1.遭遇と接続(1)
「おおっと! 第32回『POWER=S』第一回戦! 一発の激しい爆発で赤コーナーダウウウウウウウウン!」
快適な温度と湿度、そして気圧を保たれたドーム内に響き渡る歓声。戦争はいけない、しかし軍人の失職とその技術力を持て余した結果がパワードスーツ戦闘大会。殺しの技術がスポーツ観戦のような娯楽として絶大な人気を誇っているのは皮肉と言えば皮肉だ。見ているほうは筋なし(アドリブ)の特撮アクションのようにでも見ているのかもしれない。
中央のリングで直接ぶつかる鋼
火花を散らす特殊カーボン素材。
炸裂する火薬と漂う硝煙。
僕自身、戦争は知らないけど、戦争を知る人間からしたら「血沸き肉躍る戦い」というフレーズには失笑ものだろう。
実際には中央のリンクで戦っているのではなく、合成リンクビューで作り出された映像によるもの。
ただし痛覚にリミットはかけられているものの、五感全てリンクされている。そのせいか見ているほうも戦いあうほうもリアリティがあるのは事実。
ネットでリアルタイム放送されているのでわざわざ見に来る必要もないが、どうにもこのドームで、というのが雰囲気的に重要視されるらしい。
実況が聞こえてくる控室にいた僕は開発者の玉宮来栖と共に、パワードスーツの最終調整とリンクビューの同期チェックを行っていた。
「回線、通信機器、駆動チェックオールグリーン、っと流石来栖」
銀色に流線型の青いラインの入ったパワードスーツ。両すねの外脇と、同じく両脇腹に五角形のスラスター。その側面も合わせて六つの噴出孔のあるスラスターがかなり目を引く。それの稼働チェックと共に腕部と脚部を曲げたり伸ばしたりする。
「当たり前だろ彗、俺を誰だと思っている。最後にデータ化格納、展開テストだ」
「……わかっているよ」
自分自身の声がワントーン下がる。
背後のキャリーバッグとしては普通の大きさ、しかしメモリーとしては巨大なそれにパワードスーツが0と1にデータ化され格納されていく。
鏡に映る赤みがかった黒い瞳は不機嫌そうに眉をひそめている。来栖には「枯れた芝生みたいな頭」と評された茶色い短髪に手を触れる。大学二年生よろしく髪の毛はぴんぴんしている、当然。
今度は格納しきったパワードスーツを展開、物質化していく。
対ショックスーツのせいでより目立つ筋肉質な体。それをシルバーカラーの特殊カーボン素材の精密機器がおおっていく。
「やれやれ、質量保存の法則は絶対だったはずだけどね」
「お前本当にこの技術嫌いだなぁ」
苦笑いする来栖の言葉に当たり前だろという言葉を飲み込む。この技術の開発段階をこの目で見た以上、好きになるはずがない。狂った科学者を尊敬することなんてできるものか。
「アンチマテリアライズ・マテリアライズ共に正常、あとは幸運を祈るぞ」
「まあ、やれるところまでやるよ」
相手は前大会優勝者。いつも初戦敗退の僕が勝てるわけがない。このパワードスーツ『ハイ・アクセル』の性能に限れば勝機はある。しかし肝心の操縦者の僕がこれを使いこなせていない以上ただの綺麗な棺桶だ。
「あんだけトレーニングもシミュレーションもしておいて何をいまさら不安になる?」
いくらやっても結果が出ないときは出ない。そばにいた研究者である来栖は友人としてよく見ているはず。それでもいまだに報われると信じている。
「さあ、行って来い速攻で終わらせて度肝抜いてやれ!」
背中をたたいて痛そうにする来栖。そういえばまだデータ格納していないので生身で叩いたらそりゃ痛いだろう。ちょっとあきれつつも『ハイ・アクセル』をデータ格納する。
戦闘開始の合図とともにパワードスーツを装着するルールのため、展開速度を含めた無駄を省くことが研究者に求められる。
「僕はテストパイロット。スーツの性能と来栖、お前の技術の広告塔として精々やるさ」
僕自身が報われるには大きすぎる壁がある。社会は認めるはずもない。でも友人の技術力を見せつける役割だけは演じきって見せることぐらいはできるはず。
シミュレーションでは判断速度が追い付かなかったことだけが不安だけども。
「そんなケチなこと言うなよ! さらに加速性能あげたから勝てるさ!」
「……おい」
前言撤回。自信満々に親指を立てる来栖を見て嫌な予感とわずかな自信の崩壊を覚える。栗栖も片足マッドサイエンティストに浸かっている節があるため油断できない。
「自爆……しないよな?」
パワードスーツがではなく自滅行動、という意味で。戦闘機も真っ青な反応速度限界ギリギリの上に遊びがない機動性能とレスポンス。反射神経まで超えられたら大問題だ。
それでも開戦時間まで残り十分を切っている。相手の見えない対戦ドームにて相手との合成リンクビューの同期チェック。同期チェックが完了すればあたかもそこにいるように対戦相手の立体映像が浮かび上がる。各種演算により作用反作用、その他もろもろも適用されるため生身を相手にしているような感覚に陥るほどリアルな対戦システム。
これがないと死人が出る兵器で観客をとることなんてできない。「殺さないで済む」都合のいいシステム。
システムだらけでこの世が回るならある意味救いもあるだろうけど。今現在、救いがあるのは人が死なないぐらいだ。
「さあ! 三回戦は前大会優勝者『鳳凰院竜馬』の登場! 対する相手は玉宮研究所所属パイロット『K!』」
Kは僕のテストパイロットとしてのハンドルネーム。本名を出したらこんな公の場所に出た瞬間、バッシングとブーイングの嵐で収拾がつかなくなる。本名の『羽山 慧』がどれほど嫌われているか、よほどの世間知らずでもない限りわかっている。
リングという名のリンクビュールームに立つ。視覚に一瞬のノイズが入る。リンクされた目に映る対戦相手。戦場にふさわしくない上に悪趣味なブルーのスーツとスーツパンツ。何を勘違いしているのか薔薇を一輪手に持っていた。頭の中で『ナルシー野郎』というフレーズが一発で浮かぶ金髪黒目の坊ちゃま。どう考えても日本人ではないのでおそらくは彼もハンドルネームなのだろう。
「では両者、ゆっくりと右手を上にあげて……」
随分と原始的だが同期チェックの最終調整のためらしい。この短時間で調整できるのだから素晴らしい、その一言しかない。
随分とまぁ優秀な演算システムを用意したものだ。それぐらいの演算頭脳が僕にもあればこのパワードスーツも使いこなせるはずなんだけど。
「OK! レディー……」
お互い腕時計型の認証システムに手を当てる。仮想のものであるとは言え殺し合いの疑似体験。テストパイロットといえど流石に緊張はする。
「ファイトッ!」
同時に承認コードとなる声を出す。
「データ展開、マテリアライズ」