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第9話:首長の償い

 いまだに襲い掛かりそうな『ボア』に取り囲まれる中、徹司達は開けたスペースへと降りる。

怒りは晴れるどころか溜まりに溜まった『ボア』達の威嚇行為に、徹司と仮神は気が気ではない。


 「ブォッ!」


 「ヒッ!?」


 「大丈夫だ、ジッとしてろ。そうすれば襲ってこない」


 「ほ、本当ですか!?」


 「・・・多分」


今にも叫びだしそうな仮神を徹司は必死になだめる。

もし、仮神に叫ばれでもしたら、それを合図に頭に血が上った獣達がなだれ込んでくるかもしれない。

少しだけ残っている冷静な部分でそう考えた徹司は、背中からの敵意に怯えつつも仮神を落ち着ける。

そんな二人の怯えっぷりをサタンは楽しんでいるようだが、そこに。


 「お前ら、静まれ!」


まるで心情を見越したかのように三人の前に立つ首長が大声で一喝する。

辺りに響き渡るほどのそれは『ボア』達の動きを萎縮させて止め、更には『ボア』達をその場から1歩ずつ下がらせた。

少しだけ大きくなったスペースで首長は腰を地面につけると、下に座るよう手を振る。

断れるはずも無い三人は指示に促されるまま下に座った。


 「さて、理由はある程度こいつ等から聞いた。どういう理由があるにせよ、子供を傷つけたのはよくないよなぁ?」


ドスをきかせた低い声で首長は言う。

筋肉質な女首長が目を細めて睨むさまからは、只ならぬ雰囲気が漂っている。

『ボア』を相手にしていたほうがマシだったかもしれないと思える程、威圧する女首長だったが言い換えれば、本当に子供のことを案じる首長であるとも言える。

徹司には暴力的な女にしか見えてはいないようだが。


 「私が悪かったんです。見境無く力を使ったから」


 「素直に非を認めるとは中々えら・・・うん?お前、いや、お前達は見慣れない格好だな。ここらの者じゃないな?特にそこの男は雰囲気が変?」


 「そりゃそうだ、こいつは人間だからな」


 「人間、だと!?」


サタンの一言に首長は反射的に立ち上がった。

その何かに輝く瞳は徹司を捉えて離さず、徹司の首筋に嫌なものが走る。


 「こんな貧弱なのが人間!なるほど!」


 「な、なんだぁ?」


戸惑う徹司の前で嬉々として首長は腕を大きく後ろへと振りかぶる。

そして、しなるほど力の溜め込まれた腕を放つと、徹司に殴りかからん勢いで目の前へと手を差し出した。


 「おわぁっ!?」


 「人間、私と契約しろ!」


 「・・・へっ?」


てっきり殴られるかと身構えた徹司だったが、意外な話に目が点になる。

そんな反応など見えていないかのように首長は続けた。


 「私と契約すれば、お前の体を鍛えてやるぞ!風が吹けば飛ぶような貧弱な体とはおさらばだ!どうだ、契約したくなっただろ!?」


 「あの、意味が・・・」


理解のできない話に脳の整理もままならない徹司の隣で、ゆっくりとサタンが立ち上がった。

どことなく不機嫌そうな顔をしている。


 「残念だが、そいつは私と契約している。他の契約は無効だ」


 「そ、んなぁ!生まれて初めて人間に出会ったというのに!」


両膝を地面について、打ちひしがれたかのように首長は本気で悔しそうな顔をしていた。

優越感に浸るサタンへと意味のわからない徹司は質問をぶつける。


 「一体、なんなんだ・・・?契約って、お前としたやつか?」


 「そうだ。魔界の住人である魔族が魔力を人間に渡し、その代価として魂を魔族が貰い受ける。今のお前は私が渡した『奇跡』が契約になっているため、他の魔族の契約はできない状態だ」


 「ぐぬ、不本意な契約なんだがな」


 「不本意!?なら、契約を解除して私と契約を」


 「何!?解除できるのか!だったら解除しろ!」


首長は徹司に詰め寄り、徹司はサタンへと詰め寄る。

命がかかっているだけに必死な徹司とおまけで引っ付いている首長をサタンは飛び上がって殴る。

鈍い音が二連続で辺りに響く。


 「ぎゃっ!」


 「いてぇっ!」


頭を抑えて転げまわる徹司と首長。

サタンの姿に見合わない痛さに、痛さを訴える言葉しか出ない。

こっそり使っていた魔法を解除したサタンは、仁王立ちで徹司を見下して立つ。


 「フン!うるさい奴が悪い!大体、私が契約解除などする訳がなかろう!」


 「なんだとっ!?」


 「契約解除はお互いの合意があって出来る。私がせっかく人間界に行ってまで手に入れたお前を逃すわけがない!」


 「くそっ!」


 「に、人間界に行った!?な、なんてうらやましい奴!」


サタンを羨望の眼差しで見つめる首長と、怒りの篭った視線で見る徹司。

その隣で仮神は気苦労からため息をついていた。


 「あの、そろそろ話を」


 「そ、そうだった。で、お前達がどうして子供を傷つけたかは知らんが、とにかく償いはしてもらおう」


 「償い、ですか?何をすれば」


 「人間が契約してくれたら許」


 「ああぁん!!??」


 「ナンデモナイデス」


サタンの今まで見せたこともないような怒りの表情と逆らえない雰囲気に、首長も慌てて顔を逸らす。

巨大猪をまとめる首長すら退けるこいつって・・・。

魔界を統べる者としての面識は首長になさそうだが、明らかにサタンの方が上の立場にたっている。

名ばかりという訳ではないのかもしれない、と徹司はサタンのことを再認識させられた。


 「そ、そうだな。だったら、傷つけた子供のために薬草を取って来てもらおうか」


 「薬草?どこに生えているんだ?」


 「ここから先に10分ほど走れば生えている。赤い花をつけているからすぐに分かるだろうさ」


 「なんだ、それだけか」


気軽に言う徹司だが、サタンは珍しく静かに口を噤んで考え込む。

仮神が不思議に思っていると、徹司は先に走り出した。


 「お前ら、そこで待ってろ。俺が取ってくるよ」


 「あ、ちょっと!」


慌てて追いかけようとした仮神だが、いきなり盛大にこける。


 「ぶっ!?いたたた・・・」


起き上がって後ろを振り返った仮神は、サタンが足を出し、それに躓いたのに気づいた。


 「な、何するんですか!」


 「いやな、お前が死ぬのは後味が悪いからな」


 「どういう意味ですか!」


色々と積もった感情が噴出したように怒りを露にする仮神に対し、サタンは首長の前へと動いた。

途端に怒りが消え去り、彼女が何をするのかおろおろする仮神。

そんな仮神の前でサタンは首長を指差した。


 「お前、中々意地が悪いな」


 「え?」


 「ほう、そりゃどういう意味だい?」


サタンの指摘に、首長は口の端を吊り上げて笑いを浮かべる。

やはり確信犯だな。

サタンは首を傾げる仮神に説明する意味でも、首長の思惑を指摘する意味でも説明しはじめた。


 「いいか、ここは『ボア』の住処だが、こいつらが近寄れない場所というのがある。それが赤い花の薬草が咲く地域一帯だ」


 「近寄れない?」


 「生えている場所が問題でな、『ボア』にはどうあがいても行けない場所なんだ」


 「場所、ですか?」


 「ああ、薬草が生える所はな・・・」





 「なんだこりゃ!!」


走っていたはずの徹司は脚を止め、目の前の光景に絶叫していた。

先には確かに赤い花をつけた草花が見える。

ただし、その薬草と徹司との間には深い谷があり、下は深い暗闇で底が見えない。

徹司は試しにその辺の転がっていた石を落としてみる。

すると、音は小さくなっていくものの跳ね返った音もなく、その内音は聞こえなくなった。


 「底なしかよ・・・。おまけに」


ため息をつきながら徹司は薬草のある場所を見る。

深い谷を挟んだ向こう側は崖となっており、小さく出来た棚に薬草は数本単位で生えていた。

仮に谷を飛び越えることが出来たとしても、ずっと空を飛んでいない限りは薬草を採取するのは難しいだろう。


 「どうやって取れって言うんだよ・・・」


徹司はとにかく谷を回避しようと左右を見回す。

だが、深い谷は広範囲に広がり、徹司に見える範囲で谷がなくなっている場所や渡る橋などは見つけられなかった。


 「サタンみたいに空でも飛べなきゃ取れやしないぞ、あんなの。ちっくしょー、見栄を張って一人で来るんじゃなかった」


途方にくれる徹司にはいい方法も思いかばない様で、座り込んで悩んでいた時だった。


 『おい』


 「のわっ!?その声は!?」


突然聞こえた声に飛び上がった徹司は辺りを見回す。

ところが、その声の主らしい姿は見当たらず、徹司も聞き違いかと再び座ろうとすると。


 『聞こえてるだろう?さっさと薬草を持って来い』


 「やっぱりお前か!どこだ!」


サタンの姿を探す徹司だが、やはりその姿は見当たらない。


 『残念だが、まだ元の場所だ。お前と私は契約でつながっているからな、距離を隔てた会話も出来る』


 「そんな事も出来るのか」


 『私が許可した場合だけだがな』


 「ああ、やっぱりね!!!」


思ったとおりの一方的な繋がりに徹司も叫びを上げる。


 『そんな事はどうでもいい。薬草を早く持って来い!』


 「おいおい、そうは言っても深い谷の切り立った崖に生えてるんだぞ!?そんなのお前と違って飛べない俺に取れるわけないだろ!」


 『手を伸ばすなり、羽を生やすなりしてさっさと・・・』


 「できるかぁーーーっ!!!」


怒りの伴った突っ込みにさすがのサタンも、離れた場所で気圧されていた。

と言っても、それで引くサタンでもない。


 『私が取って来いと言ったらすぐに取ってくるんだ!大体、お前には『奇跡』があるだろう!』


そう言われた徹司は何かに気づいたらしく、一度口を閉じる。

そして、落ち着いた顔で静かに口を開いた。


 「なぁ?」


 『何だ?』


 「・・・カウント縮めたいだけだろ?」


 『っ!?・・・い、いや、違うぞ?その、な。うん・・・、とにかく早く取って来い!!私を待たせるな!!』


 「図星かよ!!・・・おい?おーい!切りやがったな、あいつ!」


徹司が叫ぶのは空しく辺りに響くだけでしかなかった。

釈然としない徹司はそのまま腰を下ろすが、見ていると飲み込まれそうな程、深く巨大な谷にサタンへの怒りも忘れてしまう。

たった一人の人間がやる行為など無駄と思えるほど、あまりにも雄大な景色だった。


 「でかすぎる・・・、向こう側まで何メートルあるんだ?おまけに渡れてもあんな絶壁を降りるなんて出来ないぞ」


頭を抱える徹司だが、もう答えは出ているようなものだった。


 「くそ、あいつの思い通りになるみたいで嫌だが、『奇跡』しかないのか。しょうがない・・・」


徹司は崖の薬草を手に入れることを望み、『奇跡』を使用した。

すると、突然、上空からカラスの様な黒い鳥が何匹も現れ、次々と崖の薬草めがけて滑空していく。

谷に渦巻く強風にうまく乗りながら、あっという間に薬草が生える場所に到達すると、すれ違いざまに嘴で薬草を引き抜いた。


 「おお」


驚くことしか出来ない徹司。

これで薬草が手に入るかと思っている彼の前で、鳥の群れは嘴に銜えた薬草を落とした。


 「ええ!?ちょっ!!」


鳥達は去っていくと同時に薬草を落としていき、赤い花の薬草は続々と下へ落ちていく。


 「おいおい、どうなって」


慌てて徹司は下を覗き込むと、途端に強烈な衝撃が彼を襲う。

まるで、殴られたかのように後ろへと吹き飛んだ彼だが、何が起こったのかと起き上がると目の前に赤い花の薬草が大量に落ちていた。


 「よく分からんが、とりあえず取れたな。っと、早く切らないと」


成果を見届けた徹司はすぐさま『奇跡』を切った。

本人は早めに切ったつもりでも、カウントはすでに412秒へと縮まっていた。

カウントが少なくなれば、それは死ぬことを意味する。


 「死ぬ・・・か」


失恋のショックから一度は死ぬことを決意していた徹司だが、サタンと出会ってからまだ2日と立っていないにもかかわらず、その意思は揺らいでいた。

というより、すでに意識は死なないほうへと傾いていた。

『奇跡』で体験した幸運は確実に影響を及ぼしている。

ただ、それだけでなく、魔界や天界、そしてサタンや仮神といった御伽噺のような存在に出会ってしまった事も影響していた。

知りもしない新しい世界があるとなれば、人によって差はあるだろうが知りたくもなる。


 「・・・ま、運命が変わる魔界に来ちまったんだ。いきなり死にたくはないし、どうせならもっと見て回るか」


暗かった気持ちを言葉で払拭しつつ、徹司は勢い良く立ち上がると薬草を拾い上げる。

両手で抱えるほどの薬草を手に徹司はサタンたちの待つ場所へと走り出した。





 「・・・で?」


 「ん?」


 「お前らは俺が薬草を必死に集めている間に何してるんだ?」


 「んぐっ、見て分かるだろ。昼飯だ」


 「ちがぁーーーうっ!俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな!」


 「わ、私は徹司さんに悪いから止めようって言ったんですよ?」


 「・・・その口の膨らみは何だ?」


 「っ!?げほっ!げほっ!な、なんでもないです、よ!」


 「・・・」


徹司は静かに地面へと倒れこんだ。

集めた薬草を盛大にぶちまけながら。

人が必死でやっているときにお前らは飯を食べていたんかい!

心の中で突っ込むもののそれが聞こえているのはサタンただ一人だけ。

最も聞こえているはずでもサタンは無視しているようだ。


 「で、どうしてこうなったんだ?」


顔だけ上げた徹司は、行く前とはまるで違う状態に疑問の声を上げる。

サタンと仮神の前には大き目の葉の上に並べられた料理が並び、二人の周りにいたはずの『ボア』達は威嚇を止めて後ろへと下がっていた。

まるで調教された猛獣のようにおとなしく、とても今にも突進してきそうな圧迫感は感じられない。

そして、肝心の首長はというと、『ボア』達より前に出てはいるものの、二人に対して土下座したまま微動だにしない。

何がどうなればこうなるのか、徹司には想像もできなかった。


 「知らん。私の名を聞いたから教えてやっただけだ」


 「・・・へ?名前?」


 「徹司さん、彼女は魔王って名乗っちゃったんです。この魔界を統べる王だと」


 「ああ、そういうことか。って、それなら最初から名乗っていれば面倒もなかったんじゃないのか!?」


 「あ、ははっ、かもしれませんね」


 「俺の苦労って一体・・・」


落ち込む徹司の側でサタンは黙々と料理を口に放り込んでいた。

月沼邸で見たのと同じ衰えない食欲に見ているだけでも腹が膨れていきそうだ。


 「魔王様、お味はいかがでしょうか?」


 「うん、まぁ、味付けは荒いがシンプルで旨い」


 「お褒めの言葉ありがとうございます!」


 「「・・・」」


先ほどとは性格が180度反転した首長と呆れる二人の前で、サタンは手を休めることなく食べ続ける。

その手が止まったのは何度目かのおかわりを繰り返した後のことだった。





徹司の残りカウント:412秒


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。

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