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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合種 -yuri seeds-

AiM

作者: 河中よどみ

 ツマラナイ。

 今やってる地理の授業が特別つまらないというわけじゃない。別に嫌いな科目でも無いし、でも正直、どうでもいいと言えば、どうでもいい授業なんだけど、それが今の"ツマラナイ"のトリガーじゃない。

 私のこの鬱屈とした気持ちの原因は、目の前の席が朝から空席となっているからだ。

 本来であれば、目の前で揺れる長い金髪が窓から射し込む光でキラキラと波打つ様を思う存分楽しめるハズなのだ。

(あーあ、昨日、あんなこと言わなきゃよかったかなぁ…)

 私は深くため息をついた。

 ガックリと肩を落とした時に、肩の辺りで切り揃えた黒髪が揺れる。

 手入れなんて全くしてないナチュラルボーンぼっさぼさヘアーだ。

(美香とは大違いだな…。別にいーけどさ。私はそんなんじゃないし…。大体、オカルト大好き女がキラッキラに髪を整えてたり、がっつり爪の手入れしてたり、メイクなんかしてたらキャラに合わないよねー)

 誰に言うでもなく言い訳をゴチてる間に、授業終了のチャイムが鳴った。

(やっと休憩時間か…。美香、来ないな…)

 結局、2時間目が終わっても空席のままだった美香の席をチラリと見てから、私はカバンから読みかけの本を取り出した。

 ぼっちを自他共に認める私には、休憩時間ごとに集まって喋ったり、トイレに行ったりするような超メンドくさいイベントは無いのだ。

 おかげでゆっくりじっくりたっぷりどっぷりと本を読むことが出来るのだけど。


 ガタガタッ。

 目の前の席が急に騒がしくなった。

 美香だ。

 気の合う友人同士ならすぐにでも話しかけるところだろうけど、筋金入りのぼっち、ぼっちofぼっちズの私は今まで自分から美香に話しかけたことは無い。

 私は読書に没頭しているフリをして美香から話しかけてくるのを待った。

(美香なら話しかけてくれるハズ。私の美香なら、読書に夢中になってるなんていう人の事情なんてお構いなしに話しかけてくれるハズっ)

「ありがとー♪ 愛子の占いのおかげでライブのチケット手に入った!」

 息を切らして自分の席についた美香は勢いよく振り向くと私に話しかけてきた。

(キターッ!)

 休憩時間の度に、独りで本を読んでいるだけの私にこうやって話しかけてくるのは美香しかいない。

 私は読みかけの本から目を離し、この世の春を謳歌しまくってるような笑顔に答えた。

「そんな、私は何もしてないわよ。美香が頑張った結果でしょ?」

「そんなことないよー。愛子が今日は願い事が叶うって言ってたから電話を掛けまくる気になったし、ラッキーカラーが黄色だっていうから、今日はハンカチもヘアピンも黄色にしたんだから…それに…」

 美香は私にぐっと近寄ってきた。

 栗色の大きな瞳と長い睫毛、バラ色の柔らかそうな頬と唇が目の前に迫ってくる。しかも、なんだかいい香りもする。

 リア充の女子中学生を固めて作ったら、多分、美香になるんだろうな。

 私には何一つ無いものだ。

 でも、嫉妬なんかしない。ただただ、その全てが愛おしいだけだ。

「それにパンツも黄色なんだよ」

 くすぐるような囁きが私の耳朶を打った。

「………!」

「赤くなって可愛いなー、愛子は」

 自分の言葉で友人が恥ずかしさで頬を染めたと思った美香は、私の頭をクシャクシャっと撫で回す。

 私が頬を染めたのは恥ずかしさではなくて、好意を持ってるヒトの下着姿を想像したからだ。

 でも、ソンナコトを面と向かって言えるワケが無い。

「ちょ…だって…そんなこと、こんなとこで言うとか…」

 私は"恥ずかしさで消え入りそうな声"で美香に注意を促す。

 我ながら、なかなかの演技力だ。

 まぁ、周りの男子たちに聞かれたくないから休憩時間の教室の中なんて場所でそんなことを言って欲しくないのは事実だけど。

「大丈夫だって、愛子にしか聞こえないよーに言ったんだから」

 美香は片目を瞑って私に向かって親指を立てた。

「…なんで、ドヤ顔なのよ」

 私は呆れたと言わんばかりに嘆息する。

 本当は"私にだけ"という秘密の共有にほくそ笑んでいるのだけど。

 美香は絶対気づいてないハズ。

 そう、私の演技力はなかなかのものなのだ。

「いやー、それにしても愛子の占いってスゴいね! 昨日、占っておいてもらって良かったわー。マジ感謝! 激リスペクト! 今回のライブは絶対行きたかったんだよね!」

「そんな…簡単な 占星術(アスペクト)だよ…たいしたことない」

「アスペクト? よくわかんないけど、愛子のおかげだってことは確かだからね♪」

 美香の屈託の無い笑顔が眩しい。

「アスペクトって言うのは…」

「美香ー? 例のチケット、どうだった?」

「リカ、聞いて聞いて! 2時間目までがっつりサボって電話かけ続けたっつーの!」

 私の薀蓄は、アバンタイトルが始まったところで、別の声に無残にも遮られ…終わった。

 背後から呼ばれた美香は踵を返した。離れ際に私にもう一度「ありがとー♪」と軽く手を振る。

 私は、美香に軽く微笑んでから閉じていた本を開いて、すぐページに視線を落とした。

 どれだけチケットを手に入れる為に苦労したかを大げさに語る美香の声がBGMだ。

 私と美香の時間は、もうおしまい。

 ぼっちの私と違って、友人の多い美香を引き止めてはおけない。

 私から声をかけることもないし、放課後に一緒に帰る、なんてこともない。

 ただ、気まぐれに訪れる時間を精一杯楽しむだけ。

 勿論、それだけで満足してるワケじゃない。不満はある。

 私だって、ほんの少しくらい高望みしてもいいんじゃないか、と。

 

 キーンコーンカーンコーン………。

 3時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。

 私は本を閉じ、カバンに仕舞う。

 もう少しで『死ぬほどよく当たる手相の教科書』は読み終えることが出来そうだ。

(手相占いだったら、美香に触れることが出来るよね。合法的に)

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