誠
「おつかれー」
「お疲れ様ですー」
誠が部室で挨拶してから部室棟の廊下に出ると部室の前で一人の女子生徒が立っていた。
誠が出てきたのに気付くと、床においていたバッグを手に持ち、よっと壁側から誠に近づいた。
「それじゃ帰ろっか」
「おう」
それがいつものことのように誠と女子生徒は外に向かって歩き出した。
「理恵は明日予定あるか?」
「へ? あ、あした? ど、どうして?」
「ん? あぁ、別に何かあるわけじゃねぇけど暇だからさ」
「そ、そっかー」
誠の言葉にあからさまに取り乱す理恵。
誠も本当になにかあって明日の予定を聞いたわけではない。
言葉通り、そのままの意味で、暇だから遊ぼう。そんな感じだ。
だが理恵の脳内は、
(わわわ、誠にデート誘われてるぅぅ!)
完全に桃色に出来上がっていた。
「で、どうなんだよ」
「よ、予定ないし、別にいいよ?」
顔の紅潮は隠せない。
にやけてしまいそうになる口をぐっと締めて、そっぽ向くように誠とは正反対の方を向いて言った。
「そうか? なら遊ぼうぜ」
「う、うん!!」
ニコニコニコ。パァアア。
そんな擬音が溢れそうなほどに輝いている理恵の顔を、誠は怪訝そうな目で見つめた。
別に二人は付き合っているわけではない。
それに類する、告白まがいな行為をお互いしているわけでもない。
いや、正確には、理恵が誠に対してそういう行為をすることがあっても、誠から理恵となると一切ない。
一切、ない。
まったくもってない。
「なぁ、理恵」
「ん? なに?」
もう街の街灯の光はついている、そんな夜道で誠は上を向きながら理恵に声をかけた。
「昔俺が話したさ、「不思議の国」の話覚えてるか?」
「え? あの誠の夢の話?」
「そうそう」
「なんとなーく覚えてるよ。っていってももう十年近く前のことだよね?」
クスクスと理恵が笑う。
あの頃の誠は無邪気だったよねぇ、そういいつつ、クスクスと。
「お前はただただ泣き虫だったな」
「う、うるさいなぁ!」
途端、顔を真っ赤にして理恵が叫んだ。
ころころと表情の変わる子だった。
「最近な、よくその夢見るんだよ」
「そうなの?」
さして、特別ななにかがあるわけじゃない。
理恵も、重大なことを聞くように真剣な様子もなく、ただ世間話を聞くように、愛しい彼の話に耳を傾けていた。
だけれど、それは、
とてつもなく重要なことだった。
「あんまり、そんなに「私たち」のことをぺらぺらと言わないで」
ゾクッと誠の背筋が凍った。
突如聞こえた声。耳元で囁くように、諭す様に、脅すように。
違和感を感じた左耳に手をやって左側に振り返った。
だがそこに見えるのはただ街灯が並ぶ石垣だけだ。
「ど、どうしたの?」
誠の右側に立つ理恵が心配そうに誠の肩に手を触れる。
それすらにも誠は敏感に反応してしまう。
ばっと、その手を叩くように振り返る。
「きゃっ!」
「あ、悪いっ!」
なんだ、今のは……。
理恵に謝り、理恵がいいよと許す間も。
誠は左耳の違和感を拭えなかった。