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1.遭遇と接続(6)

 最後に少女に対するチノパンの履かせ方でひと悶着あったけど、栗栖の運転してきた車に三人で乗り込む。僕は運転手をしようとした。それなのに栗栖に「病み上がりだろ」と後部座席に強引に投げ込まれた。研究者のくせに僕の体を投げるな、身長はそこまで高くないけど筋肉で充分重いんだぞ。

 これじゃ完全にちび扱いじゃないか。

「おじゃまします……?」

「それは家に入る時だけでいいよ」

 僕が寝転がるような形で後部座席を占領していたので入っていいか迷ったんだろう。起き上がって隣に座るように促す。

 ちょこんと座った少女は服装のせいでちょっと細い少年に見える外見になっている。野球帽のおかげで特徴的な髪の色もそこまで目立たない。

 車に乗ってしまえば目立つも何もないだろけど。

 正直栗栖が車を運転する姿はあまりイメージもわかなかったが、行き先指定しての自動操縦だから全く問題ない。手動操縦は一部のドライブを娯楽としている人間ぐらいしかしないものになっている。

 歩行者と自動車はほぼ完全分離された道路を通るから、交通事故もシステムトラブルがない限りまず起きない。そして車の中の様子を外から見られることも非常に少ない。

 密会とかも多くが車での移動中に行われる、とまことしやかなに囁かれるほどにドラマや小説でも定番中の定番だ。

 到着予定まであと二十分ほど。それまでに話を聞いておいたほうが聞き耳を心配する必要はない。

 聴くなら今のうちかもしれない。

「どうして君のせいなんだい?」

 栗栖が早速聞き出そうとしてしまった。個人的にはなぜあんな格好をしていてあの場にいたのかが気になるんだけど。どう考えても普通の状況でああなるとは思えない。

「先にひとつ聞いておきます。あなたたちは国家機関とか警備部署(セキュリティー)とかに関係のある方ではないですよね?」

「コネはないわけじゃないけど独立しているよ、それが問題?」

 心なしか安心したような表情を見せる少女。そういえば名前をまだ聞いていない。

「私はヤコって言いますよろしくお願いします」

 ぺこりと僕と栗栖に一回ずつお辞儀をするヤコ。礼儀に関しては徹底した教育でも受けていたのか、それにしてはあまりにも無知すぎる気がするけど。

 どこかの箱入り娘的な感じだったのだろうか。それにしては国とか大きな力を持つ機関を警戒しすぎているのは気がかり。

「えっと……通達とかも来てないんですね?」

「研究所に戻っても『見てない』から気にしない」

 キョトンとした顔になるヤコに栗栖は豪快に笑う。研究所員の癖にこういういい加減なところはどうなのだろうか。それとも緻密な計算しているから、かえって考えること自体がアホみたいに感じるのか。

 栗栖は経費とか採算とか全く考えない。「ケチるってなんだ?」って真顔で言われた時には呆れたもの。だからこそ研究者として大成したのかもしれない。

 ある程度のモラルは持ってもらいたいのは山々だけど。

「えっと……じゃあ『人類並列化計画』のことは知らないんですね?」

「何それ?」

 不覚にも栗栖とハモってしまった。歴史で勉強した徳政令的なものでしょうか。

「人間の脳の未使用領域を利用して並列演算を行う計画があったことはご存知ですか」

 栗栖は首をかしげたけど僕は計画内容にだけは心当たりがあった。人間の脳の使われてない部分を無駄にするのは惜しい。ならば脳波を利用した無線連結を行い、スーパーコンピューターのように使おうというぶっ飛びすぎた研究だ。

 発案者は羽山(はるやま)(ほし)、実の父だ。

 実際には脳波の波長が合わないためリンクそのものができずお蔵入りの研究だったはず。実行に移そうとする研究者そのものが少なかったからこの結果は明らかなものだった。

「そうです、羽山慧さん」

「おいっ!」

 僕が癇癪を起こすと思ったんだろう、栗栖の半分怯えたような怒鳴り声。ヤコはおそらく悪気があって言ったんじゃないっていうことはわかる。でもさすがに釘を刺しておかないとまずい。

「絶対に、人前で、フルネームで呼ぶな。呼ぶなら慧って呼んでくれ」

 僕の語気が強くなったところでヤコは何度もしつこく首を縦に降る。話が脱線……

 いや、脱線よりもっと大切な問題がある。

「なんで僕のフルネームを知っているんだ?」

 僕はまだ一度も名乗っていない。何より『人類並列化』計画の内容だけ知っていたことを僕は語っていない。

「他人の脳とリンクしたからですよ?」

 サラリと言ってのけたけど僕と栗栖は絶句していた。それは他人の脳内を知られずに覗けるということ。PCにハッキング、クラッキングするのとはわけが違う。証拠の残らないスパイ活動を行うことも可能だということだ。

 人間の記憶における最大のセキュリティーは他のネットワークからの完全独立。その前提がぶち壊されている。自分でも声が震えているのがわかる。

「――――脳波の問題は?」

「波長の変換機構が私には備わっているので問題ありませんよ?」

 目の前のヤコという少女は無知なんじゃなくて、教えてもらえなかったという可能性が非常に高い。いくら大きな組織に属していない相手だからといって、普通ならこんな重大なことを初対面の人間に話せない。

 自身に備わったその能力。情報そのものが価値を持つ世界でいかに脅威なのか理解していない証拠だ。

「えと……なんで私のせいなのかってことに話を戻しますね」

 ヤコは若干おどおどしながら話の方向性を戻そうとしている。あまりに衝撃が大きすぎて話がそれてしまった。

「他人と脳をリンクした際、お互いの演算機構の未使用部分の活性化を行って思考速度を何倍にも加速させることができるんです」

 並列コンピューターの考え方に加えて、脳のリミッターの解除を行うようなものなのだろう。

「ただその思考が加速している側の脳からの信号速度、興奮物質の分泌量を限界近くまで引き出すことになってしまいます」

「長時間の運用は不可能ってことか」

 その結果が激しい動悸を引き起こした上に、過呼吸をおこした。

 頭を抱える。過ぎた力であるだけに代償もそれなりに大きいということらしい。

 それを大会中に僕に使ったということか。

「はい……ごめんなさい」

「とりあえず今もリンクしっぱなしなのかな?」

 ちょっと常に自分の思考が他人にダダ漏れなのはいい気持ちがしない。

「ご、ごめんなさい……カットします」

 ヤコは心底申し訳なさそうに俯いて縮こまる。僕としては今後気をつけてくれればいい。

 ただなんとなくこの子があんな格好でいたのかはおおよそ察しがついた。多方その能力を狙った人間から逃げてきたというところだろう。

 問題はなぜドームにいたかっていうこと。

 あの娯楽区画は研究所の建設が禁じられている。隣接した学術区画なら研究所の設置が許されている。だけど大抵は学生が研究を行うのに最低限度な施設をおいている、といった感じ。栗栖の研究所は学術区画内随一の設備などを誇るけど例外中の例外。

 そんな大それた研究ができるとしたら学術区画よりさらに離れたところにある研究区画の奥も奥、最高機密エリア以外ありえない。だけどそこは警備も厳重だし何より非常に距離がある。

 基本飛行機かリニアモーターの列車でない限り丸一日かかる、徒歩は論外だし、そもそもあんな格好だったら乗車前に即刻職務質問が始まる。

 そもそも警備基準が驚異的に高い場所からこんな少女が抜け出せるとは思えない。

「俺としては移動手段についても疑問は絶えないが、まずは安全な部屋を用意してからだ」

 来栖の認証で研究所の門が開く。

 安全な部屋……研究所内にある部屋は僕と来栖の部屋だけだったはずなんだけど。嫌な予感しかしない

「とりあえずお前の部屋に集合な」

 ああ、やっぱりそうなるよね。ロビーとかないしあっても安全も保障されない。でもそれだとあいつが来たら僕が大変なことになるけどさ、そこは考えているのか?



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