え、私死んだの!?
非日常とは、突然やってくるものだ。
そう唐突に思わされたのは、六月六日の夜のことだった。
「ふふふ腐……やっと新作が買えましたよ」
怪しげな笑い声を上げている私來栖 霖は、世間一般から腐女子と呼ばれている類の人間だ。
趣味は人間観察と男装してからのナンパ。え? なんでそんなことしてるかって?
そりゃ、自分の男装がどこまでいけるのかを確かめる為さ!
同じ女の子をナンパして楽しいわけはないが……というかむしろ女子は苦手な部類に入る。昔女子関係で色々会ったのが原因だ。
まぁ、そのおかげで女の子を見る目が養われ、今の所ナンパは全勝。その日だけの遊びで、後日会ったりはしない。面倒だからね。
そして私は、大好きなBLゲームの新作を両手にテンションが上がりまくっているわけなんだけど。
自分で言うのもあれだけど、気色悪い。傍から見ればただのオタク変態だろ私。
実際そうだから間違っちゃいないが。
「帰ったら早速オールで落としてやろう」
徹夜でじっくり一人一人を、この可愛らしい主人公で攻略していってやろうじゃないか。皆一瞬で虜にしてあげるさ!
寝ないのは私の特技だぜ。この前なんか五日寝ないでゲームをやり続けたくらいだからねん!
あ、因みに私既に成人してるけど、免許持ってないんで現在徒歩です。あまり人通りは無いんで、街灯の下を一人歩いてまっす!
ゲームやりたいから早く帰りたいのは山々なんだけど、なんか走ったら負けだろ思ってる。
少し経ち、もうすぐで家に着くという距離までやってきた。
その時、背後から誰かの駆けてくる足音が聞こえた。どうやら私と進行方向が同じらしく、こっちに近付いてきている。
ランニングでもしてるのかなぁ、と考え特に気にも留めなかった。
――それが、いけなかったのかな。
もうすぐで私を通り過ぎるだろうと思う程足音が近づいた時、背中に勢いよく何かが押し当てられるような衝撃を感じた。
押し当てられたソレの先端は尖っており、ずぶずぶと私の腰辺りに沈んでいくのがわかった。突然の事に困惑したが、どうやら私は刺されたらしい。
「ッ――!?」
腰から広がっていく激痛。太腿、脹脛へと伝っていく温かな液体。
私は今まで感じたことのない痛みに耐えきれず、その場に膝をつき倒れた。地面は固くて冷たかったけど、起き上がろうと思う気力はなかった。
傷口が、どくどくと激しく脈打ち、温かい液体を止めどなく流していく。
(痛い……誰だ、私を刺したのは)
生憎と、人に恨みを買う程私は人付き合いなどしていない。男装時は分からないけど、今は普通に女の子の恰好だ。
痛みでチカチカする視界に、人影を捉えた。男だ。いつの間にか私の持っていた袋とバッグを手にしている。
もしやBLゲームを狙った殺人!? と混乱する思考で阿呆なことを考えていると、息を乱していた男が徐に駆けだした。
「ッ……待、て……私の――げーむッ……!!」
財布よりもまずはそっちの心配。なぜなら財布の中身はさっき大量の新作BLゲームに変わったばかりなんだもの……。
最悪だ。まさか、通り魔が出るなんて。思いもしてなかったけど……そういえば今朝、近所で通り魔被害に遭った人がいるってニュースで言ってたっけ。
人間、近所で何かが起きたって自分に限って遭遇するわけないさ、と思うもさ。
携帯はバッグに入っていたから、今手元にない。自力で救急車を呼ぶことはできない。そこらにある家の人に助けを求めようと思って声を出そうとしたら、吐血。
おおう、リアルに吐血なんて初めてだ。吐血するイケメンとかショタを見るのは好きだけど、当事者になってみると結構嫌なもんだね。かなり苦しい。
あぁ……切実に願おう。
(誰か私に気付いてぇぇぇ!!)
そこで私の意識は、完全に途絶えた。
暗い暗い闇の中。そこに私はいた。ぷかぷかと不思議な浮遊感を覚えながら。
もしかしなくても、私はあのまま誰にも気づかれずに死んでしまったのか?
あぁ……色んな意味で腐った人生だったなぁ。十八禁が解禁されてから、まだ二年しか経ってないのに。もう死ぬとか、ないでしょ。
なんてごちゃごちゃ考えていると、誰かに呼ばれる声が聞こえた。知らない、透き通った声。
「ッ……ん?」
重たい瞼を開けてみる。最初に視界に入ったのは、白。
一瞬病室にいて助かったのかと思ったけど、どうやら違うようだ。病院独特の匂いもしないし、最初どころか見渡しても白一色。
完全に病室ではない、というよりも何もない真っ白な空間に私はいた。
「……ここ何処よ」
「神世界」
思わず疑問を口にしてみると、返事が返ってきた。
(あ、さっき聞こえた透き通った声だ)
そんなことを考えていると、突然目の前に人が現れた。本当に突然でしかも何もない所から人が出てくるとは思ってなかった私は、もちろん心の準備などできているわけもなく、
「うおっ!?」
……変な声が出た。仮にも女がうおって、うおって何よ。ちょっとどころかかなり恥ずかしいんだけど。
多分赤くなっただろう頬を押さえ、眼前にいる人をしっかりと眺めてみた。