の中をループした。無かったことになんて、してくれる人物であるはずがない。このドレスを身に着けた姿を見ないことには、諦めることはないだろう。
「どうしたのですか? 早く着替えて見せてください」
楽しそうなラースの表情にからかいの色が見える。
着たくない。着たくないが、着なければラースの揶揄は終わらない。
逡巡するアキに、凍りつくくらい爽やかな笑みを浮かべたラースが顔を近づけた。
「着替え方が分からないのであれば、手伝いましょうか?」
一瞬何を言われたのか分からず、呆けた表情でラースを見つめ返した。
手伝う? 何を? ……着替えを?
やっと答えに辿り着くと、アキは真っ赤に顔を染めて叫んでいた。
「結構よ!」
一体何を言い出すんだ、この男は。からかうにしても度が過ぎる。さっきのはどう考えてもセクハラだ。
怒りと羞恥で顔を顰めるアキに、ラースはまったく怯んではいなかった。しかも、変わらぬ笑みえを湛えたまま余計な一言を浴びせた。
「貴女の裸など見ても、私は何とも思いませんよ」
まったく質が悪すぎる。
言い残して立ち去るラースの後姿を眺めながら、アキは無言の反駁を返した。




