表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様とワルツを  作者: 星埜ロッカ
第一章 召喚、そして出会い
1/60

01

もう秋だというのに、夕方のじめじめとした暑さが身体中を蝕んでいる。しかし、蝕んでいるのは熱気だけではなかった。

 つまんない。つまんない。つまんない。

 古川亜季(こがわあき)は心の中で同じ言葉を反復させ、盛大な溜息を吐き出した。前を歩く友人二人は女子高生らしく恋愛話に花を咲かせ、亜季の溜息になど気付きもしない。

 何がそんなに楽しいんだろう。

 恋愛話に夢中になれることが、亜季にとっては不思議でならなかった。いつも同じような内容の繰り返しではないか。あの子が誰かと付き合いだしたとか、彼氏の愚痴であったり、芸能人の噂話、可愛い洋服ショップやいま話題になっているのスイーツの話。興味が無い訳ではないが、亜季には女の子特有の雰囲気が苦手でならなかった。

 それに、つまらない理由はそれだけではない。学校での日々の繰り返しも苦痛だった。何の刺激も無い限られた空間の中で、ただ良い大学へ進むためだけに勉強を続ける毎日。生徒を導く立場の教師でさえ、皆同じに見えた。

 それに、家では両親の口論を聞く羽目にもなる。子供が居ようが居まいが関係ない。離婚をするしないについての話が永遠と続くのである。

 自分の居場所なんて何処にもない。亜季は常々そう思い続けていた。

 何処か遠くへ行きたい。誰も知らない、見たこともない景色が広がる場所がどこかにあるはずだ。その場所へ行けば、私はきっといまより幸せになれる。

 確証など何も無かったが、どこか確信めいたものが亜季の中にはあった。

 ここではないどこかでだったら、絶対に幸せになれると。



 ふと、亜季はまだ明るさの残る夕日を見つめて思い出した。

 そういえば、今日は自分の誕生日だったような気がする。ここ何年も、誕生日らしいことは何一つしていない。

 両親に最後に祝ってもらったのはいつだっただろう。それすら思い出せないくらい、特別な日ではなくなっていた。

 今年もまた、いつもと同じ一日として、今日が過ぎていくのだろう。



「ニャア」

 猫の声が道路沿いに伸びる草木の間から聞こえ、亜季は思わずそちらに目を向けた。

 漆黒の猫が、こちらをじっと見つめている。警戒しているように見えるが、手を伸ばせば少しは触れることができるかもしれない。

 亜季はおいでおいでをするように手を差し出すと、少しずつ猫に近づいていく。もう少しで触れられる。そう思った瞬間、「フーッ」と荒い声を上げながら猫は背中の毛を逆立てた。

 そんなに怒らなくてもいいじゃない。少しくらい触らせてくれてもいいでしょ?

 声に出さずに猫に抗議する亜季だったが、猫の視線の先が自分では無いことに気づき、振り返って視線の先を確かめる。

「何も居ないじゃない。キミ、何見てるの?」

 もちろん答えを期待して話しかけた訳ではなかったが、どこか動物相手には話しかけてしまう習慣が亜季にはあった。

 猫は未だ毛を逆立てて警戒していたが、それでも触りたくて、亜季がもう一度触れようと手を伸ばした瞬間――

 自分の手が透けて光っているように見えた。

「え? 何これ……?」

 驚いている間にも、光はどんどん強さを増し、身体中が透明になっていくのが分かる。

「嘘でしょ!? ちょっと!?」

 驚きと恐怖で声が震えた。

 こんなこと普通じゃない。きっと何かが起こっている。

 光に包まれ不安に駆られたが、光そのものには邪気のような、禍々しいものは感じられないことに気付いた。

 大丈夫。この光は安心できるものだ。

 そのことに少しほっとしたが、光はなおその輝きを増していた。

 やがて身体が完全に光に覆われた後、亜季はこの世界から跡形も無く姿を消していた。

 その場に残った漆黒の猫は、「ニャア」と眠そうに鳴いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ