06
ガルフの言っていた『言の葉』の正体は、分かりやすく言うとテレパシーのようなものらしい。
彼らは自分の思考を相手に送ることが出来るのだ。そして、それに対して返事を送り返すことも出来るらしい。しかし『言の葉』は誰から発せられているのかが分かり難いらしく、相手の断定は極めて高度な精神力と魔力の持ち主でないと難しいのだとか。
犯人をラースかリゼルヴァーンだと決め付けていたガルフは、以外な人物の自首に目を見開いて驚いていた。
名乗り出たのはレレムンとルルムンの双子だった。彼女達は早くガルフに帰ってきてほしくて『言の葉』を送り続けていたらしい。「アキの誕生日に祝う料理を早く作ってほしかったから」と涙ながらに告白するその様に、ガルフは頭を抱えていた。
結局最後は二人の頭を軽く叩いて「今度から限度を考えろ」と言うだけに留まった。女の子二人の涙はかなり堪えるものがあったらしい。
その様子にラースが一切口出しをしなかったのはかなり意外であったが、最後には二人の頭を撫でていたのでやっぱり甘い。
『言の葉』の犯人の正体も分かり、その後誕生日会の準備は着々と進んだ。
ガルフの料理を作る手際の良さは見事なもので、あっという間にテーブルには様々な料理が並んだ。短時間で作ったとは思えないような手の込んだ料理まであり、彼がコックとしてこの屋敷でいかに重宝されているかが窺える。ヨーロッパの料理にあるようなスープやパン、ステーキ、かと思えば中華の様な麺類、蒸し物まであり彼のバラエティーは豊富だ。
広間はあっという間にパーティー会場のように華やいだ雰囲気になった。
美味しい匂いを漂わせる料理の数々、簡易だが手作りの飾りに、誕生日を祝ってくれる人達。
本当に、いつ以来のことだろう。誕生日を祝ってもらうことは、もう二度と来ないかもしれないなんて思っていたのに。まさか日本を離れた異国の地で、誕生日を祝う日が来るなど、誰が予想出来ただろうか。思っても見なかった事態に困惑しつつも、やはり心の中では特別だと、祝ってほしかったと主張している。知り合って間もない人達が、自分の為に開いてくれる誕生日会。嬉しい。だが、それだけで良いのだろうか。
そして、アキの中で一つの提案が浮かんだ。
「ねえ皆! 皆は誕生日がいつか分かんないんだよね? だったら、今日一緒にお祝いしない?」
唐突なアキの発言に、皆は呆気に取られているようだった。喋ることも忘れてぽかんとしている。
それでも構わずアキは言葉を続けた。
「誕生日を祝ってくれるのは嬉しい。だけど、皆と一緒だともっと嬉しい。私と一緒の日じゃ嫌かもしれないけど……駄目かな」
反応が返ってこないことに、アキは自分の発言を後悔した。
やっぱり嫌だったかもしれない。自分の誕生日はちゃんとあって、けれど彼らはそれを知らないだけなのである。それを「私と一緒に祝いましょう」と言われて、「はい分かりました」と簡単に言えるものでないことは確かだった。
自分の浅はかさに、アキはほとほと苛立った。
「アキがそう言ってくれて嬉しい。みんな、今日が俺達の誕生日にしよう!」
一番に声を上げたのは、やはりリゼルヴァーンであった。皆を見渡し、最後にアキに目配せする。もう一押し、そう言っているように感じる。
躊躇いつつも、アキは口を開く。
「良かったら、皆も一緒にどうかな」
暫くして僅かに聞こえた溜息が、びくりとアキの肩を竦めさせた。
「……勝手にして下さい」
ラースの冷たく放つ言葉の中には、呆れた色が混じっていたが拒否はしていないことが分かる。
何となく分かった。どんなに冷たい言葉や態度でも、本気で嫌っている訳ではないのだ。
ここにももう一人不器用な人物を発見し、心の中でアキは苦笑した。
「ルムもアキと一緒の誕生日がいい! レムも一緒がいいって言ってる!」
嬉しそうに話すルルムンの後ろで、レレムンも静かに頷いている。
「何かよく分かんないけど、僕もいいよ」
尻尾を振りつつ話すシェットの隣では、相変わらずの顰めっ面でガルフは逡巡しているようだった。しかし吹っ切れたように溜息を吐くと、初めての笑顔を見せた。それは僅かに口角が上がっただけのものだったが。
「よし! 皆賛成だな! それでは今日は全員の誕生日ということで!」
声高らかに叫ぶリゼルヴァーンに、アキは「ちょっと待って」と付け加える。
「それから、皆に出会った記念日……ね?」
微笑むアキにつられるように笑うリゼルヴァーンの顔は、僅かに赤い。
言った言葉は恥ずかしかったが、記念日が二つ重なることで、幸せも二倍になったような気になるから譲れない。
「そうだな。誕生日とアキと出会った記念日、二つだ! 今日は盛大な日だな!」
祝ってくれる人がいることが嬉しい。
温かな場所に居られることが嬉しい。
心地良い場所が、あったんだ。私にも。
◇ ◇ ◇
「アキ」
呼ばれて振り向くと、リゼルヴァーンが笑顔で近づいた。
「どうだ? 楽しいか?」
「……うん。とっても」
「そうか……良かった」
心配していたんだ。私が、あんな態度だったから。リゼルを子供みたいだなんて侮っていた私が、まだまだ子供なのかもしれない。
心の中で呟いて苦笑した。
「ちゃんと、祝わないといけないぞ?」
不意に、リゼルヴァーンが口を開いた。
先生ぶっているその口調が、何だか彼に似合わずおかしい。
「産まれてきた自分を大切に思って、褒めてあげる日が誕生日なんだから……だろ?」
それはさっきアキがルルムンに話した言葉で。自分で言っておいて、アキ自身がそれを怠っていたことに気付く。
ああ、なんてこの人は――
「リゼルって、ほんとお人好しだよね」
「ん? そうか?」
そうだよ、と言って笑う。リゼルヴァーンは疑問符を浮かべて首を傾げていた。
窓から見つめた満月は優しいオレンジ色をして輝いていた。それが歓迎してくれているような気がして、アキは気付かれぬよう、そっと小さく涙を拭った。




