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第5話:気を回すだけ損をする

 「で、その後は?」


 「どうにか巻いて家に帰った。あれだけ本気で走ったのは久しぶりだった」


引きつった笑いをしながら遠くを見る徹司。

彼らしい不運にサタンは呆れかえるが、食べる手は止まらない。


 「話は終わったかな?」


 「あ、はい、すいません」


内緒話をしている間、月沼はただ目の前の食事を取り、もう結構な量を食べているようだ。

徹司も慌てて目の前の豪華料理に手をつけ、口の中で十分なほど味わいながら食べ始めた。


 「さて、話しを戻させてもらうが、君を呼んだのはほかでもない。その時のお礼がしたかったからだ」


 「お礼、ですか」


月沼は大きく頷いて続ける。


 「君の名刺をあの時拾っていてね、それを元に探させてもらった。探すのは案外簡単だったがその調べているうちに君の今の状態も分かっている。君は今、会社がつぶれて失業中の上に泥棒にまで入られてしまったたしいじゃないか。それは本当かね?」


 「恥ずかしい話ですが、本当です」

 

 「そうか・・・、それで生活はできているのかね」


 「心配ない。自殺しようとし、むがっ!」


徹司は慌ててサタンの口を塞いだ。

途中で言葉を遮られたサタンは徹司を睨みつける。

一方、サタンの言葉を聞いていた月沼は徹司のやっている事に怪訝な顔を浮かべる。


 「今、何と言ったのかな?よく聞き取れなかったのだが?」


どうやら、本当に聞きとれていないのか不思議そうな顔をしていた。

慌てて徹司は取り繕いにかかる。


 「い、いや、生活は苦しいです。仕事も早く見つけないと干からびそうですし、ははは」


軽い笑いを入れて冗談のように答えたものの、月沼は深刻そうに目を伏せる。


 「そうか、出来ていないのか・・・。君への恩返しだが、こんなのはどうだ。君がうちの会社に就職し、それが軌道に乗るまでこの屋敷で生活していくというのは?」


 「ええ!お・・・、私が仕事をもらえるどころかここに住んでも!?」


 「それでいい」


いつの間にか徹司の手を口から外したサタンが驚く徹司を余所に淡々と答える。


 「お前が言うのかよ!というか、勝手に決めるな!」


 「何を言う、お前が願った結果だろ?」


 「お前のせいでな!大体、人にそこまで頼るのは・・・」


すると、月沼は徹司の憂鬱を吹き飛ばすように豪快に笑いだす。


 「はっは!そんな事は気にしないで良い。むしろ、この屋敷には今は私と使用人しかいないんだ。人が増えてにぎやかになってくれた方が私達も楽しくなる。なーに、余ってる部屋は幾つもあるから好きに使ってくれればいい」


そう言われて徹司は困惑していた。

自分の不運で人を巻き込むのだけは避けたかったからだ。

下手すれば、徹司がここに住んでるというだけでこの屋敷が火災にあったり、盗難にあったりするかもしれない。

過去に自分の不運に巻き込まれた人物はいないが、それでも警戒するに越した事はない、と徹司は考えていた。

だが、目の前の葡萄はおいしそうだった。


 「はぁ・・・、それは願ったり叶ったりですけど、ただ・・・」


 「じゃ、決まりだな。君たちの荷物はこっちに送るよう手配しておく。荒らされた部屋で寝るのもなんだし、今日からここに住みなさい」


 「いっ!?き、今日からですか?」


驚く徹司の隣で目の前にあった御馳走を全てたいらげたサタンは上品にナプキンで口元を拭く。

かなり満足したのかその表情は見ている者に安らぎを与える様な可愛らしい笑顔だが、次の一言に徹司は凍りつく。


 「風呂はどっちだ?」


 「・・・じゅ、順応早ーっ!食ったら即、風呂かよ!ってか、お前はなんでそうマイペースなんだ!?」


 「案内させよう、ゆっくり入っておいで。君も入って来るといい、その間に全て用意させておこう」


 「は、はぁ、分かりました」


月沼が手でこまねくと、部屋の隅に控えていたメイドの1人が前へと出て歩いてきた。

メイドはサタンと徹司の前に立つと2人に向かって頭を下げると先導して先を歩き、その後に2人はついていく。


 「その、よく汚れを落としてくるといい」


 「?・・・あ、ああ、そうですね、そうします」


去り際に言われた一言に徹司は自分の頭にペンキや砂埃がついているのを忘れていた。

風呂が必要なのはサタンよりも彼の方だった。

徹司が顔を赤らめながら食堂から出ると長い廊下に出た。

赤いじゅうたんが敷き詰められ、頭上には小さいシャンデリアが規則的に並び、壁には幾つものドアがあった。

まるで何処かの重要文化財の様な長い廊下を徹司は辺りを見回しながら歩く。


 「すげぇ・・・、幾つ部屋があるんだ?」


 「お部屋は全部で196室ありますが、お客様用としては70室ございます。徹司様達にはその1つに住んでいただきます」


 「ひゃ、196って一体何の部屋だ・・・。しかもゲスト用が70って事はちょっとしたホテル並みだな」


素直に驚く徹司にサタンは呆れたように言った。


 「ふん、何を驚いている。たかだか200も超えていないんだ。私の城なんか300はあったぞ」


どうだ、と言わんばかりに得意げな顔を浮かべるサタン。

だが、徹司は目の前にいるちんちくりんな少女が本当に魔王サタンかどうかまだ疑っているため、どうにも信じてはいなかった。

本当なのかもしれないが、どう見ても子供の嘘に見えるんだよな・・・。

とりあえず、適当に頷いておく事に決めた徹司だったが、サタンは細めた眼で徹司を凝視していた。

明らかに何かを疑っている眼だった。

その眼に気付いた徹司は慌てて眼を逸らしたが、既に手遅れだった。


 「おい、お前、まだ信じてないな?」


 「ぐっ!べ、別に信じてない訳じゃない。ただ、行った事も見た事もないから、『へ~そうなんだ』ってだけだ」


 「そうかそうか、行って見れば信じるか。じゃ、そのうち連れて行ってやる」


そう言われて徹司の足が止まる。

この自称魔王が本物なら、本当に魔界とやらに連れて行かれてどういう目にあうか分かったものではない。

いまだに半信半疑なままだが、心配事は減らしておくに越したことはないと徹司は拒否した。


 「え、遠慮しま~す」


 「何だと!?この私が連れて行ってやると言ってるんだ!素直に行け!」


 「いや、もう、その、何と言うか・・・」


 「心配しなくても死ぬような事はされない」


 「本当か?」


 「ああ、死ぬような事は、な」


 「・・・なんだ、その含みは」


サタンの人形の様な作り笑顔に徹司の背中に冷たい何かが通り抜ける。

何かを確実に企んでいるサタンの顔からは、徹司に不安と恐怖しか生まれなかった。


 「あ、あの?着きましたよ?」


いつの間にか先を歩いていたメイドは突き当たりの扉の前で立ち止まっていた。

徹司はサタンを引きつれて急いで追い付くと、メイドが扉を開く。

中は旅館の様な男湯と女湯の暖簾が掛けられ、通路が2つに分かれていた。


 「自宅に風呂を2つ持つ意味が分からん」


半ば呆れながら徹司は男湯の方へと入ろうと暖簾をくぐる。

すると、その下を通り抜けてサタンが中へと入り混み、物珍しげに大きめな脱衣所を見ていた。

男湯に入ろうとするサタンを慌てて徹司は止めに入った。


 「なんだ?邪魔するな!」


 「違う違う、いいか、ここは男専用の湯だ。こっちじゃなくてあっちに行け、な?」


 「私は男だ」


 「うそぉぉっ!??」


 「まぁ、嘘だ」


盛大に徹司はずっこけた。

その間にサタンは女湯へと入っていき、徹司が立ち直った頃にはその姿はどこにもなかった。


 「あ、あの野郎」


また沸々と怒りがこみ上げてくるのを実感していた徹司。

自然と拳を握りしめるが殴る対象が無い以上、素直に諦めて服を脱いだ。

タオル一つで戸を開けると、そこには大浴場が広がっていた。

まるで高級リゾート施設についているスパ施設、それを1人で丸々借りきっているかのように巨大な風呂、色々な趣向を凝らした風呂にサウナなどが所狭しと詰め込まれていた。

ただ、あまりの巨大さに徹司は茫然と突っ立っていた。


 「な、なんじゃこりゃ・・・。金持ちの感覚と言うのは本当に分からん・・・」


とりあえず体中を洗い、泥や埃、ペンキをどうにか落とすと、近くの普通の風呂へと入る。

何をするでもなくただぼーっとしながら天井を見ている徹司だが、どことなく落ち着けないでいた。

何しろ広すぎるのだ。

普段なら銭湯で耳触りになる位うるさい中で入るか、早めに入って割と静かな中で入るといった所だが、ここでは自分が動かなければ一切の物音が無いのだ。

修行僧の精神統一にならちょうどいい環境かもしれないが、今の徹司には居づらいだけだった。


 「・・・埃も落としたし、早く出るか」


 「疲れてるんだ、ゆっくり浸かったらどうだ?」


 「いや、なんか落ち着けなくて・・・って、えええぇぇ!?」


慌てて隣を見ると、そこにはいつの間にかサタンが座っていた。

タオル一枚を身に纏っていたが、服は当然来ていなかった。


 「お、おまっ!何時の間に!?大体、ここは男湯だろ!」


 「ん?気にするな」


 「気にするわ!」


 「離れ過ぎるとお前が死んじゃうかもしれないんだぞ?」


 「いや、それは分かるが・・・」


小さすぎる子なら銭湯でも見かける事はある。

だが、見た目が中学生位に見える様な女の子など当然だが見た事は無い。

1歩間違えばまた犯罪者扱いを受ける様な状況に徹司は血の気が引いていく。


 「ま、まずい。これは早く出ないと!誰かが来る前に」


 「湯加減はどうかな、徹司君」


終わった。

徹司は心の中でそう呟いたまま、固まってしまった。

入口に立っていた月沼が酒も入ってか上機嫌そうな顔で徹司達に歩いていくと、次第に表情が曇っていく。


 「・・・なんでサラちゃんまでこっちに?」


 「徹司がこっちに無理やり」


 「違うだろ!・・・いや、その、何と言うか、気が付いたらこっちに」


言ってる事に間違いはない。

ただ、あまりにも焦りすぎたのか見ている者にはうそくさい様に見えたはずなのだが、月沼は豪快に笑い飛ばすと湯船につかる。


 「まぁ、それならしょうがない。ここで入っていったらいい」


 「月沼は話が分かるな」


 「呼び捨てにするなよ!せめて、さんをつけろ!」


 「な~に、構わんさ。君も月沼と呼んだらいい」


 「いや、さすがにそれはちょっと」


 「何と呼んでくれても構わんよ。いつも『会長』、『ご主人様』としか呼ばれないから飽き飽きしてた所だ」


月沼は軽く言ったが、実際の彼は日本有数の大企業である月沼グループの創設者であり、現会長なのだ。

そのとてつもないカリスマ性を秘めた月沼会長は、グループの部下達からすれば雲の上の様な存在であり、そう簡単に軽口を叩いていい存在ではない。

徹司も同じように軽口を叩く気はなかったが、サタンは勿論そんな事などお構いなしだった。


 「じゃ、正ちゃんでどうだ?」


 「まてぇぇぇ!それは」


 「おう、いいね。じゃ、ワシはさっちゃんと呼ぶぞ」


 「いいぞ、正ちゃん」


 「決まりだな、さっちゃん」


 「・・・なんだ、これ」


2人はお互いにニッコリ笑って見せたが、間の徹司は取り残されながら頭を抱える。

下手に月沼の機嫌を損ねる様な事はしたくないが、サタンはあっさりそれを無視してくれる。

幸い、月沼はワインの酔いもあったため、かなり上機嫌だった。

それからはお互いの話が始まったが、サタンが魔界の話を言う度に徹司がカバーするように捻じ曲げていた。

風呂でなければ徹司は既に汗だくだっただろう。

その徹司の頑張りの結果、サタンはヨーロッパの地方から来た貴族と日本人の間に出来たハーフの女の子という設定にどうにか落ち着いた。

本人は嘘に不服の様だが、ブツブツ言いながらも堪えたようだ。

どうやらカレー5杯が効いているらしい。


 「ふぅ、長い風呂になってしまったな。そろそろ、私は上がらせてもらうよ。風呂上がりに1杯どうだね、徹司君?」


 「風呂上がりの1杯・・・お付き合いします!」


 「よし、では行くかね。さっちゃんはどうする?」


 「付き合おう」


月沼について2人は風呂からあがり、何時の間にやら用意されていた着替えに着替える。

ただ、どういう訳だかその着替えも浴衣だった。

何気なく歩く間に徹司が尋ねると、どうやらゲストから評判が良いらしく、そのまま風呂上がりの服として定着したらしい。

月沼のゲストと言えば、当然、上流階級だらけなので普段見た事のない浴衣が逆に受けたようだ。

金持ちって・・・分からん。

徹司は素直にそう思う。

不意に月沼が扉の前で立ち止まり、扉を勢いよく開ける。

すると、外から吹き抜ける心地よい風と共に草や木の臭いが徹司達の鼻へと届く。

扉の向こうは白い木材で組まれたテラスで、その眼下には屋敷の周りを囲っている森が生い茂っていた。

空にはちょうど満月が昇り、構図としてはなかなか壮大な場所だった。


 「どうじゃ?気持ちいい場所じゃろ?」


 「ええ、気持ちいいですね」


素直な徹司の感想に月沼は嬉しそうに頷き、側に控えていたメイド達に酒やつまみを持ってこさせる。


 「よし、乾杯じゃ」


徹司と月沼はビールを、サタンはオレンジジュースを持ち、お互いにグラスをぶつけあう。

甲高い音が鳴ると皆が一気に喉へと流し込み、全員のグラスはあっという間に空になる。


 「ぷはーっ!たまらんな!ほら、もっとドンドン飲みなさい!つまみも存分にあるからな!」


上機嫌な月沼は徹司に次々と勧めてくる。

徹司もそれを受けて飲んで、つまんでと幸せと思える時間だった。

中央のテーブルに並べられた酒とつまみだけでも、前の会社の給料6か月分はあるというのを知らずに。

普段はそこまで深酒しない徹司だが、その知らない旨さについつい飲み過ぎてしまい、一旦席を離れた。

ふらつく足取りで歩き、心配そうなメイドにトイレへと連れて行ってもらう。


 「・・・ふーっ、飲みすぎたな。旨い酒が悪いんだ、旨い酒が・・・」


奥の洋式便座に腰かけると、ブツブツと小言を呟きながら目を閉じていく。

サタンと出くわしてからまだ半日も経っていないが、色々あったおかげで徹司は疲れていた。

そこに旨い料理と風呂、そして湯上りの酒を堪能したとくればどこでだって寝れてしまう。

徹司は壁にもたれかかりながら段々と意識が薄れていき、1分としないうちに寝息を立て始める。


 「おい、起きろ」


その徹司の眠りを妨げる様にいつの間にか現れたサタンが徹司を小突く。


 「なんだよ・・・もう寝かせろよ・・・」


 「全く、酔っ払いというのはどこに行っても変わらんな。まぁいい、お前に1つ教えといてやる」


 「ん~?何を~?」


もう徹司の眼は完全に閉じていた。

寝言のように呟く徹司に、サタンは呆れた顔をしながら無言で軽く手を振る。

すると、バケツ1杯分の水がどこからともなく徹司の頭の上に降り注ぎ、ずぶ濡れになった徹司は強制的に目を覚まさせられる。

突然の滝の様に落ちてきた水に徹司は思わず立ち上がった。


 「ぶわっ!な、なんで水がっ!?」


 「ふん、少しはまともになったか」


 「お前のせいか!」


 「私にかかれば水を降らせる事など造作も」


 「じゃなくて、人に水をかけるなと言ってるんだ!」


 「ふん、寝ようとしている奴が悪い。せっかくお前に大事な事を教えてやろうと思っていたがな」


完全に眠気が覚めた徹司は真面目な雰囲気のサタンに態度を改めた。

水浸しなどお構いなしに徹司は便座に腰かけた。


 「なんだ?大事な事って?」


 「お前、ここに来てから不幸な目にあったか?」


お前のせいで何度も不幸になってますけど!?

と、言いたいのをグッと堪えた徹司は、サタン抜きで屋敷についてからの事を思い出すが、特には何も起こっていなかった。

それが普通なのではあるが、徹司の感覚からすると知らない場所に来て何事もなく過ごせるどころか快適にいられるのは珍しい話だった。


 「特にはないな。どうせ、その内何かが起こるんだろ?」


 「いや、お前はここにいる限り不幸が起こりにくい。もっと言えば正ちゃんの近くにいればいるほどその確率は落ちるだろうな」


 「なんだそりゃ、どういうことだ?」


 「そもそもお前の不幸は運命だが、世の中のバランスを整える様に幸運な運命を持った者もいるということだ。正ちゃんはその1人でお前が近くによるとお互いの運命に干渉が発生する。お前の場合は起こるべき不幸が、正ちゃんの場合は起こるべき幸運が取り消される」


 「つまり、俺にとって月沼さんは不幸を退けられる神様的存在だが、月沼さんからすればただの疫病神?」


 「そういうことだ」


そこまで聞いた徹司は頭を抱えて落胆した。

他人に迷惑をかけたくはなかったが、そこまで厄介な存在になっているとは思ってもいなかったからだ。


 「いや待て、俺が過去に関わった人達はそんな事はなさそうだったぞ!?」


 「それは強い運を持ってないからだ。お前や正ちゃんほどの運命レベルの運を持つ者でなければ相互干渉は発生しない。と言っても、そもそも幸運な運命を持った者は不幸な運命を持った者に出くわす訳がない」


サタンは鼻で笑いながら得意げに言って見せる。

それもそうだ。

徹司は心の中で相槌を打つが、それと同時に疑問を覚える。

なぜ、自分は月沼さんのお世話になっているのだろうか、と眉をひそめる。

それを見越したかのようにサタンはやれやれと首を振りながら答えた。


 「お前の場合、運命さえ捻じ曲げる『666秒の奇跡』のおかげで正ちゃんと知り合えた。私が力を与えていなければ、今頃、正ちゃんはお前に感謝すれどお前と知り合う事はなかっただろう。お前の名前すら知らずにな」


 「・・・また心を読んだような事を。まぁいい、それでこれからどうなるんだ?」

 

 「正ちゃんから幸運が消えた所で今までと何ら変わりはない。常人レベルの運になるだけで既に成功している者だからな。逆にお前からは不幸が消えるから人並な生活ができるだろう」


 「人並な生活、か・・・」


徹司は思い出していた。

昔からこの不幸を何度呪い、何度人の普通な運を羨んだのか、と。

それが今はここにいれば叶うとこの小さい魔王?は言う。

月沼に特別な不幸が無いならここに居続けるのも有りではないかと、魅力的な誘惑に徹司は負けそうだった。


 「と言いたい所だが」


 「え?」


いきなり付け加えられた言葉に徹司は即座に反応する。

どう聞いてもこの後に続くのは逆の意味、つまり徹司にとってはよくないことだからだ。


 「残念ながらお前の不幸の運命は正ちゃん以上だ。今は何とか打ち消しあっているが、徐々に押し始めてまた元の不幸が訪れる。正ちゃんの側にいたとしてもな」


 「な、なにーーっ!それはいつだ!?」


 「さぁてな、何しろお前の不幸度合いは正ちゃんの幸運の何倍もあるように見える。気が付いたら不幸に戻っているかもしれん」


 「お、お前、1代で日本有数の大企業グループを作った幸運の何倍も不幸って」


 「生きているのが不思議だな」


 「お前が言うなーーー!」


思わず命を狙っている奴にツッコミを入れた徹司。

だが、心の底では本当にへこんでいた。

俺の不幸は世界レベルか、と。


 「正確に言うなら世界最強だ」


 「ああ、そうか、ってまた、こっ、がっ・・・ああーーーっ!」


完膚なきまでに打ちのめされて逃げる様に走りだした徹司。

入口で控えていたメイドはびしょ濡れな徹司を心配したが、その言葉は徹司に届かず、そのまま廊下を走り抜けて教えられていた自室へと飛び込む。

部屋内の豪華な内装などそっちのけで、徹司は床の上に転がると芋虫のように体を曲げて身悶えする。

その様子を何時の間にか部屋の隅に立っていたサタンが見ていた。

徹司の姿を見てもいつものように笑いはせず、ただ無表情なままだった。


 「気持ちは分からんでもない。だが、運命は運命だ」


 「俺の残りの人生もこれから先不幸だっていうんだろ!?今まで今に良くなるなんて思ってた俺は馬鹿じゃないか!」


眼に涙を滲ませながら徹司は溜まっていたうっ憤を吐き出すようにサタンにぶつける。

長年の積もり積もった思いは怒りや悲しみなど色々と交じり、最早徹司自身もどういう顔をしているのか分からない。


 「まぁ、そこまで悲観的になるな。お前の不幸が無くならないわけでもない」


 「何!?そんな事が出来るのか!?」


 「ああ、あるとも」


サタンは悪人のような笑みを浮かべ、微笑んだ。

その笑顔に徹司は嫌な予感しかしない。

だが、不幸を無くす方法があるならば聞くだけでも聞いておきたかった。


 「どうすりゃいいんだ?」


 「魔界に来る事だ」


笑いながら言うサタンとは対照的に徹司の口は開いたままふさがらず、体はピクリとも動かずに固まった。


徹司の残りカウント:483秒

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。

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